フランクさ、は「味方になる」の本質ではない


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「味方になる」についての誤解

「味方になる」という言葉や実習フィードバックでのモデリングを見聞きして、「えー! そんなに馴れ馴れしくしてもいいんですか!?」とか「ちょっと『タメ口』的なのが気になってしまうんですけどそれで大丈夫なんでしょうか?」とか「仲良くフランクに振舞えばいいんですね!!」という風に理解する人もいるが、その「フランクさ」というのはまったく本質ではない。

目標としての「味方になる」

メッセージコントロールカウンセリングでは、「クライアントの味方になる」ことが一つの目標になる。
問題の解決を目標にすると、うまくいかない確率が実際は多く、場合によってはクライアントを余計に苦しめてしまったりするからだ。
それよりはまず、クライアントの状況や状態を適切に理解し、それを伝え、実感してもらおう。
その上で、考えたり、行動したりすることを最大限、「他人として」支援するのが良い。
それが、我々が「味方になる」と表現していることだ。

はじめはメッセージコントロールだけで十分 | deathhacks

「味方になる」ことの効果

うまくクライアントの味方になることができれば、大胆な提案や鋭く図星となるような質問をすることもできるようになる。
カウンセラーの言葉が裏に取られる可能性が非常に低くなると思ってほしい。
極論すれば、味方が支援することが重要で大きな力を持っているから、別にその味方がプロのカウンセラーである必要もないのだ。

カウンセラー=(イコール)味方、ではない

もしも、元々クライアントの身近に「味方」だと思える人がいて、その人が常識と良い距離感覚を持っているのならば、生半可なカウンセラーや上司が治療や助言を押し付けるよりも余程うまくいくし害が少ない。
親友や同僚など、それは誰でもいい。
現実には、家族や友人など、そのクライアントに対して情や付き合いの歴史があればあるほど、丁度良い距離は保てなくなりがちではあるので、そこにカウンセラーのニッチ的存在価値がある。

見えているものが本質だとは限らない

フランクなこと、そう見えることは結果や表面的なものである。
まず十分に話を聞き、メッセージコントロールをして、要約や質問で物語を共有して、一緒に悩むことが自然な状況になれば、「何をどんな風に言ってもオッケー」ということだ。
その後の振る舞い方や言い方はその人それぞれのキャラクターであったり相対的な関係性によるとしか言えない。
メッセージコントロールやその結果としての関係がまだできていないのに、形だけを真似て親しみを込めてカウンセリングをしても却って裏に取られて残念なことになる。

2011-08-03 09:00

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