緊張カミングアウトはルーキーだけに許される


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発表や仕事、スポーツなどで、そういった場が初めてだったり、経験が少ない人間が「今、実は緊張しています」と表明することがある。

これは正直とも取れるが、それによって受け手や聴き手、聴衆・観衆の評価が影響を受ける。

これが本当に皆が認め、初心者であることを知っている状況ならば、そしてその成否があまり重要ではないのならばOKだろう。
しかし、有料のサービスをするプロが、サービスの受け手である自分に対して、「スミマセンー。実は今日が初めてなのであまり自信がないのですがよろしくお願いします」と挨拶してきたとしたら、いつもいつも許せるとは限らないだろう。
試験や競技、コンテストなどの場で「まだまだ実力不足ですが、精一杯頑張ります」と自分の不安を認めてしまったことを、評価や判定の考慮に含めてしまったらいけないだろうというのも同じことだ。

誰でも、なにかしらについては初心者やルーキーの時代がある。
その始めの段階で、自分の内面の不安定さなどを周りと共有することには、感情移入してもらうことや、評価に裁量を加えてもらうというような、一定のメリットはある。

だが、ある時期を過ぎ、能力が向上し、それに応じた報酬や対価を得るようになったならば、「緊張カミングアウト」は逆の効果しかなくなる。
見る人、聞く人は、それだけの期待をし始めるからだ。

2012-03-10 09:00

(追記)
※関連エントリを自分で読み直して気づいたが、この「緊張カミングアウト」は「セルフハンディキャップ」だ。

(関連エントリ)

ガー・レイノルズの「裸のプレゼンター」を読みながら自分のプレゼンを振り返る – その2 | deathhacks

自分はルーキーだ | deathhacks

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