カウンセリングを教えたり、メンタルヘルス周辺に関わったりしていると、コミュニケーションそのものの問題や疑問に出くわす。
挨拶がどうとか、訊くべきことを適切な時に適切な言葉で訊くとか、服装がどうとか身だしなみや匂いがどうだとかいうようなことだ。
個人的には、例えばカウンセリングならば100%とまではいかなくても、可能な限りその中の要素を技術的なものとして扱いたい。
属人的な研究や考察はもちろん無意味ではないが、科学的ではない。
科学的ではないというのは、普遍的ではなく、応用が効かず、測定や記録ができないということだ。
しかし、深く、濃く、カウンセリングについて考えたり議論したりしていると、その内容がいつのまにか、挨拶やら、礼儀やら、ルックスやら、常識やら、最後には人間性さらには「人間力」のようなところまで行ってしまう。
確かにカウンセリングは、カウンセラー自身という要素を抜きにしては把握できない。
カウンセリングをトレーニングすることが、人間性の鍛錬や修行であってはいけない。
カウンセラーとしての実力を推し量ることが人間コンテストになってはいけない。
技術と思想の境界線はあいまいだ。
しかし、それを常に意識しながら、問いながらやっていくしかない。
2011-10-26 08:00
(参考エントリ)

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