セミナー受講者をクライアントとして扱いすぎない


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セミナーや実力認定試験などを開催していると、定員にあふれた人や試験に落ちた者から「次回はすぐにやらないのでしょうか?」とか「本当に1年後まで待たないとまた受けられないのですか?」という要望や質問を受ける。
それに対して、こちらは金銭的・人員的・集客的なコストやリスクを見積もるわけだが、なかなか期待に沿うことは難しい。
ウチの組織に限って言えば、元々、多くの余裕を持って最小限の運営をしているのではなく、現実的にいっぱいいっぱいのリソースをつぎ込んで年度単位で計画しているからだ。

我々が提供している情報や技術はメンタルヘルスやカウンセリングに関するものだ。
その感覚を使えば、確かに参加希望者の「焦り」のような欲求は理解できる。
彼らにしてみれば、無為に過ごすというか、数ヶ月やら1年を待つことはとんでもなく長い時間に感じるのだろう。
一方、逆の立場から見ると、常に色々なプロジェクトを動かしたり、異なるセミナーなどの活動は恒常的にしているから、要求に応えるのをサボって、のんびりしているわけではない。

うつのリハビリ期での回復にかかる期間の見積もりで、カウンセラーとクライアントの感覚が相当異なることと似ている。
たいてい、カウンセラーは「短めに、あるいは最短に」見積もって3ヶ月から半年などとクライアントに伝えるが、復帰に焦る多くのクライアントにとってみれば、その「最短」を永遠の長さのように感じてしまう。

しかし、我々のセミナーに参加してくる人たちは、基本的には健康、ないし健全性の高い、しかもその人たちそのものがクライアントを扱うプロとなっている。
そのような背景を持つ人たちが、「1年も待たされたらおかしくなってしまう!」みたいなメンタリティをあまりに強く持ちすぎているとしたら、それはその人自身の問題が大きいように思う。

提供側の我々は継続的に最大限の経営努力はする。
しかしながら、消費者(参加者)側は現実原則としての限界を知ったならば諦める。
それが適切だろう。

我々が、過大に配慮して、メンタルヘルスのプロをクライアント的なメンタリティを持っていると考えて扱うのは、不適当だ。
冷静に見て、ある特定の人(プロ)が無理に実力を付けたり、評価されたりする必要性や意義はその人そのものの中にしかなく、その外部にはない。

「私の担当しているクライアントが大ピンチなんです」とか「私の所属組織を良い方向に変えるには私に資格がないとうまくいきません」というのは、考えすぎのことが多い。
その時点でその人が持っている実力やリソースを使うなり、別の人間と協働したり、スーパービジョンやアドバイザリーを受けながら活動するなどすれば良い。
本当に、ほんとうに、その人が、今、頑張らなくては、世界が終わってしまうとか、致命的な何かの事態が起きるということはそうはないはずだ。

2011-10-05 07:00

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