メッセージコントロールの5ステップモデリングは、ゆっくり、じっくりと、見せる

null

カウンセリングでの表情5ステップを講師として受講者に教えるのに有効なのはやはりモデリングだ。
だが、ササッとやってみせて「ハイ、では皆さんやってみてください」では効果はでない。
意識して、通常の会話やカウンセリングでやるがごとくより、さらにゆっくりめの間(ま)と動きを心がけなくては伝わらない。

なんといっても、想定する受講者は、メッセージコントロールというものをまったく知らないし、自分の表情を意識するという経験が少なかったはずなのだ。

当たり前のコツになるが、目の前にクライアントがいるイメージで一連の《興味津々→納得・了解→驚き→疑問→共感》のような流れをモデリングする。
それを10数名から100名くらいの前でもキチンとやり切り、「なるほど、これをやったらメッセージがうまくクライアントに伝わりそうだ」「ちょっと難しそうだけどメリハリはわかったぞ」と感じさせなくてはならない。

講師としては、やってしまいがちな失敗がいくつかある。
緊張があると、動きが早くなり過ぎるし、間もなくなる。
動きが早くては受講者から見ると何がなんだかわからない感じになる。
間がなくてもリアリティがなくなる。

これは、講師が自分のメッセージコントロールに結局自信を持っていなかったり、気持ちのどこかに気恥ずかしさが残っているから、早くモデリングを終えて受講者にやらせるパートに進みたかったりということが表れてしまうのだろう。

しっかりとモデリングを示しさえすれば、言葉での説明は最小限で済む。
かえって楽だし時間もかからない。
言葉で理屈やコツをいくら説明しても逆にノイズになる、くらいに思っておく。

2012-11-09 07:00

目からウロコのカウンセリング革命―メッセージコントロールという発想
下園 壮太
日本評論社
売り上げランキング: 83180

Posted from Drift Writer on my iPad

日常会話はカウンセリングのように

null

カウンセリングは日常会話のように。

こんなことを書くと正統派のセラピストやサイコロジストからお叱りを受けそうだ。

ただ言いたいのは、入口や出口などとしてのメッセージコントロールはとても大事だということ。

2012-10-22 09:00

Posted from Drift Writer on my iPad

メッセージコントロールと傾聴を折衷するためには

R4002649

24時間アンテナを立てて勉強していると、そのときどきに考えていることや迷ったことに関する投げかけやヒント、反駁を、ちょうどそのときに読んでいる本などから得られることが結構ある。
シンクロニシティと考えても別にいいのだが、おそらく確率的な問題だろう。
それだけ色々なチャンスが偶然の中にあるというだけのことだ。

カウンセリングでのメッセージコントロールについて、トレーニングしたり、その本質を考えてみたりしている。
クライアントが話すことや質問への対処などは、その見せ場の一つになる。

話を、まとめ、要約し、確認し、ときに質問を率直にする。
メッセージコントロールでは、打てば響くような対応やノリを、タイミングよくポンポンと出していくことによって、即効的にクライアントの味方になろうとする。

ところが、ある意見ではそれとは逆のように感じることが語られていたりする。

 しかし、ここでもっとも大切なのは、「的確に内容を伝え返す」ことではありません。カウンセラーが、どのような雰囲気、どのような話し方でそれを伝え返していくかです。

– はじめてのカウンセリング入門 下 ほんものの傾聴を学ぶ、諸富祥彦、誠信書房、2010、p.105

また、質問への対応についての記述はこうだ。

 クライアントが発する質問の多く、特に、迫るような真剣なまなざしで発せられる質問の多くは、質問というよりも、「もう自分ではどうしていいか、わからない。誰かに答えを与えて欲しい」という、すがるような「気持ちの表現」であることが多いものです。その気持ちを受け止めずに、正面から「解答」を与えてしまうと、クライアントさんの「すがるような気持ち」は、まさに「置いてけぼり」をくってしまいます。

– はじめてのカウンセリング入門 下 ほんものの傾聴を学ぶ、諸富祥彦、誠信書房、2010、p.122

この辺りは、当然本であっても、現場であっても、前後の文脈や議論の流れがあるのだが、さっと答えてもいい質問、さっと答えた方がいい質問、答えないほうが良いくらいの質問などを判断するのには、メッセージコントロールでもただそれをテクニックとして理解しているレベルでは、食い違いに混乱してしまいかねないような内容になっている。

きっと、答えはシンプルなのだろうし、ゴールは現場で評価するしかないが、理論や意見の比較から、最適解は浮かび上がってくる。

2012-07-26 09:00

(関連リンク)

