今回(東北関東大震災; *東日本大震災)規模の災害でのメンタルサポートにおいて留意するべきこと

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あくまで現場・現地に行っていない立場・状況で私個人が考えること。
現場にいないからこそ、心理的・ストレス的に距離を置いて見ることができるというのは利点であると思う。
しかし、現場や被災当事者からみれば、冷酷に感じたり、きれいごとや「それができたら苦労しない」ことを言っているように思えるかもしれない。

  • 支援者が二次的な被災をしないことが最重要である。身体的なものは当然として、精神的に疲労・疲弊して、現場で、もしくは平常の業務に戻ったときに重大な問題を引き起こさないようにチェック・管理する
  • 主に、日中に稼働すると仮定して(食事や最小限の休憩、睡眠等はとるものとする)、連続稼働は1週間から最大2週間が限界だと思う。それ以上は、仮に交代要員がおらず活動が休止・縮小するとしてもやむを得ない。勇気をもって撤退することを検討。(単純比較はできないが、実際のところ、単一の自殺、事故、惨事のサポートに数人チームで入ったときの、数日間のみでさえ支援者の健康を十分に害する程度まで疲労することを思い出して欲しい)
  • 原則として単独一人での活動をしない。禁ずる。いわゆる惨事に対するカウンセリングをするにしても2名ペアであたるなど。
  • チームとして活動する。これは一人一人がそれぞれ単に、同じ役割を任ぜられる、という状態・指揮系統ではなく、互いの活動内容や教訓をとにかくこまめに振り返り、共有すること。チームとしてリーダーとフォロワーが役割を果たしてチーム力を発揮するように
  • おそらく今回、急性期ケア・サポートは、どんなに多くのリソース・マンパワーを注ぎ込んで、労力を使い、気持ちや心を込めて行ったとしても成果を挙げたという実感を感じる可能性は非常に少ない。それほど強度で甚大な災害だということを認識する
  • 医療におけるトリアージ概念とまったく同じ発想をし現実を見るしかない。医療でも精神的サポートでもトリアージが必要な状況では、もしも平時であれば「より適切なケアを受けられた人」「助かるはずだった人」が存在する。しかし、それは医療者や支援者の努力や労力・技術の責任ではない/責任にはできない。ただし、いまだ、それを社会的に合理的に理解・許容する素地が十分に整備されてはいない。残念だが致し方ない
  • ★ケア業務の深さに関するトリアージが必要。急性期に(つまり「今」だ)、十数人規模のメンタルサポート技術者しかいないならば、被災者個々人に対する直接的ケアに主眼を置くべきではない。それよりも行政や自衛隊、海上保安庁、警察、消防組織、医療従事者、ボランティアなどの支援者に対する、惨事ストレスケア教育や成果を感じにくいことによる無力感や自責感に対する対策・対応に力を注ぐ方が良い。言ってしまえば「深く狭く」よりも「浅く広く」支援をするのが適当だ
  • いつか必ず「浅く広く」行う支援から「深く狭く」活動するべきタイミングはやってくる。しかし、災害発生から1週間の今(3/20現在)がその時とは個人的には思えない。
  • 支援者個人個人が、さらにはチームとしても、記録やミーティング(グループミーティング、解除ミーティング、じ後ミーティングというようなもの)を積極的に実施する。これまでもそうだったが、今回の災害にメンタルケア・サポート要員として現場に入っている人にとって活動(による体験)が惨事である。惨事によるASR、ASD、PTSR、PTSDに対処する方法として、これまで組織やクライアントに教育し、勧めてきた手法や知識を自分たちにも実践しなければ自己矛盾と言えるだろう。具体的にはすでに示したような「ミーティング」「記録(書き留める)」「話す」「自分を観察する」「事実を丁寧に確認する」などである。

結び。
現地に支援者として入った仲間に対して、活動の成果と自身らの無事を、それがとても困難なことと認識しつつも期待半ば、願い半ばの気持ちで待ちたい。

2011-03-20 09:00

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