その人自身が代表になって惨事後のメンタルブロックを外す


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惨事後の組織や集団内では、自粛ムードが漂う。

その出来事について話すことが躊躇われる、休みをとるのが後ろめたい、予定していた旅行に行くのを止めようか、お祝い事を延期しよう、などなど。
笑うことや雑談でさえ遠慮しなくてはいけないような心持ちにすらなることがある。

こうした心理自体は人間の社会的・本能的感覚から、仕方ないと言える面もある。
自粛というものは、ピンチになっているときに、個人としても、集団としても、なるべく変わったことをしないようにして無駄なエネルギー消費を減らすための「積極的な」作戦だ。

一般にピンチのときに、新しい行動や目立つことが歓迎されない、あるいは歓迎されない「ような気がする」のは自然なことではある。
しかし、現代の様々な組織や環境では、この作戦や方針が、まったくの無意識の中で、「空気」としてけいせいされ、不適切’過剰なまでのレベルのそれが、無闇に長期間にわたって続いてしまい、弱い者や弱い部分に本来なら不要であるマイナスをもたらしてしまうことがある。

こうしたリスクをコントロールするのは、意識と知識だ。
我々が惨事後のサポートをするときには、具体的な説明やツールを、グループにも個人にもあらゆる場面を活用して提供していく。

自粛ムードが空気として作られるとは言ったが、惨事やピンチのときには、そこから回復したり前向きになったり、特に弱っている者をお互いに配慮してサポートし合おうというアイデアや思いも多く出てくる。
私たちが伝えるのは、そういった自浄的な考えや行動を鼓舞し、理由や物語を提案して、実現化させるサポートである。

ちょっとしたイベントで職場を適度に朗らかにしたい、というアイデアがあれば「自分のため、というのではなく、皆のためにあなたが勇気を出して実行したら良いと思う」と支持する。
「今回の出来事で一番弱っている人に声をかけたいのだが迷惑にならないだろうか」というような疑心暗鬼については「きっと他の人たちも同じように迷っている可能性が高いから、まずはあなたが代表して声かけしてみて、返ってきた反応を周りと共有してあげたら、その方も皆も喜ぶのじゃないでしょうか」と使命感を持たせてあげる。

人間、自分のため「だけ」ではなかなか動けなくても、他人や組織、社会のためという理由や物語が腑に落ちれば、大きな勇気とパワーが出るものだ。
下園壮太も「他人の力を借りるというのは大事。これは、他人に助けてもらう、ということではなくて、誰かのためになりたいという思いや行動が結果的その人自身のためにもなり、癒しにもなるということ」と語っている。

これらがプロフェッショナルとして提供する意識と知識だ。

2012-05-17 08:00

Posted from DPad on my iPad

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