はじめてのカウンセリング入門(下)―ほんものの傾聴を学ぶ
諸富 祥彦
誠信書房
売り上げランキング: 101693
はじめてのカウンセリング入門(上)―カウンセリングとは何か
諸富 祥彦
誠信書房
売り上げランキング: 170155

「カウンセリングではアドバイスをしない方がよい」という意見への反論

R4002550

カウンセリングで、アドバイスは「しない方がいい」のではないか、あるいはアドバイスを「してはいけない」と言われることは未だに多い。
しかし、日常生活や経験の上では、皆よくアドバイスをお互いにしているし、それでうまくいっているのではないか。
他人からアドバイスや意見をもらって、安心したり、問題解決につながったりすることは少なくないのではないか。

介入やアドバイスの負の面ばかり見ていれば、「アドバイスを禁じ手とする」ということも無理はない。
大切なのは、アドバイスが受け入れられる(役に立つ)ときと、拒否される(事態や人間関係などを悪化させる)ときの違いはなんだろうかと考えることだ。

正負の分かれ目はアドバイスの内容だろうか。
カウンセリングのテーマについて、明らかにクライアントよりもカウンセラーの方が長けている場合には、その要素が大きいかもしれないが、そういったことは確率的に高いとは言えない。
クライアントの持つ情報量よりも、カウンセラーの持つそれが上回っているということも、想像しづらい。

アドバイスの内容はあまり大きな要素ではない。

それよりも、クライアントの心身の状態やカウンセラーとの関係性の方が重要だ。
クライアントが、自信をなくし、自責的になり、何かを為しなり決心したりするためのエネルギーが乏しくなっているときには、外部からの支援は届きにくい。
カウンセラーのことを信頼していなくては、どんなに魅力的な策でも採用するのに抵抗する。

このことを踏まえた上で、アドバイスというものの是非を議論しなくては意味がなかろう。

クライアントの心身状態に適して配慮する、そしてときに言語的・意識的な要素よりも非言語的・無意識的要素をコントロールし活用するのがメッセージコントロール(を用いたカウンセリング)ということになる。

2012-07-24 07:00

(関連エントリ)

好かれればカウンセリングはうまくいく | deathhacks

はじめはメッセージコントロールだけで十分 | deathhacks

Posted from DPad on my iPad

苦しいときには、あとで笑えるネタができたと思って、そうなるように頑張る

R4002485

コツとしては良くあることだし、他人からならなんとでも言える。

だが、そこに近づくための方法やツールは、メッセージコントロールをはじめとして多くある。

そうした入り口を大きく開ける可能性がすでにあるのだから、その先の目標も今までよりももっと大胆に設定していい。

2012-07-14 13:00

メッセージコントロール、即答と言い切り、発言への認知

20120708125806

メンタルヘルスの面談で気をつけたいことが3つある。

メッセージコントロール

一つは言わずと知れた、メッセージコントロールだ。

はじめはメッセージコントロールだけで十分 | deathhacks

メッセージコントロールについて語るときに僕が語る3つのこと | deathhacks

メッセージコントロールが革命的である理屈 | deathhacks

個人へのフィードバックにおけるメッセージコントロール | deathhacks

メッセージコントロールを教えていたら演技指導をしているように思えた | deathhacks

メッセージコントロールを教えにくい理由(わけ) | deathhacks

フランクさ、は「味方になる」の本質ではない | deathhacks

想定する相手は、クライアント本人のみならず、その家族や上司、人事担当者、担当医や産業医などのクライアントとカウンセラーをを取り巻く社会の関係者すべてと言える。

メッセージコントロールを、お茶を濁す態度だとか、すべてにおいて相手に譲歩するコミュニケーションのようには誤らないように。

即答の力

極端かもしれないが、プロフェッショナルのカウンセラーは、質問への返答やクライアントの経過の予測を断言かつ即答しなくてはいけない。

「そんな事言っても、世の中『絶対』なんてことはないし…」
「人の気持ちっていうのは見えないし、測ったりもできないから、確かなことは言いにくいんだよね」

こうした感覚は当然だが、だからこそシンプルな言葉をクイックに出して、クライアントや関係者の不安や迷いを適切に解消するべきだ。
別に当てずっぽうを連発しましょうということではなく。

言い切る力、言い切る勇気 | deathhacks

プロは間違う、学者は正しい | deathhacks

エキスパートよりもプロフェッショナル | deathhacks

あと別に、即答した内容が誤っていたり、補足が必要だったり、例外の可能性を示さなくてはいけなかったら、後から追加して良いのだよ。

発言と論理に対する認知

人間の心理とか社会とか人間関係とかいう、不確かな目に見えないものを、言葉やあらゆるコミュニケーション手段を使って扱うカウンセラーには、自分発信の情報や発言に責任を持たなくてはいけない。

