本日のエントリは自Tweetの引用から。
女性に年齢を尋ねるのはセクハラではない。若い方がいいとか悪いとか考える価値観にこそ差別やハラスメントの思考がある。別に年をとっても素敵な人はステキなわけで。ダメな人は若かろうが関係ない。年齢というのは個性や人格とはまた別個の単なる事実だろう。隠したければそれはそれでもいい。
@neti2
neti2
(補足)
年齢を重ねたことを恥じたり、老いることを弱さや醜さなどと直結させて考えているのはその人自身。それは単なる個人の価値観である。ある人が年を取ったことそのものを恥ずかしいと考えていたとしたら、その人は他の人に対してもそういう評価を当てはめがち。それは差別やハラスメントを受けているのではなく、その人自身が差別やハラスメントを発していることにならないだろうか。
アスリートだって、経験を重ねることによって記録や成績を向上させたりする。
若者には若者の、ベテランにはベテランの味というものがあるだろう。
アメリカなんかで就職に際して履歴書などを通して顔写真や年齢、人種などを確認するのがいけないのは選考基準にそういう情報を活用してはいけないからではあるがそもそも活用したか否かを証明するのが難しい。差別してないことを証明するために情報を最初から集めないという事なかれ主義とも言える。
@neti2
neti2
(補足)
だから、なるべく安全策を取ろうとする。
セイフティ safety を確保しようとする。
君子危うきに近寄らず、的な。
Political correctness
差別って言葉そのものではなくて使う人間の思想や思考、つまり頭の中の方に宿ってる。明らかに権利を侵害、制限してから初めて介入するのでは遅いのだが。
@neti2
neti2
(補足)
言葉そのものには罪はないし、たいした意味や感情はこもっていないことが多いのに。
時代や社会、文化によって変動するものにあまり振り回されても cool ではない。
「ぼけ」や「痴呆」を「認知症」と言い換えたり。
「精神分裂病」を「統合失調症」と言ったり。
「患者さん」を「患者様」と呼ぶようにしてみたり。
(補足)
良く言われることだが、世の中、すべてのものが善悪や優劣、美醜、良悪などの白黒あるいは二項対立的な価値基準だけでは判断できない。いや、かえってグレーゾーンの方が多いくらいかもしれない。もしくは判断保留だったり、白黒つけることに時間などのコストがかかりすぎるので現実として議論されないとか。
2011-04-02 08:00
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