なぜヒトには感情があるのか

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「人間になぜ感情というものがあるのか」は私のテーマの一つになっている。

感情を、完璧ではないまでも、より理解したり、カウンセリングで扱ったり、自分自身のそれを知ったりするためには、感情の動きだけではなくその始まりについて考えることも必要だと思うからだ。
ちょうどある国の文化や人々を知るためには、その歴史を調べることも有効であるように。

私の今の仮説では、感情は論理や理性、知性と同時並行かもしくはもっとも新しくヒトに備わったシステムだろうというものだ。

感情は原始的で、理性が上位にくるのか | deathhacks

では感情がつくられた理由、もしくは感情を持ったヒトという種が少なくとも今現在かなりの繁栄をすることができている理由は何だろうか。
簡単に言えば、感情があると有利であるという理屈。

感情は、それこそ感情的に表現するならば、人生を豊かにするし、あるいは人生そのものだと考える人もいる。
一方で、感情があることによって苦しんだり、うつになったり、人生や他人、物事を呪いたくなったりもする。
こうした意味ではやっかいなものに見える。

感情の存在理由

感情が存在するメリットの一つは、感情は素早さと持続性の両者を備えているということから来ている。

例えば、ある人の目の前に突然が現れたとして、論理的な思考だけで対応するのが最善だろうか。

「これは熊だ」→「熊は一般的に人間よりも強い」→「熊はこちらに気づいているだろうか」→「逃げるべきか」→「隠れたほうがいい?」→「何か身を守る道具か武器になるものは近くにないか?」→「助けを呼ぼうか?」→「助けを呼んで近くに仲間はいるか? 呼んで間に合うか?」

このようなことを順番に考えていると、正解は出るかもしれないが、致命的に間に合わなかったりする。
ビジネスと同じで多少間違ったプランでも時間に間に合うことが最低限の条件であるようなものだ。

こうした「対応」では恐怖のような感情で動くことの方が確率的に有利かもしれない。

また別のケースでは、異性を愛する場合について考えてみる。

相手の収入はどうか?
ビジュアルは?
自分を好いてくれるか?
自分の味方になってくれるか?
相手の人間関係は自分にとって不利益なものはないか?
二人が一緒になったとして将来のプラスとマイナスはどちらが多くなるか?

こういったことを厳密に計算することが悪いのでも、絶対に愛情というものとは相容れないと言うつもりはないが、時にこれらの問いに対してすべて最悪の結果が予想されたとしても、結論を180度ひっくり返してしまうこともありうるのが愛情という感情だ。
愛情は「熊対応」のように瞬間的に生じる(生じたように見える)こともあり、さらには持続的に続いたりもする。
いちいち定期的にメリットとデメリットを計算をし直すのは実のところ骨が折れるので、その部分の思考を停止させてあきらめさせたり忘れさせたりするような作用が愛情にはあるのではないか。

このようにヒトは高度に論理的な思考や抽象的概念などを操ることで、失われてしまった単純な反応を別の形で取り戻し並行して活用できるように、感情というものを生み出し、持っているというのが私の仮説だ。

この辺りのアイデアは元々、メンターからもらったものなので私のオリジナルではないのだが、まったく同じものでもないだろう。
いずれ答え合わせのようなことをしたい。

2012-02-15 08:00

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