責任を持つ、ということは別に「間違うな」「ミスは許されない」ということではない。
自身の発言や思考が、「科学的なもの」なのか、「客観的な情報」なのか、「自分の主観」なのか、正しい確率がどのくらいなのか、言い切れることなのかそうではないのか、などをキチンと認識しながら動くということだ。

あるいは、1時間の面談の中で目標地点があるのか(それともないのか)、自分や関係者の願望はどういった方向なのか、などを突き詰めておいたり、数多くの仮説を立てたりしておくのだ。

この認知がしっかりとしていなくては、話が混乱するし、クライアントらに「結局それってどういうこと?」と尋ねられたときに答えられず、信頼を損ない、良い仕事ができないだろう。

2012-07-09 08:00

カウンセリングのトレーニング方法に武道を取り入れることができる

20120527065031

昨日のエントリ(ワレイガイミナワガシ | deathhacks)で書いた、都道府県対抗なぎなた大会を観に行った話の続きを。

本戦競技の他にとても興味深い企画が行われていた。
異種競技というやつだ。
異種格闘、と言えばアントニオ猪木-モハメド・アリ戦などを思い浮かべて、格闘技経験がなく熱烈なファンというわけでもない私でも血が騒ぐというかワクワクを感じる。

今回の異種競技というのは、大会競技メインのなぎなたと剣道の代表者同士による団体対抗戦だった。
(もしかして、結構コレって定番イベント?)

5対5、先鋒から次鋒、中堅、副将、大将と順に5試合が戦われた中で、どちらが勝ったと想像するだろう。
道具やルールが違うというのは当然として、また剣道チームの5人中4人が男性であとは女性1人、なぎなたチームは全員が女性と、技術がものを言う武道だろうとは言え、まったく予想のつかないまま試合が始まった。

結果、なぎなたチームが4勝1敗で、取った本数でも9本対4本と大差をつけて勝利した。

スポーツとして、また異種対抗のエキジビションマッチとして、面白いものだったが、やはり私もそこから様々考えた。

なぎなたが勝った理由のいくつかは明らかだった。
竹刀に比べたなぎなたの間合いの長さと剣道にはない「スネ」への有効打(ルール)だ。
ほとんどその点だけで圧倒したと言っていい。

素人考えでは、剣道は、普段の、あるいは中途半端な距離間合いではなく、グッと詰めて戦うのが良かろうと思えた。
結局離れていればこちらの打突は物理的に届かないし、近づけばこちらのやりにくさ以上になぎなたは長さを持て余すのではないかと思った。
しかし、このため専用に研究や特訓をしているはずはきっとないから、頭でわかっていたとしても実際の場では実行できない。
そういうことだったのだろうと思う。

ここでの「間合い」というのはカウンセリングで言えば、カウンセラーが取るべき表情やうなずき、場の空気や要約・質問、押し付けにならない助言というか提案などだと考えた。
剣道・なぎなたなどの武道でも、カウンセリングという専門性が高い技術能力でも、最終的には技術そのものの確かさや精度、精神力などが重要だろう。
しかし、まずより簡単に基礎として用意した方が良いこと、できることはそんなにややこしいものではないはずだ。

剣道やなぎなたで言えば間合いは変化や揺らぎはあるにせよ、ある一定範囲内に保つことが有利不利や技の使用に影響する。
乱暴に言って、これは単なる「距離・長さ」だから、教えたり慣れたりするのは難しくない。

カウンセラーがどんな表情をし、間をうまく取り、適切に質問やアドバイスをするかも、一定範囲の型をつくり反復して練習できる。

おそらく武道でも、カウンセリングでも本質は同じ部分がある。
これまで、練習で学び、あとは実践形式、あるいは本当の実戦で暗黙知として一人一人が努力しなくては向上しなかった部分を、真っ先に型として提供してしまえばいい。
剣道などでは、試合のロールプレイをして、対戦者との距離を数cm単位で「測定」して、そこからの動きや対応・変化を練習する。
カウンセリングではすでに私の周辺ではメッセージコントロールという概念で体系的に整えつつあることでもある。

2012-05-29 08:00

Posted from DPad on my iPad

出来事の前後で同じ言葉のメッセージが変わる

20120429131732

できちゃった結婚はしないほうが良いが、できちゃった結婚をしたことを非難するのも良くない。

予防や忠告はよいことだ。
しかし、実際に出来事が起こってしまってから同じ事を言うと違うメッセージに変わる。
ただの非難になってしまうだろう。

2012-04-30 14:00

スマイルポーカーフェイス

null

こころの動揺を意識的、あるいは無意識に隠して、柔和な表情を保ちながら対応、コミュニケーションをすることを「スマイルポーカーフェイス」と呼ぶことにしよう。
以前はそこここで、日本人の「アルカイック・スマイル」がやり玉にあげられてきたが、似たようなものだ。

