できちゃった結婚はしないほうが良いが、できちゃった結婚をしたことを非難するのも良くない。
予防や忠告はよいことだ。
しかし、実際に出来事が起こってしまってから同じ事を言うと違うメッセージに変わる。
ただの非難になってしまうだろう。
2012-04-30 14:00
こころの動揺を意識的、あるいは無意識に隠して、柔和な表情を保ちながら対応、コミュニケーションをすることを「スマイルポーカーフェイス」と呼ぶことにしよう。
以前はそこここで、日本人の「アルカイック・スマイル」がやり玉にあげられてきたが、似たようなものだ。
一方、「ポーカーフェイス」は、手札の強弱や駆け引きを相手に読まれないように無表情を決めこむのを基本とした「メッセージを出さない」「読まれない」ためのコミュニケーション技術で、ポーカーゲーム以外の場面でもよく使われる言葉だ。
スマイルポーカーフェイスだが、質疑応答の場面で、演者や講師が「やってしまう」ことが多い。
もちろんほとんどの場合、悪意はない。
それどころか、質問者に対して、できるだけ好意的であろうとしての表情・メッセージコントロールなのだろう。
しかし、実際には質問の発言をしている間、演者などがうまくうなずきながらであっても、ずっと同じような微笑みをしていると、内容をきちんと受容しているというよりは、「私はあなたの疑問を全部わかっていますよ」「その質問は予想していたし、実は織り込み済みですよ」というメッセージが強くなりすぎることがある。
例え内心では、動揺していたり、適切な応答を必死に考え巡らせていたとしてもだ。
そう考えると、質疑応答のときの、受け手(演者、講師)が出すべきメッセージは「疑問・保留」や「(説明などの不備・不足を謝る)共感(的なもの)」などが適当なのかもしれない。
もちろん、今後色々な状況を考えてみなければいけないとは思う。
要は、今どきの講演や研修であれば、すべての質問に対して余裕で完璧な対応をしなくても良いのではないか、ということだ。
とりあえず、難しい質問には眉根を曇らせてもいい、痛いところを突かれたときには苦笑する、新たな視点がもらえたときには驚き、そして感謝する。
そういった、ある意味人間性というか、「発信者のすべて」をそのままさらけ出してしまうようなコミュニケーションが有効ではないだろうか。
特に、カウンセリングやメンタルヘルスをテーマにした場面では。
2012-04-18 08:00
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メッセージコントロールでも何でも_2日以上連続するようなものでは特に_教育やトレーニングでは、途中でそれまでのおさらいをかなりがっちりと時間を取ってやるようにしている。
その理由は3つある。
実際には、少人数グループを作ってもらい、その中で前日やそこまでに出てきた教育内容や要素について、お互いに受け取り方や感じたこと、疑問点や難しくて悩んでいることなどをざっくばらんに話し合ってもらう。
この後には、それぞれのグループから討議内容を発表してもらい、全体での共有につなげたり、講師との質疑応答に移ったりすることも多い。
この少人数グループ内でふりかえりをしてもらうときのコツを少し。
ただ単に「これまで習ったことを話し合ってみましょう」とか「○○のポイントは何かを順番に言ってみましょう」というだけでは中々発言が出ず盛り上がりにくい場合がある。
こうしたときには、しゃべるシチュエーションを決めてあげたほうがスムーズに考えてもらえる。
例えば、
「職場に戻って、どんな研修を受けてきたか、上司に口頭で報告するとしたらどう話しますか?」
「家に帰って、今回の教育で発見したことやハッとしたこと、面白かった部分などを、家族に伝えたいと思ったら、何から話しましょうか?」
などのようにだ。
このとき私ならさらに、
「今回実践できるように身につけたことを説明するのだったら、ノートやメモを見ながら話したのではあんまり説得力がないですよねぇ。ぜひ今自分の頭の中にある、大事だと思うことをまとめて、自分の言葉で表現してみましょう!」
というような要望も出すかもしれない。
学んだことをそのまま正しく暗記したり、記録しておくことが重要なのではない。
多少ブレながらでも、量としては少なくても、現場で自分が自信を持って使えるものを増やしていって欲しいのだ。
学習というものは、インプットの量だけでなく、復習や習熟のレベルが大事だとはよく言われる。
その観点でのトレーニングが実践力や実力と呼べるものに直結するだろう。
2012-04-17 07:00
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一昨日4/13に《「うつは疲労である」と言うことの意味 | deathhacks》というエントリを書いたが補足しておく。
「うつは疲労である」という説明は、クライアントであっても、学んだりそれを用いるカウンセラーにとっても、多くの場合にしっくりと腑に落ちる。
