アイデアの利用は受け手次第

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発表・プレゼン・アイデアは具体的であればあるほど、数字などによって定量的であればあるほど分かりやすいものになります。
しかし、パクられやすく、真似・模倣されやすくもなります。

いくら具体的・定量的であっても、それがアイデアなどとして、いわゆる公として、いったん外部に出てしまえば、その受け取り方は受け手の能力や考え次第です。
それを操作することはできません。

2010-08-31 08:00

他人を思い遣ることを教えるのは価値観の押し付け

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小中学校の教育や部活動で「思いやりを持ちましょう」とか「自分が嫌なことは相手にしないようにしましょう」というのは途中の考え方までは納得しますが、行動にまで口を出していることに違和感を持ちます。
もちろん子供や未成年は社会性が乏しかったり、まったく無かったりします。

子供に社会性はない | deathhacks

だからといって、あたかも決まりきった絶対的な真理、宇宙の法則であるかのように、その社会のルールを教え込んで従わせるのには抵抗があります。

自分や相手の内面、気持ちを想像させることは、日常生活でも、学習においても、スポーツでも、大事なことです。
しかし、それらの思考や想像を働かせた後に、どんな行動を取るか、何を言うかなどはまた別の問題です。
憲法などには「思想の自由」が謳われていますが、それは当たり前との見方もできます。
実はその後に来る行動にこそ自由があると思います。

2010-08-30 08:00

カウンセリングで外部監査を受ける

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カウンセリングはその特徴として、1対1の密室のものが多いですし、秘密を守る約束(契約)をするのが普通です。
それはカウンセリングの利点や成果に直結する要素ですが、カウンセラーとクライアントが異性同士である場合には、セクハラのような非倫理的、非社会的、犯罪的な行為にも直結するリスクにもなります。

カウンセリングとセクハラは相性がよい | deathhacks

元々のカウンセリングが100%の善意から始まっていたとしても関係ありません。
カウンセラーとクライアントは利害が一致する味方同士である限りは素晴らしい関係です。

カウンセリング内におけるセクハラのような事象を少しでも予防する、避けることは大事なことです。
ひとつには、異性のカウンセリングはしないという決断も悪くありません。
しかしそれだけではモッタイナイですし、ツマラナイとも言えます。

自分のカウンセリングについて常に外部監査のような立場の人を考えて客観評価してもらったり、同業内の情報共有や支援として相談できるようにしておくのも良いでしょう。
これは通常はスーパービジョンと言われるような内容、関係です。

私も異性とのカウンセリングやコーチングを予約・予定するときには可能な限り、そのケースを外部監査的に仲間内で情報共有しておきます。
それがスムースにできない、したくないという時には何が私の内面に起きているのでしょう。
おそらく、普段以上に心配していたり、わざわざ同業他者に情報を伝えるのがまるで自己の犯罪予告をしているようにも思えるからかもしれません。
隠したくなるときこそ、自分が疲れていたり、本当は普段以上に他人に目を入れて欲しい場合なのかもしれないとも思います。

2010-08-29 08:00

このブログの目標はパクられること

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以前にメンタルヘルス教育を「する」ためのトレーニングでウェブからの引用を使ってプレゼンしているのを見かけました。
引用それ自体は元を明記すれば問題はありませんが、残念ながらその転記に誤りがいくつかあり、さらには内容の解釈にも誤解がありました。
なぜそれに気づいたかと言えば、私がそのウェブサイトを見たことがあり、自分でも普段から参考にしていたからです。

メンタルヘルス不調の早期発見と早期対応のコツ – ELECTRIC DOC. http://bit.ly/a5yac4

私がこのブログを書いて目論んでいることのひとつは、このエピソードのように、メンタルヘルスに関わる内輪、身内、知り合いが、書き手を知っていても知らなくてもどちらでも良いのですが「パクって」くれることです。
私が参考にした話や私の感じたこと、考えたことをさらに参考にしたりして発展させて面白いことが起きればいいと思っています。
Twitterやブログで知や情報を共有するということはそういうことでしょう。
それこそブログとしてオープンに書いているメリットのひとつです。

ただし、引用者が知り合いで、私が書いていることを知らずに使ってくれるということがあったならばちょっと楽しい気がします。

2010-08-28 08:00

愛する人を養うだけの稼ぎがあり

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好きな人(自分自身を含む)を養うだけの稼ぎがあり、やっている仕事が楽しく、充実しているならば、あとは多少世の中に批判されたり、後世に残るような仕事をしていないと言われたりとか、世界の発展に貢献していないと評価されたりとかいうのには目をつぶってもいいんじゃないか。

