カウンセリングトレーニングの実際問題 その1

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カウンセリングのトレーニングをしていて。

わかっていること、自分で気づいて意識しているつもりのことでも、あらためて他者の視点からフィードバックをもらうのは大切だ。
過剰に意識しなくてもいいが、おそらく無数にあったであろう観察情報からチョイスされたことも考える。

ふりかえりでは色々なことが指摘として出てくるが、それを以降の実践現場に活かせるかどうかはまったくの別問題だ。
厳密に言えば、情報や事実としてどんなに適切なフィードバックを受けたとしても、それを活用できないのであれば無駄情報ということになる。
ただし、その取捨選択にしても表に出して一人で、あるいは皆で吟味してみなくてはわからないことがほとんどだ。
だから、とりあえずテーブルの上に出してしまおう。

カウンセラーのアクションやリアクションの良否に十分に確実な判定が下せることはどうせ少ない。
後からふりかえって「あーだ」「こーだ」言うのは、ちょっと流れを外すと非建設的な議論となりやすい。
あくまで参考情報や可能性として捉える。
良否の両者を検討し、リスクや裏メッセージになりうる部分があったら、それへの対策を探しておけばいい。
理想としては、こうしたロールプレイとふりかえりを100回、1000回と繰り返し(現場もこなし)、パターンを見つけ身につけたい。

2012-07-23 10:00

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個人へのフィードバックにおけるメッセージコントロール

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他人に何か助言やフィードバックをするときに嫌な感じを持たせにくくするための工夫にはいくつかある。

  • 最初に、言いたいこと、アドバイスは言ってしまう。フォローや微修正は後から
  • 話の途中でも、相手を観察して、トーンを変えたり、話を終わりにしたりと、臨機応変さを持つ

話を枝葉末節的なことや、「別に全然悪いというわけではないんだけどー」「うーん。何と言うか……」という風にはじめてしまうと、聞く側としては「結局何を指摘されるんだろう?」「早くズバッと言ってくれ!」という印象を受けやすい。
とりあえず言いたいこと、言うべきだと思えたことをストレートに出してしまったほうがいい。
軌道修正や補足、誤解していないかの確認や回避、オブラートに包んだ表現にする、などは後からでもできるのだという意識でいた方が良いだろう。

便利なフレーズ、テクニックもある。
何かとんでもなく相手がショックを受けるようなダメ出しをしたとかいうときでも「なんちゃって!…」と言ってしまえば、その前に話したことはすべてはご破算にできる。
極端なことを言うようだが。

フィードバックでいかにも「今は自分が気づいたことを教える時間だ」とばかりに助言を連続・羅列するのもうまくない。
褒めるにしても改善点を挙げるにしても、常に受け手の表情や反応を観察しながらする。
そしてその対話の空気をコントロールしていくと良い。
自分の発言・アウトプットに夢中になって囚われてはいけない。

こうした点・工夫はカウンセリングに通じるものだ。
話とコミュニケーションの流れは常に変化し続ける。
言うべきこと、教えるべきアドバイスなどを順番に予定通りに出していけばうまくいくとか問題が解決するというのではない。
かと言って、万事が行き当たりばったりの出たとこ勝負というのでもいけない。
要はバランスを見切って(繰り返しになるが)できるかぎりのコントロールをするのだ。

2012-02-26 08:00

ゲームの適切な管理

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ゲームは正しく管理されなくては長期的には成立しなくなる。

■ゲームが成立する条件

そのために必要な条件のいくつかは以下のようなものだ。

  • ルールがあり、それが守られること
  • 適切なタイミングでのフィードバックがあること
  • 成功する(ゲームに勝つ)可能性が十分にあること

■条件の管理でもたらされるもの

条件が管理されることによって、ゲームの参加者は「驚き」や「期待」という感情や思考が得られる。

ルールがない場合、大きなマイナスが起こる予想でもなければ、ゲームへの参加自体躊躇する。大きなマイナスによってゲームに参加させる、あるいは参加せざるを得ない状況は「理不尽」と感じられるため、誰にでもやる気を起こさせるということはない。脅しによる行動のうながしは短期的には強烈だが、これを人工的につくることはフェアではない。

フィードバックとルールは似ているが、層や粒度が異なる。フィードバックは常にあった方が良いものだ。ビデオゲームでの自機の操作性のようなものを考えればいい。自機が見えていなかったり、それを操っている感覚がなかったら参加意識はすぐに消えてしまう。