しかしそれは「必ずいつも、誰にでも」というわけではない。
学んで、感動し、目からウロコが落ちた成功体験がカウンセラーにあると、現場で思考停止してしまい、深い考えもないで、どんなクライアントにでも「あなたのうつは疲れによるものですよ」と言ってしまいがちだ。
ここには落とし穴がある。
「うつやその症状、トラブルが疲労によるものだ」という言い方は、時としてそれを聞いたクライアントに「私の苦しさはたかが疲労なのか…」「こんなに困っているのにカウンセラーさんはたいしたことないと思っているのだ」という裏メッセージを与えることになる。
現場ではクライアントや時期と場面に合わせて、
「疲労だから休めば良くなる」
「誰でも疲労はするものなのだからあなたは絶望しなくてもいいのだ」
「疲労と言ってもヘトヘトという感じ」
「疲労というよりは疲弊かなぁ…」
「疲労困憊している感覚ではないですか」
「ただの疲労ではないからここは注意して協力しながら乗り切ろう!」
などのように細かに丁寧にメッセージを調節しなくてはいけない。
先のエントリに書いたように、うつの原因は完全に解明されてはいないし、相当先まではっきりはしないだろう。
「うつは疲労」という説明も、永遠に、高い確率でクライアントをうまく支援できる説明の一つであるかはわからない。
すべてのことについて、なぜ「そう」説明するのかを深く考え続けなくてはいけない。
2012-04-15 08:00
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スタバなどのカフェで、他人の会話をよく聞くようにしていると前に書いた。
生の会話は、密室でのカウンセリングとはまた違うものだが、やはり勉強になる。
特にメッセージコントロールの面については、どんな場面や会話でも当てはめたり参考にしたりできる。
混み合った店内で、すぐ隣の人たちの会話であれば、内容までもよく聞こえてしまう。
近くであれば、こちらが背中を向けた位置関係であっても丸聞こえだ。
(念のために強調しておくと、会話を盗み聞くためにカフェに行くわけではなく。自分の作業の中でふと集中が途切れた合間なんかにモードを変えるだけ)
また、何か話しているのは見えていて多少の声は聞こえてはいても、内容までははっきりしないこともよくある。
オフィスなどでの雑然とした雰囲気のような感じだ。
そんなときでも、遠目から、どんなメッセージがやり取りされているのかは観察することができる。
仕事の話か、プライベートの話か。
真面目な話か、日常のたわいもないことか。
目的のある議論か、男女のいちゃいちゃ話か、などなど。
男女の会話でよくあるのは、男の方が話しすぎている場面だ。
何かとても良いこと、持論を熱弁していて、女子の方も表面上は関心を持って、感心しながら聞いているように見える。
しかし、もしも何かを伝えたいとか、相手のためになりたいと思うならば、実はもっと聞き手(というか情報などの受け手)にしゃべらせないといけないよなーと感じてしまう。
こうしたメッセージのやり取りは内容がよくわからないくらいの状態の方が繊細に感知できる。
ちょうど、カウンセリング教育のロールプレイで、「遠くから見ていてもどちらがカウンセラーでどちらがクライアントか見分けられるくらいに、ちゃんとメリハリをつけて話を聞かなくてはいけませんよー」と説明するのと一緒だ。
本来、会話というものは、どちらかが一方的に話すとか聞くとかいうものではない。
そして、話をすればするほど情報や思い、メッセージが伝わるものというわけではないし、聞き手が何もメッセージを出せず受け身オンリーというものでもない。
それがメッセージコントロールという考え方だ。
2012-04-14 08:00
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たいていカウンセリングセッションの最後には「他に何か話したいことや、気になることはありますか?」というような確認の質問をする。
これは、文章そのままの質問であることに加えて、「何もないようなら今日はこれで終わりましょうか…」という意味も込められている。
カウンセリングに限らず、多くの面談やミーティングでの定番となっているクロージングフレーズだろう。
ただ、カウンセリングではその細かい使い方やクライアントの反応のとらえ方が、他の場面とは異なる。
定番のクロージング手法とは言っても、「他にありませんか?」とこちらが終わりどころを迎えようかという質問をしてから「あ! そういえば… ちょっとこれも聞いておこうかなぁ」という感じに話が終わらないという経験は誰にでもあるだろう。
「なんだ。そんな大事なことがあるならもっと早めに言ってくれればいいのに…」と思いながらも、またタイミングと落としどころを探す作業に戻ることになる。
しかし、カウンセリングにおいては、こうして時間の最後になってから、思いがけないテーマや、とても重要な話題が出てきたりすることは良くあるし、好ましいことである。
