女性に年齢を尋ねたらセクハラだなんて馬鹿げている


本日のエントリは自Tweetの引用から。

http://twitter.com/#!/neti2/status/53691522285174784

(補足)
年齢を重ねたことを恥じたり、老いることを弱さや醜さなどと直結させて考えているのはその人自身。それは単なる個人の価値観である。ある人が年を取ったことそのものを恥ずかしいと考えていたとしたら、その人は他の人に対してもそういう評価を当てはめがち。それは差別やハラスメントを受けているのではなく、その人自身が差別やハラスメントを発していることにならないだろうか。

アスリートだって、経験を重ねることによって記録や成績を向上させたりする。
若者には若者の、ベテランにはベテランの味というものがあるだろう。

http://twitter.com/#!/neti2/status/53692445359210496

http://twitter.com/#!/neti2/status/53695561794207745

(補足)
だから、なるべく安全策を取ろうとする。
セイフティ safety を確保しようとする。
君子危うきに近寄らず、的な。
Political correctness

http://twitter.com/#!/neti2/status/53696421232254977

(補足)
言葉そのものには罪はないし、たいした意味や感情はこもっていないことが多いのに。
時代や社会、文化によって変動するものにあまり振り回されても cool ではない。
「ぼけ」や「痴呆」を「認知症」と言い換えたり。
「精神分裂病」を「統合失調症」と言ったり。
「患者さん」を「患者様」と呼ぶようにしてみたり。

http://twitter.com/#!/neti2/status/53697255739367424

(補足)
良く言われることだが、世の中、すべてのものが善悪や優劣、美醜、良悪などの白黒あるいは二項対立的な価値基準だけでは判断できない。いや、かえってグレーゾーンの方が多いくらいかもしれない。もしくは判断保留だったり、白黒つけることに時間などのコストがかかりすぎるので現実として議論されないとか。

2011-04-02 08:00

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