「どうせ成功する」あるいは「きっと失敗する」という状況では、ゲームへの参加意欲は失われていく。単純に成功と失敗の確率を調整すればいいというものでもない。費やす労力や時間と報酬、大きすぎないマイナスのフィードバックなどのバランスがとれていると良い。

2011-12-17 08:00

(参考URL)

六百デザインの「嘘六百」: 時折綴る「子供にゲームをさせよ論」のコト

(参考エントリ)

褒めはフィードバックの一つ | deathhacks

うつ的思考やトラウマを打ち消すのに時間が必要なわけ | deathhacks

褒めるのがヘタな私 | deathhacks

私は褒めるのが苦手なの? | deathhacks

カウンセリングの改善理論を別の業界から学ぶ

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病院での採血とカウンセリングは似ている。

採血という手技の特徴は、

  • ごくごく基本的な業務である
  • プロフェッショナルにだけ許可された仕事である
  • 知っている人間から見ると技術の差が大きい
  • 技術の未熟さに本人は気づきにくい
  • 技術の受け手からフィードバックを受けるのが難しい

などだ。

最初の2点、基本的な仕事であって社会や権威から認められた上でなければ行われないという点はそっくりそのままにはカウンセリングには当てはまらないが、その他の点では重なる。

やっている側(プロフェッショナル側)からすると、十分にいい仕事をしているつもりのテクニックでも、見る人が見れば驚くほど下手なことがある。
それでも全体から見れば大きな問題にはなっていない。
遠慮から、または一般レベルの視点からでは上手下手の違いが分からないから、やってもらった相手(プロフェッショナル側)にフィードバックをすることはほとんどない。
プロフェッショナル自身も、自分の技術に満足していて、特にメンテナンスな上達・改善を望んだり、必要としていない。

なぜ技術の上達・向上がストップしてしまうのかを、まったく別の業界から学べるのではないか。
例えばスポーツなどからも。

2011-12-06 10:00

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褒めはフィードバックの一つ

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褒められるとやる気が出て学習につながる。

褒めること、学ぶ受け手側から見れば褒められるということは、単純に言えば、行動や結果に対して他者から受ける快刺激だ。
この快刺激をタイミングよく、繰り返し、ある程度以上一定の法則で受けることによって回路が発達する。
これが学習の正体だ。

注目するべきことは3つある。

まず、他者というのは同種である人間や生き物に限定されない。
石を蹴ってそれが転がるというのもフィードバック、つまり刺激の一つだ。
もしも、石が転がることによって快刺激を感じることがあり得るならば、そこには学習が成立する条件があるということだ。
同じように、数学の高度な命題証明をして、快感を感じる人間がいるのは、その行為や結果から、神やそれに似た存在から祝福されたようなことなのかもしれない。

次に、叱るということによる学習も、褒めることによるそれと本質は違いがないということ。
どちらでも学習は生じる。
良い習慣が身につけばそれは「しつけ」や「マナー」と呼ばれるし、「トラウマ」や「DVの被害者と加害者の関係性」は悪と見なされる。
問題はその良悪判断の価値観的なものというよりも刺激の強さの方が大事だ。
そしてそこには人間、受け手側の慣れという要素が関わってくる。
より確実で高度な学習に到達するためには慣れを排除するなり無効化する必要がある。

最後に、刺激の受け手、学習者となる人間の感覚や認識はとても複雑かつ個体差があるということだ。
同じ刺激であっても、同じ快や不快を感じるとは限らない。
快感、不快感は同じレベルとはならない。
つまり、同じ条件や環境でも学習が生じる場合と生じない場合がある。
また、快と不快は同時に起きることがほとんどだ。
人生では楽しいことばかりではない。
何かを為すためには一般的に苦しい行動が必要なことが多い。
筋トレをして鍛える快感の前には、退屈な時間や筋破壊の痛みが絶対的な条件であったりする。

2011-11-20 11:00

(関連URL)

芦田宏直@jai_an氏は警告する;「ほめて伸ばす教育、ほめる教育」のどこが『危険』なのか?  – Togetter

最初の1回1時間はアドバイスを禁ずる

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年配者をカウンセラーにするときには「最初の1回1時間はクライアントの話を聞くだけにしましょう」と教えると良い。

定年後の再雇用などで組織をリタイヤした人を再活用するという動きは多い。
その経験を買われての相談受け業務、そしてカウンセラーとして人材を使えないかという発想につながる。

カウンセラーとしてのトレーニングというと歴史や理論、細かな技術の学習から始めることがほとんどだろう。
しかしこれらはカウンセラーとしての現場実践に優先かつ必須のものではない。