カウンセリングでメッセージコントロールをして、クライアントがカウンセラーのことを味方だと心底思えるようになるのには時間がかかる。
どうしても、本当に困って悩んでいるポイントを出すタイミングというのは、深い悩みであればあるほど遅めになりがちだ。
むしろ、カウンセリングを終わろうかという時間帯であっても、クライアントが気になっていることを思いついたり、言う気になったりしたということは、そこまでのメッセージコントロールがうまくいっていたということの証明だと言える。
もちろん時間の制約は重要な要素だが、それとは別に、なぜそうしたことが起きるのかとか、物事には良い面と悪い面の両方が必ずあるというような考え方を持つと良い。
2011-04-10 07:00
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自分発信のようなタイトルをつけたが、実際は先日受けた講義から、ポイントを3つ抜き出しただけ。
大事なことは、「手段でもありゴールでもある」、「時代に合ったスピード感」、「バランス、バランス、そしてバランス」の3つだ。
メッセージコントロールはいわゆる「ラ・ポール」、つまり人間関係をうまくつくるための入口だ。
これを上手に使えば、クライアントに色々と現実的な助言をしたり変化をうながしたりすることにつなげやすくなる。
これは手段としてのメッセージコントロールだ。
しかし、メッセージコントロールを駆使して、心地良い空間や時間をクライアントに提供するだけでも、「癒し」感覚や発想の転換・展開が起こりやすくなる。
その場や短期間での、目に見える変化や成果をカウンセラーが目指し過ぎると、かえってクライアントは警戒から緊張や不安を感じてしまうだろう。
狙い過ぎは禁物。
まずはメッセージコントロールのみに集中し、それを目標にすれば十分な支援になる。
その先の話は、またその先の話だ。
現代では、相談やカウンセリングはとても研究され、システム化されている部分が増えた。
数回にわたり、クライアントの問題を解決するとか、医療や専門家にリファーし連携して支援していくということがどんどん標準化されている。
しかし、それでも苦しさが強いクライアントが安心や快を受け取る確率やそこまでの時間コストはあまり気にされていない。
これは、何回ものセッションを重ねてクライアントのことを良く知ってから問題解決が始まるとかいう旧来のゆっくりした感覚と大きな差がないとも言える。
1番目の「手段=ゴール」ということともつながるが、メッセージコントロールという視点を持てば、5分や10分でもいい感じの人間関係が作れるようになるし、それを最初のゴールととらえて最速でクライアントに利益をもたらすことができる。
メッセージコントロールという考え方やそのトレーニングの初歩部分についてはもう十分に道筋がつき、舗装されて整っている。
あとは実践だ。
ただ、実践に入ればまた壁がある。
常にあらゆる部分のバランスを考えなければ現場ではうまくいかない。
極論を言えば、メッセージコントロールを使うか使わないかということにすらバランスをとるということが必要になる。
2012-04-07 09:00
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メッセージコントロールを教える場合、それを第一の目標にはしないということを強調しながらも、クライアントが快適で適度な緊張感を持った「リラックス状態」になると様々な「ひらめき」が生まれることも説明する。
我々は、リラックス状態を「ゾーン」、ひらめきや発想や新しい視点などが出てくることを「スパーク」と呼んでいる。
ゾーンに入れることまではメッセージコントロールの目標にするのだが、その後のスパークまでも狙うとかえってゾーンに入りにくくなったり、途切れてしまったりしがちだ。
また、座学で事例を出したり、概念を説明するまでは安定してできるが、実際にモデリングやロールプレイをしてみて、常にそれを目の前に示すということは運の要素が大きくてできない。
そうは言っても、先日の講習では自分のグループ内で、クライアント役に「スパーク」が生まれていた。
惜しむらくは、そこに入っていたコーチの私も、その現場、時間内ではそれがスパークだと(はっきりとは)気付くことができなかった。
通常レベルのフィードバックや質疑応答をして、そのセッションを終えてしまった。
とても、もったいないことをした。
後から自分で振り返っていて、「あー、あれはスパークと言っても良かったなぁ」と考え直している。
その場でうまく気付かなかったのは、その、クライアントの新しいひらめきが、カウンセラー役(リレーで回していた)とのやり取り内容や言葉とは直接にはまったく関係ないものだったからということが大きい。
クライアント役は、カウンセラーが言ってくれていない、気付いてくれていないことを、自分で発見したのだ。
これなどは、正にゾーンの力、スパークの特徴、そして面白さだ。
