プロは間違う、学者は正しい


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学者はその専門について、正しいことを言う。
しかし、そのことが当事者にとって、タイミングが良いか、情報の分量として多すぎたり少なすぎたりせず適当か、責任を取ってくれるかと言えば違う。

例えばプロのカウンセラーであれば、アドバイスをするときに、先々クライアントが必ずぶつかるであろう壁が予想できても、今それを伝えることに意義がなかれば話さない。
逆に何か出来事が起きた後か、分析や議論をして、「あのときどうすれば良かったか」をアドバイスしてもクライアントは嬉しくないだろう。

情報がいくら正しくて、大量にあったとしても一度に与えられては当事者は活用できない。
一方、クライアントが何かの決心をするときに、正しい可能性が少ないからといって、推測を絡めた情報を出すことを絶対に拒否することは科学的には正しいかもしれないが現場の実践者としてはいかがなものか。

本来、他人が当事者の責任を代わりにすべて負うことはできない。
それでも慎重に線引きをしながら、学問的・科学的・法律的には負うことのできない責任をクライアントと共有するのがプロの条件だと思う。
その境界線は外部から決まってくるものではなく、あくまでプロフェッショナルとそのクライアントの間の関係性で毎回毎回、一つ一つ共同して決め、変化しながらも適切に納得して決めるものだ。

プロは歴史や確率でなく、現実に重心を置くものだ。
顧客を中心に考えなくてはいけない。
間違ったときには責任を負う契約をするべきだ。
そして、これらのこれらの前提があるからにはプロは間違いを犯す宿命を持っている。

2011-10-18 10:00

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