アルカイック・スマイル – Google検索

一方、「ポーカーフェイス」は、手札の強弱や駆け引きを相手に読まれないように無表情を決めこむのを基本とした「メッセージを出さない」「読まれない」ためのコミュニケーション技術で、ポーカーゲーム以外の場面でもよく使われる言葉だ。

ポーカーフェイス – Google検索

スマイルポーカーフェイスだが、質疑応答の場面で、演者や講師が「やってしまう」ことが多い。
もちろんほとんどの場合、悪意はない。
それどころか、質問者に対して、できるだけ好意的であろうとしての表情・メッセージコントロールなのだろう。

しかし、実際には質問の発言をしている間、演者などがうまくうなずきながらであっても、ずっと同じような微笑みをしていると、内容をきちんと受容しているというよりは、「私はあなたの疑問を全部わかっていますよ」「その質問は予想していたし、実は織り込み済みですよ」というメッセージが強くなりすぎることがある。
例え内心では、動揺していたり、適切な応答を必死に考え巡らせていたとしてもだ。

そう考えると、質疑応答のときの、受け手(演者、講師)が出すべきメッセージは「疑問・保留」や「(説明などの不備・不足を謝る)共感(的なもの)」などが適当なのかもしれない。
もちろん、今後色々な状況を考えてみなければいけないとは思う。

要は、今どきの講演や研修であれば、すべての質問に対して余裕で完璧な対応をしなくても良いのではないか、ということだ。
とりあえず、難しい質問には眉根を曇らせてもいい、痛いところを突かれたときには苦笑する、新たな視点がもらえたときには驚き、そして感謝する。
そういった、ある意味人間性というか、「発信者のすべて」をそのままさらけ出してしまうようなコミュニケーションが有効ではないだろうか。
特に、カウンセリングやメンタルヘルスをテーマにした場面では。

2012-04-18 08:00

Posted from DPad on my iPad

ホームに帰って報告するときの体(てい)でふりかえりをする

null

メッセージコントロールでも何でも_2日以上連続するようなものでは特に_教育やトレーニングでは、途中でそれまでのおさらいをかなりがっちりと時間を取ってやるようにしている。

その理由は3つある。

  • 教育の内容や目的が実践であるため。単に教養や知識を身につけるのではない
  • 要素が積み上げ式のものである。先に練習したものが次のものを覚えることによって消えてしまってはいけない
  • 他人の考え方や表現を知るため。メンタルヘルスをテーマにした、自分以外の人間とのコミュニケーションはすればするほど良い

実際には、少人数グループを作ってもらい、その中で前日やそこまでに出てきた教育内容や要素について、お互いに受け取り方や感じたこと、疑問点や難しくて悩んでいることなどをざっくばらんに話し合ってもらう。
この後には、それぞれのグループから討議内容を発表してもらい、全体での共有につなげたり、講師との質疑応答に移ったりすることも多い。

この少人数グループ内でふりかえりをしてもらうときのコツを少し。

ただ単に「これまで習ったことを話し合ってみましょう」とか「○○のポイントは何かを順番に言ってみましょう」というだけでは中々発言が出ず盛り上がりにくい場合がある。
こうしたときには、しゃべるシチュエーションを決めてあげたほうがスムーズに考えてもらえる。

例えば、
「職場に戻って、どんな研修を受けてきたか、上司に口頭で報告するとしたらどう話しますか?」
「家に帰って、今回の教育で発見したことやハッとしたこと、面白かった部分などを、家族に伝えたいと思ったら、何から話しましょうか?」
などのようにだ。

このとき私ならさらに、
「今回実践できるように身につけたことを説明するのだったら、ノートやメモを見ながら話したのではあんまり説得力がないですよねぇ。ぜひ今自分の頭の中にある、大事だと思うことをまとめて、自分の言葉で表現してみましょう!」
というような要望も出すかもしれない。
学んだことをそのまま正しく暗記したり、記録しておくことが重要なのではない。
多少ブレながらでも、量としては少なくても、現場で自分が自信を持って使えるものを増やしていって欲しいのだ。

学習というものは、インプットの量だけでなく、復習や習熟のレベルが大事だとはよく言われる。
その観点でのトレーニングが実践力や実力と呼べるものに直結するだろう。

2012-04-17 07:00

Posted from DPad on my iPad