クライアントの死にたい気持ちを初回のカウンセリングで確かめなくてはいけない


カウンセラーは、希死念慮、つまり死にたいとか消えてしまいたいとか思うくらいに苦しんでいるクライアントであるかどうかをキチンと確認しなくてはいけません。
それも、できれば「初回」の面談、カウンセリングの場で。

ある程度一般的なカウンセリングを学んできているカウンセラーの中には、身についた中長期的な構造化したカウンセリングの呪縛から逃れられない方がいます。
初回の面接では自己紹介やカウンセリングの意義や限界、守秘義務などを説明して、当たり障りのない話題から触れていって、徐々にラポールを作り、2回目以降から段階を進めていってクライアントの深層心理や成長発達段階などを見立てていき、問題を発見し、解決や成長、環境調整の方向を探っていく。。
そんなイメージです。

このやり方では、今まさに苦しくて、ちょっとしたイベント、ライフイベント、感情の波で簡単に一線を踏み越えてしまい、失踪してしまったり、自殺してしまったりするクライアントのことを考えると決定的にスピードや覚悟が不足していると感じます。

死のうという気持ちが浮かんでは消えているような人に、
「では、今日は始めての面接で、あなたの話を全部は聞けなかったと思いますから、また来てみませんか? 予約をいつにしましょう?」
と言って終わることの怖さを知らなくてはいけません。
「はっきりと希死念慮を表現していないのだから、まだ余裕や残された時間があるのではないか?」という考え方はのんびり過ぎます。
本当に苦しいときほど、人は他人に助けを求められなくなるのですから。

さて、カウンセリングの初回でクライアントに希死念慮があるかどうかを確かめた方が良いということが理解できたとしても今度はカウンセラーの側に「訊きにくい」「かえって死にたい気持ちが高まってしまうのではないか」「全然そんな気持ちがなかったら嫌われたり怒られたりするのではないか」という不安を感じるかもしれません。
もし、見立てが間違っていたときの対処は「謝る」です。
「いやー、ごめんなさい。。苦しいときは程度は色々ですが、『死んでしまおうか』とか『もうどうにでもなってしまえ!』というような気持ちが出てくることがあるもので、こちらから確かめないと言い出しにくかったりするから、訊いておきたかったんです」
と正直な態度・対応をして問題はないでしょう。
もしそれでもクライアントとの関係が悪くなったとしても、私としては「希死念慮を積極的に確認した方が良かったなー」と後で公開するような状況・事態に比べればましだととらえます。

とは言っても、自己紹介や場面設定をした次に、効率を最大限に追求しろ、と言わんばかりに
「最初に、、死にたいと思ってたりしませんか?」
と切り出すのもナンセンスです。
すべての場面、状況でメリットとデメリット、何と何がトレードオフの関係にあるかを常に考え、考え抜かなくてはいけないのです。

2010-07-18 8a.m.

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