この概念を知らない、納得していない人が、この話を聞いたら、「ただの偶然でしょ」「カウンセラーとか、カウンセリングとは全然関係ないじゃん」と思うかもしれないがそうではない。
その場で、私がちゃんと気付いていれば、リアルタイムの実例を題材に、理解と実感を得てもらうことができたかもしれないのに。
クライアント役の許可をもらって、講習参加者全体のフィードバックとして披露することだってできたかもしれない。
反省中。
まあ、次こそは見逃さぬようにしよう。
2012-03-27 08:00
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メッセージコントロールのデモンストレーションをやっていて、珍しく新しい発見があった。
短いフレーズにも、強く感情がこもったり(こめることができたり)、メッセージが入り込んだりすることは、確かにある。
宇多田ヒカルも、「あ」から歌い始める場合だけでも、こもった声から始めるか、サラッと始めるか、ビブラートを効かせるか、かすれさせるか、ファルセットっぽくつないでいくかなど、本当に無限の表現方法があるというようなことをどこかで書いていた。
(残念ながら、今うまく、出典がみつけられない。。)
カウンセリング、そしてメッセージコントロールではプロの歌手ほどにボーカルコントロールをする必要は少ないかもしれないが、ポイントポイントでは重要だ。
クライアントが惨事に遭遇した話を聞いて、「それは大変でしたねぇ。。」とまとめたように言ってしまうと時に嘘くさくなる。
それよりも、「こうで、こうで、その後そんな状況になってしまったんですか。。」というフレーズ自体の声質に感情を込め、抑揚をつけ、表情を曇らせ(たりす)るのだ。
こうしたときのメッセージは強力だ。
事故で死にかけました、という体験を聞いた時に、その話題を取り上げるか、流してしまうかという選択や、タイミング(間が0.5秒でも空いてしまうか否か) も如実にクライアントが受け取るメッセージを決める(変える)。
ちょっとでもあいまいで、ぼかしたような表現だったら、カウンセラー自身の言葉で言い換えて確認してしまおう。
さらにまた、その言い方にメッセージをこめられる。
声が落ち着いてサラッと繰り返しているか、ためらいや恐れが入っているか、早口や逆に強調して確認するようなゆっくりとした話し方になっていたりするかなど。
まるで演劇のセリフ回しのようで、シナリオのない、カウンセリングの現場ではそんなに器用なことはできるはずがないと思う人もいるかもしれないが、先に書いたように、要所要所で半ば無意識半ば計算しながら、クライアントの反応や表情をリアルタイムに確認しながら、自分が出しているメッセージをコントロールすることはもうすでに私や仲間はやっている。
一朝一夕にできるものでもないが、訓練や現場体験、そしてふりかえりでほとんどの人が身につけ、メッセージコントロールを上達させることができると感じている。
2012-03-26 08:00
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カウンセリングや日常のコミュニケーションで、メッセージコントロールを使っている。
(参考URL)
(関連エントリ)
はじめはメッセージコントロールだけで十分 | deathhacks
メッセージコントロールについては現在のところ、NPO法人メンタルレスキュー協会(ホーム – NPO法人 メンタルレスキュー協会)の講習や会員や資格認定を受けた者の勉強会、あるいは書籍から学ぶことができる。
私も講習スタッフとして参加することがあるのだが、実際のところ、メッセージコントロールは教えにくい。
もちろんそれは、その有効性やコツをつかんでもらうのが難しいとか、実践的なトレーニングを重ねるために場や仲間が必要だというからでもある。
しかし、メッセージコントロールを教えたり、学んだりする上では、もっと本質的、根源的な関門が存在する。
メッセージコントロールは、対面コミュニケーションの入り口として、基礎メッセージを出す。
その一つに「変わらなくていいよ」というメッセージがある。
ところが講習や勉強会という場で教えるということは、必然的に「変わりなさい」「今のままでは良くないですよ」という逆のメッセージにつながる(可能性が高い)のだ。
教えている内容が「変わらなくていいよ」から始めましょう、であるけれども、トレーニングということを目指せば、どこかの段階で「ここはこうした方がいい」「こう変えてみるともっと良くなる」というコミュニケーションが必要になってくるのだ。
このように、大げさに言えば内部矛盾を抱えながら、バランスをとっていくことが講師や講習スタッフとしての難しさとなっているのではないか。
こうした難しさやそれによる不安をマネージするには、自分自身が実践を重ね経験値を増やし、仲間らと議論を繰り返すことによって、確固たる概念を作り上げるしかない。
2012-03-25 08:00
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