だいたい「後世に残らない」とか、現代の同時代の人間に言われても痛くも痒くも感じる必要はない。
ナンセンス。

それこそ歴史がいつかいろんな評価を頼まなくてもしてくれる。
その人が何か「作品」を残していないように見えても、次の世代の人たちに何かが伝わっているかもしれない。
その受け継いだ人たちが何事かを為すにはまた時間や世代交代が必要。

人がすべて偉人であろうとしなくていい。
もうあとは自由な好み・生き方の問題でしょ。

2010-08-27 07:00

(元ツイート)

自分を含めた愛する人を養うだけの稼ぎがあり、やっている仕事が楽しく充実しているならば、あとは多少世の中が批判したり、後世に残るような仕事じゃないとか、世界の発展に貢献していないとかいうのには目をつぶってもいいんじゃないか。人がすべて偉人であろうとしなくていい。こんなの好み。

@neti2

小片武

うつの社会的後遺症

Photo 1 - 2010-08-26

うつには身体的症状、精神的症状に加えて社会的症状があります。
これらは相互に関連しながらうつという状態を作り、運の要素も含めうまく対処がされないとうつを悪化させていきます。

うつから回復したとしても、症状についてこれら3つの切り口は同じように当てはめることができます。
回復後の症状、つまり後遺症と言ってよいでしょう。

いったん調子を悪くした身体は復帰するまでに数ヶ月から数年単位の時間が必要です。
そこには年齢や習慣の要素も加わります。
中年以降であればうつ以前よりも体力や体調が増進していることは少ないでしょう。

精神的症状は元々の性格を書き替えたり、厚く上塗りするかたちで、その後の人生に付いて回ることが考えられます。
良い面、悪い面、両方をひっくるめて別人として生きていく感じです。
うつに限らず、人の性格や人生観などが変わっていくことはよくあることですし、結局人生の良い悪いに絶対的な基準などありませんが。

うつの社会的後遺症は個人から見て完全な外部要因です。
そのため、その後遺症を和らげるために、社会との関係を修正したり、改善したり、再構築したりすることはなかなか難しかったり、ほとんど不可能であったりします。
裏切ったり、関係者をコテンパンに打ちのめしてしまったり、自身が回復するための犠牲にしたりといった過去をチャラにすることは、人生や世界の他の事象と同じく、できません。
あとは、時間が戻らないことをどう自身がとらえるかという内部要因にかかってきます。

2010-08-26 07:00

熱中症の背景にもメンタルヘルスやうつと同じようなものがあります

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今年(2010年)の夏は熱中症が多くなっています。
熱中症の背景にもメンタルヘルスやうつと同じようなものがあります。

最近は皆が熱中症や脱水症のことを知るようになったので、それがときには命に関わることもあるということや、スポーツ中のこまめな水分補給をしごきや根性、精神論で禁止するようなことがナンセンスであることは当然となっています。
しかし「知っている」ことは基本的段階で、それを「実践する、現場に活かす」段階に進めなければ予防や対処はできません。

「知っている」のに熱中症になるのはなぜでしょうか。

一つには、熱中症がケガや心臓の病気のようにある瞬間に突然痛くなったり苦しくなったりするものではないからです。
徐々に調子が悪くなっていくため、そしてその調子を判断する自分自身の意識や判断力が落ちてしまう状態が起きるため、自ら休んだり水分を摂ったり助けを求めたりするのが遅れてしまうのです。
この判断力という面は、体力が総合的に少ないということと併せて、子供や高齢者が熱中症になりやすい一因でもあります。

二つめには、自分が熱中症になった、あるいはなりかけていることを認めるのに対する「心理的抵抗」があるからです。
他の人と一緒に仕事や作業(遊びでもいいですが)をしていたとして、調子が悪くなったことをまず自分が認め、さらに周囲の人に知らせることに「申し訳ない」「迷惑をかけて悪い」「仕事を休んだら責められる」という風に自責感(の予感・予測)を感じるために不適切な否定をしてしまい、その一部が本当に熱中症につながっていきます。
また、自分が調子悪くなったことを認めるのは、「自信を失う」「弱い自分に気づかされる」「一度弱くなったらずっとそのまま」という感情、つまり無力感(の予感・予測)にもつながります。
自責感も無力感も嫌で不快な感情ですからできるだけ避けたり否定したりして、例え事実とは多少違ったとしても無いこと(無かったこと)にしたいのが人情なのです。

