結果であり副産物でもある子作り

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最近また、勉強会(そのものではなく仕組み)やらファシリテート、アイデアメイクなどに関心がある。

企画の開発などで大事なのは一つ一つのアイデアやヒラメキの質ではない。
量だ。
量を増やせば、量質転換のチャンスが増える。
量を増やすには、場や環境が必要になる。
場とは、勉強会や研修会、私塾、SNS、ブログのようなものだ。
環境には、ファシリテート技術やいわゆるライフハックネタ、ライフロギング、オープンソース精神などが当たるか。

場と環境さえあれば、あとは確率論、運命的な問題、時間の関係で「何か」が生まれる。
極論すれば結果を追求しない。
結果にあまり意味を感じない。
男と女が愛しあって子供が生まれるのは結果なのか?
愛しあう事自体に意味があり、結論なのか。
どちらも間違いとか不自然とかではない。

ただなんとなく、今現在自分としては、場を如何に増やすか、環境をどんな風に整えるかに凝ってみたい。
別に何かを意識して生み出そうとはしていなくても思想や思索の場には価値がある。
結果はどうせきっと後から付いてくる。

2011-07-27 07:00

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