人生経験豊富な人材にカウンセリングをごく短時間で教えるためのコツは「はじめの1時間はアドバイスをしないように」してもらうことだ。
人間は経験や体験がすでにあれば、他人をそこに当てはめたり同じような言動を強制してしまいがちだ。

経験豊富な人間の強みは何か。
その経験そのものにももちろん価値はあるが、変化が速くて大きい現代の悩み相談に対処するためには、その経験そのものではなく、それらを背景としたまた別の答えが必要だ。
単純に早く助言をするよりも、まずは経験豊富な者が批判や叱責をしないで話を聞いてくれるということが発するメッセージや安心感をクライアントに与えると良い。

他人の話、特に悩みや愚痴を聞いて、その相手に問題を指摘したり変化を促したりしないというのは難しい。
それは重々承知しているから、ここでのコツとしては自分の意見を言ったり、アドバイスをしたりすることを「最初の1回1時間だけ」は制限する。

このやり方で2回目以降につながったクライアントに対して、やっとこ本格的に腰を据えて対応していくという割り切りをする。
これによってカウンセリングや相談にわざわざ来たクライアントが「傷つけられて」しまうことをある程度予防できる。

プラスしてのコツは、キチンとシステムを作ることだ。
キチンとしたシステムと言っても重厚長大なものではなく、できるだけ続けやすく簡単なものを工夫する。

フィードバックの仕組みが必要だ。
受けた相談全件について、必ず複数人での「ふりかえり」をする。
内容としては1件につき5分間で良い。
「ふりかえり」は報告ではない。
その場の記録を残す必要はない。
カウンセラーとクライアントの守秘義務・契約を侵さない、集団としての守秘の取り決めと合意の上に行う。

この仕組みを回すためには心理カウンセラーとしての経験と力のある者がメンターとしてふりかえりに参加する。
メンターはカウンセラーまたはクライアントの重大な危険についてのみ気を払えば良い。
カウンセラーの上司としてセッションの責任を負ったり管理したりする役割につく必要はない。
カウンセリング自体はあくまでカウンセラー個人がまず第一に管理するものだ。

ふりかえりをすることには目的が3つある。
セッションを他人に対して話すことで自然に、整理と考えなおしをすること。
特に、アドバイスをしない約束事にしている最初の1回のカウンセラー自身のストレスを軽くすること。
そして、これらを通じてカウンセラーがクライアント体験をすることだ。

最後の「クライアント体験」については、理想としては実際に相談を仕事として受ける以前にしておく方が良いのだが現実的にはOJTとしてふりかえりの中で育てる形式になる。
こうした方針と意味の上では、メンターはトータルの時間はそれほど取られないが高いレベルが求められる。

2011-10-25 08:00

iPad 2 を使ってカウンセリングロールプレイの振り返りをする

なるほど、iPad2。

iPad2を買った。
以前に書いたエントリについて検証を始めようと思う。
iPad2に新しく付いたビデオカメラ機能を使ってカウンセリングのロールプレイを録画し、その場ですぐ再生しながらクライアント、カウンセラー、オブザーバーらで振り返りをするというアイデアだ。

iPad 2 をカウンセリングトレーニングに導入する | deathhacks

買ってすぐ、試しに動画を撮ってみると、画質や音声についてはまったく問題なく期待通り。
そして当然だが、撮影後すぐにiPad2の20cm×15cmの大画面で再生できる。
これが大きい。
スピーカーも音楽再生にまで適したものがキチンと内蔵されている。

今まで同じようなことをやるとしたら、ビデオカメラで撮った後に、小さい液晶画面で確認するか、テレビやプロジェクタに接続して再生するか、PCなどにデータをコピーして扱うという手順が必要だった。
それらはどれも”帯に短し、襷に長し”の使い勝手だった。
私たちがしているロールプレイの振り返りは、科学的に綿密に記録したり分析したりするようなものではない。
我々は逐語録の分析やスーパービジョンのようなトレーニングを優先的に重要視して取り入れてはいない。

iPad2なら気軽に撮ってワイワイ(ワイワイする必要はないが)と活発に振り返りができそうだ。
再生しながら画面上部に出すことができるサムネイルインデックスを見ながら、直感的に「だいたいこの辺をもう一度見てみよう」とか「後半だけ見直してみよう」とかいうことができる。