疲労を溜めていってうつになることも、熱中症にとても似ています。

今は多くの人がうつというものがあって、それが命に関わることもあることを知識としては見聞きして知っています。
しかしその知識を実践に活かすことはまだ十分には広がっていません。
徐々ににうつになっていくと、その異常に本人は気づきにくいです。
うつを認めることには、周りの人への「自責感(罪悪感)」や、自分の能力への自信を失う「無力感」を伴うことが多いため、「心理的抵抗」が適切な対処を邪魔します。

熱中症でもうつでもこうした背景を考えなければ、全体として適切な対処することはできません。
「なぜ我慢して続けてしまったのか分からない」「休めば良かったのに」「結局自己責任だねー」というのは、当事者以外の、現場を知らない・知ろうとしない人の、浅い考えでしょう。

2010-08-25 07:00

泳ぎを教える、カウンセリングを教える

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カウンセリングを教えるときにも、水泳を教えるときと同じようにレベルを判定しながら進めていけなければいかないのでしょう。

泳ぎを教えるのにも色々なやり方が考えられます。
波がない、足がつくプールで、まず水に慣れる、顔を水に付ける、とにかく楽しく遊んでみる、というようなシステム化された教え方が現在はあります。
しかし、一昔以上前であれば、川で海で遊んでいるうちに勝手に泳げるようになったー、ということが普通だったでしょう。

カウンセリングもとりあえず実践・実戦に突っ込んでみて「習うより慣れろだぞ」とか「指導者のやり方を見て勝手に盗むように。(教えないからね)」(実際には教えられない。。)という教え方だけでは限界があるし、後継者を育成し、世代交代をしていく工夫が必要です。
そこでは全員を選別せずに修行させ、ついて来られた者だけを残すという、体育会系や精神論だけの方式ではなく、キチンと一人ひとりのカウンセリング周辺の能力や技術、志向などを見極め判定しながらコーチしていくような考え方が適当です。

カウンセリングが今後さらに広がり、効果もニーズも多様化すれば、その現場環境は大きく変わります。
必要性を考えながら、その場がプールなのか河なのか川なのか海なのか、足がつくのか、波が荒れ狂っているのか、などを複数人で見立てなければいけません。
でなければクライアントだけでなく、カウンセリングなどで関わっていく側も溺れてしまったり、却って害をなしてしまうことが絶対数として増えていくのではないかと思います。

2010-08-24 08:00

比較評価しないというのは無理

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相手が嫌がるのであれば比較評価を伝えないというのはありえます。
しかし、誰でも頭の中では常に比較や評価をしてしまうものです。

世界は「違い」からできています。
概念や存在などあらゆるものは「違い」や「境界」によって分けられます。
分けられないものはありません。

例えば「自分」を認識したり理解したりするのに、「自分」しか存在していなかったら不可能です。
もしくは「自分」をわざわざ認識・理解する《必要がない》ことになるでしょう。

自分を知るのに自分だけを見ていては無理です。
同じように他人を知るのには自分を知り、その比較の中で《だけ》しか知ることはできません。

2010-08-23 07:00

カウンセリングをトレーニングしても人間性が変わるわけではない

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カウンセリングを習えばコミュニケーションがうまくなるのではないか、好かれる良い人になれるのではないか、しゃべるのがうまくなるのではないかというのは正しくはありません。

身も蓋もないですが結局はカウンセラーの個性や能力、性質、人間性が色濃く表れるでしょう。
これはしかたないことです。

日常の会話や教育の場で、自分のことや考えをうまく表現できない人もいます。
自己紹介から始まるようなコミュニケーション全般からして困難を本人も周りも感じてしまう人もいます。
そもそも日本語で自分を適切に開示できない人が、英会話を習得した途端に自己紹介などがスムースにできるようになるわけではないのと一緒です。

いつでも人一倍「オレが俺が」「私はー」ばかり言っている人や、集団の中で頼まれもしないのに全員の注目を集めて一席打ち始めないと絶対に気が済まない人もいます。
そんな人がもしカウンセリングでクライアントが話すのもじっくり待たなければいけないような場面にあったらとても苦しくなってしまうかもしれません。

人徳がカウンセリングの邪魔をする | deathhacks

とも書きましたが、カウンセラー自身の持ち合わせたもの、性質しか現場では出てこないし使えないということも真実の一つです。

2010-08-22 08:00