弟子が時空を超える

R1006126.JPG

以前に本は時空を超える | deathhacksというエントリを書きました。
本を書くことによって、知識を時間的・空間的に離れたところに届けることができるという話でした。

とは言っても本などに記録し、定着させなければ、情報や知識が伝わらないということでもありません。
印刷技術や本が発明される前から、人から人への情報伝達は行われています。
意識されずに伝えられていく知恵や文化もありますが、ある人がひとかたまりとして持っている素晴らしい技術や知識が体系化されたり、記録されたりしないまま、消えてしまうこともあります。

現在の日本ではほとんどの人が字を書くことができますが、一連の文章を書いたり本というかたちにまとめたりするひとは少数派です。
ブログやTwitterという文化技術の広がりには期待できますが、先行きはわかりません。
ある人が内に持っているものを記録するかしないかなどは結局当人に自由意思によります。

ただ、良い技術や知識は文章や本にされないとしても、師から弟子へというような形で伝えられて欲しいものです。
師弟関係のような言葉を使うと古くさいイメージになりますが、芸術や高度な技能については現代でもそもそも直接人から人にしか伝えることはできないと認識され、一部では教育の仕組みとして形作られています。
しかし、例えばカウンセリングのように、一個の人間としては素晴らしいカウンセラーであっても、その能力が人類としての貴重な叡知として周囲の人や後代に伝わらないのではないかと心配になってしまう分野や例があると私は思っています。

実際のところ、熱い意思や感動をもって、後世に残したい知識というものはまれです。
本の99%以上は必ずしも読む価値がありません。
ブログやTwitterもそうでしょう。
人間同士の会話もそうなのですが、それが世の中でであり、現実であって、生きているということだと思います。

2010-05-15 8a.m.

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください