アルコールを飲む時間は本当にプライベートと言えるか


R4002222

仕事をこなしてオフの時間になったときに、ストレス解消やリラックスの手段としてお酒を飲む人は少なくない。
ほとんど毎日習慣のように飲む人もいる。

面白いことに、仕事(オン)が忙しければ忙しいほど、緊張や負荷が強ければ強いほど、お酒を飲まずにはいられないという意見も聞く。
確かにどんな形であれ、飲酒によってある種の解放(感)は得られるかもしれないが、医学的・科学的にみると、量が過度になると確実に健康を蝕むし、そもそも貴重な時間それ自体が削られる。
引いては、仕事のパフォーマンスに影響があるとすれば、そもそも何のために仕事と生活をしているのかわからなくなりはしないか。

ワークライフバランスという言葉があるように、ワーク(仕事)とライフ(プライベート)を区分するという考えにも一理あるが、最近は結局一人の個人、そして人生の充実を考えれば、別の概念の方が適当だろう。

アルコールの話に戻れば、激務の後に酒を飲むことは、本当にオフの時間なのだろうかと最近思う。
他人から見ればそれは完全に、仕事ではないし、業務外だし、好きでのんでいるということにしかならない。

しかし、人間なんていくら理性や頭が賢く働いていたって、所詮動物だし、物理や化学の法則に従わざるをえない生き物だ。
人間は、一日の仕事が終わって、さあここからはどうぞリラックスしていいですよと言われたって、瞬間的に切り替えられるものではない。
そりゃあもちろん、意識の中では警戒・緊張を解こうと思っても、実際には時間がかかるわけだ。
仕事の身体的・精神的負担が高い状態がオンにあればなおさらだ。

先に言ったように、人間は意識や精神だけの存在ではない。
仮に精神や思考が電気的な仕組みと反応だと言い切ったとして、その切り替えは数秒から数分単位で可能かもしれない。
しかし、生体に関するホルモンやら血液やら(アドレナリンとか)のギアチェンジは、物理・化学法則に従わざるをえないから、そこまで短時間では切り替えられない。

かくして、「早くリラックスしたいのに、頭ではわかっているのに、身体は緊張や苦しさが続く」という状態が起きる。

これを短時間で手っ取り早く切り替えようと思ったら、半分 cheat かもしれないが、薬物(化学物質)を使うしかない。
医療的な妥当性がなく、合法的にやろうと思えば、アルコールを利用するということになる。
少なくとも本邦ではこれが一番リーズナブルだ。

だから、すべての人がそうだとは言わないが、仕事終わりにアルコールを飲むというのは、何か悲壮な儀式 routine かもしれないと感じる。
もしも仕事を終えて、十分にオフに切り替えていく時間があり(スポーツ後のクーリングダウンみたいな感じだ)、さらにその後余暇として趣味や別の楽しみ(これがより適切なプライベートだと思う)に当てる時間が残るのならば、依存は別にしてアルコールを飲む合理性は少なくなるのではないか。

こうして考えると、アルコールを飲む時間のいくばくかは、ビジネス時間(オン)だと捉えてもいいんじゃないかと心情的には思えてきている。

2012-06-20 11:00

Posted from DPad on my iPad

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください