グループミーティングの結果得られる心地よさはどこから来ているのか


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仲間内の勉強会で自分たち自身がグループミーティングをした。
テーマは東日本大震災の始まりから今現在までの3ヶ月弱における個々の行動や生活、考えや思いについて。

内容については別として、少なくとも私自身としてはミーティングによって「気持ち良さ」が得られた。
その「気もち」はどこから来ているのか。
なぜそう感じられたのか。

一つには情報が得られたことが理由だと思う。
自分以外の人間が3月11日の発災のとき、どこにいて、何をしていて、どう考え、いかに行動したかを知ることは、とても興味深いし、自分のことと対照して振り返ることができる材料になる。

しかし、一般的な情報は別に今回のように仲間内であらためて集まり、交換しなくても多く得ることはできていたはずだ。
では、それらと何が違ったのか。

それは仲間内という関係に含まれた「属性」や「背景」が影響していたと思う。
知り合いで面識があり、似た立場や仕事をしている間で互いに情報や思いを交換をしたことは、より自分個人との比較や考察の上で質・量の両面でメリットがあったのだろう。

まとめて考えると、

  • まず情報は、まったくなかったり、不足しているよりは、分量がある方が良い
  • ただし、単に情報の量にこだわるだけでなく、参加する人間の属性や背景をうまく扱うことで質的にも量的にもグループミーティングの成果は上がる

ということだ。

2011-05-28 11:00

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