熱中症の背景にもメンタルヘルスやうつと同じようなものがあります

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今年(2010年)の夏は熱中症が多くなっています。
熱中症の背景にもメンタルヘルスやうつと同じようなものがあります。

最近は皆が熱中症や脱水症のことを知るようになったので、それがときには命に関わることもあるということや、スポーツ中のこまめな水分補給をしごきや根性、精神論で禁止するようなことがナンセンスであることは当然となっています。
しかし「知っている」ことは基本的段階で、それを「実践する、現場に活かす」段階に進めなければ予防や対処はできません。

「知っている」のに熱中症になるのはなぜでしょうか。

一つには、熱中症がケガや心臓の病気のようにある瞬間に突然痛くなったり苦しくなったりするものではないからです。
徐々に調子が悪くなっていくため、そしてその調子を判断する自分自身の意識や判断力が落ちてしまう状態が起きるため、自ら休んだり水分を摂ったり助けを求めたりするのが遅れてしまうのです。
この判断力という面は、体力が総合的に少ないということと併せて、子供や高齢者が熱中症になりやすい一因でもあります。

二つめには、自分が熱中症になった、あるいはなりかけていることを認めるのに対する「心理的抵抗」があるからです。
他の人と一緒に仕事や作業(遊びでもいいですが)をしていたとして、調子が悪くなったことをまず自分が認め、さらに周囲の人に知らせることに「申し訳ない」「迷惑をかけて悪い」「仕事を休んだら責められる」という風に自責感(の予感・予測)を感じるために不適切な否定をしてしまい、その一部が本当に熱中症につながっていきます。
また、自分が調子悪くなったことを認めるのは、「自信を失う」「弱い自分に気づかされる」「一度弱くなったらずっとそのまま」という感情、つまり無力感(の予感・予測)にもつながります。
自責感も無力感も嫌で不快な感情ですからできるだけ避けたり否定したりして、例え事実とは多少違ったとしても無いこと(無かったこと)にしたいのが人情なのです。

疲労を溜めていってうつになることも、熱中症にとても似ています。

今は多くの人がうつというものがあって、それが命に関わることもあることを知識としては見聞きして知っています。
しかしその知識を実践に活かすことはまだ十分には広がっていません。
徐々ににうつになっていくと、その異常に本人は気づきにくいです。
うつを認めることには、周りの人への「自責感(罪悪感)」や、自分の能力への自信を失う「無力感」を伴うことが多いため、「心理的抵抗」が適切な対処を邪魔します。

熱中症でもうつでもこうした背景を考えなければ、全体として適切な対処することはできません。
「なぜ我慢して続けてしまったのか分からない」「休めば良かったのに」「結局自己責任だねー」というのは、当事者以外の、現場を知らない・知ろうとしない人の、浅い考えでしょう。

2010-08-25 07:00

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