資格は個人本人から熱望されるものでなければならぬ


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世の中、資格や称号は多くあります。
一定の基準で認定されるものもありますし、名誉職的に冠されるものもあります。
その地位や名称に実力や技術が伴っていないことは多々ありますが、名実を一致させる努力を避けたり、なし崩しにしてしまうことは気に入りませんし、とても危険です。

そこで立ち返るべき考え方は「技術の審査を公明正大にすること」と「資格を得ることのメリットを明確にすること」です。

「技術・実力を確かめる」ことは、その資格や活動が机上の学問でなく現場実践主義を標榜するならば当然の手続きです。
「公明正大」であることを放棄してしまったら、資格の価値・魅力はその集団全体で失われるでしょう。

「資格のメリット」ですが、これをハッキリさせることによって個人自らが研鑽し実力を鍛えた結果としての称号を得る動機が初めて生まれます。
名誉称号のように、与える側にも、または与える側にのみメリットがあることが、明示されていない役職や資格は不健全です。
本人が(少なくとも表面上は)それほど資格を求めていなかったりして、周囲の人が「勝手に」動いて、資格を勧めたり、与えたりするのも不自然な仕組みです。

2010-11-22 06:00

(関連エントリ)
メンタルヘルスの教育をするときに最終顧客を見すえる | deathhacks

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