涙腺がゆるくなるんじゃない

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年をとると涙もろくなるといいますがそれはなぜでしょうか。
自分自身についてもそういう傾向が年を経るごとに出てきているような気がします。私が思わず涙してしまうのは、スポーツ競技を観ていたり、ニュースをみていたり、ちょっとした物語を読んでいたりと色々な場面です。感動しての涙だったり、悲しくなっての涙だったりとそのときの感情も様々です。
年をとると涙もろくなる原因の一つは「経験」です。
元々人間は知能を身につけたことによって思考や想像をすることができるようになりました。ある出来事を見たときにその過去や未来を思い描いて感情が揺り動かされ、それを「泣く」という行為で表現するのです。

ここに経験が加わることによって、より多くの種類の出来事に対して、より適切に感情を反応させる能力や準備が整えられるのではないかというのが私の意見です。
ある出来事において当事者と同じかまたは似たような経験を既にしていれば、より高い確率でこころの琴線に触れるのではないでしょうか。楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、苦しいこと、などの記憶や経験には個人差がありますが、その単純な量は長く生きている程多いはずです。

さて「泣く」ことや「涙」を流すことは周囲にどう見られるでしょうか。
一般には気が弱くなったしるしと受け取られることもあります。「あの人も年をとったね。最近すごく涙もろくなった」というように。
どんな場面かにもよりますが、人前で泣くことによって感情的な人であると評価されることもあります。

一方で、泣くことによって弱い状態をさらけだせるということは、リラックスしている状況であるとも言えます。あるいは涙や感情をある程度は自分でコントロールできるという自信があるとも考えられます。これなどは逆に「強さ」や「安心」のアピールになっているわけです。

涙を流すということは、その背景や感情とは違い、他者から見える現象です。その個人にとってはカタルシス効果が得られます。「泣いてスッキリした」という結果が生じるのです。
しかし、「涙」というものを個人の内面の発現としてだけ考えるのではなく、他者との関係の中で「泣く」ことを考え直してみることは興味深いテーマです。

2010-04-02 7a.m.

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