しかも動画データをすぐに共有もできる。
Macに同期したり、データをコピーしてからデータを配ることも考えられるが、そんな過去のやり方はもうスマートではない。
と言ってもiPad2をWebにつないでメールするというわけにもいかない。
動画はファイルサイズが数十MBになるからだ。
ロールプレイはたいてい10〜15分間は一区切りとしてやるからだ。
メールの限界はせいぜい20MBくらい。

この解決としてはDropboxを利用する。

Dropbox – 生活をシンプルに

DropboxのiPadアプリで動画をそのままアップロードできる。
そしてそのファイルへのリンクを各人に送れば良い。
これでやはりファイルサイズと通信帯域にもよるが、その場で、もしくは少なくともその日皆が家に帰ったらすぐに自分たちのロールプレイ動画が共有されていることになる。

私が所属するNPO法人(NPO法人 メンタルレスキュー協会)ではカウンセリング基礎コースとして2日間の講習をしているが、1日目にiPad2で動画を撮ったのならば、その夜には受講者は自分のデータを受け取ることができる。
トレーニング効率は上がると思うが、夜に気を抜けなくて疲労しすぎてしまうのではないかと心配してしまうくらい。
(ちなみに、通常のカウンセリングでも、ロールプレイや教育でも、とても疲労することが多い。テーマが自殺企図や惨事であることもあるが)

あと問題としては、

  • 音質(画質よりも音質が超重要!というのは定説)
  • 画角(もともとFaceTimeを念頭に置かれた仕様だと思うから、広角寄りのはずではある。音質にも関わる撮影距離)
  • 同じ部屋で複数組が同時にロールプレイして十分な品質の動画が撮れるか?
  • ロールプレイでは必然的に複数の人がその動画に映ることになる(少なくともクライアントとカウンセラー)。面識があるグループ内のトレーニングならばOKだが、公募したような教育グループ講習などではあらかじめ一定の了解や統制が必要になるだろう
  • iPad2の価格は44800円から。4〜5人くらいに1台ずつ導入するとなるとそれなりのコストはかかる

などを考えているが、まずは試行錯誤する。

2011-04-29 08:00

アップル – iPad – まったく新しいデザイン。ビデオ通話。HDビデオ。ほかにもいろいろ。

注文の多いクライアント – トレーニング法その1

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カウンセリングロールプレイの一応用です。
クライアント役はロールプレイ中に感じたメッセージコントロール的な要望・改善点、違和感などを「すぐに」「その場で」「率直に」フィードバックします。

通常のカウンセリングでは、クライアントは何か引っかかりや不安・不満を感じたとしても、それをカウンセラーに素直に表現することは難しいでしょう。
金銭などの対価を払っていたとしても、クライアントは一般に「弱い」立場、「助けを請う」立場だからです。
(実は必ずしも確かな前提とは言えないのですが)
ですから、たいていのクライアントは、始めは、あるいは最初から最後まで「遠慮」するのです。
それは、日本の文化・常識としての「配慮」とも言えるかもしれませんが。

しかし、カウンセリングという場においては、それが望ましいとは言えません。
カウンセラーはクライアントが適切な表現をしやすい雰囲気や気持ち作りの支援をしますが、それにももちろん限界があります。
さてこの「注文の多いクライアント」では、カウンセラーの初歩トレーニングとして、カウンセラー自身のクセや裏メッセージに気付く・知るために、ロールプレイ形式と取り決めを利用するのです。

ただし、クライアント役は「いじわるな」クライアントではありませんから、闇雲に「嫌がらせをする」「因縁をつける」のではないことに注意しましょう。
さりとて、普段の会話やカウンセリングトレーニングで、話の腰を折ってしまったり、表情の些細なズレなどを流してしまうということをしないというルールとします。

初歩のトレーニングとは言いつつも、対象としては通常のカウンセリングロールプレイはある程度こなしている、時間はせいぜい10~15分間程度の短時間に留める、終わってから十分に振り返りをして認識や気持ちの整理・収拾をつける、などの工夫をした方がいいでしょう。

2011-02-08 10:00

良いとわかっていてもできないことは多々ある

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過去エントリの カウンセリングの訓練では振り返りの後すぐに実践すれば効果が倍増する | deathhacks について、Tからレスポンスをもらいました。

《TとN(neti2)のメールやり取りから抜粋》

T「指摘を受けてすぐやり直さないのは、時間の制約以外にも『大人の気恥ずかしさ』もあるのかも」
N「フィードバックを受けると意識していなくとも、ある程度は傷つくし、『疲労する』から、あえてさらにそれを繰り返したくはなかろう」
T「『再挑戦』がありますよ、という『レディネス』を準備すればいいかも。あと、2回目以降にあまり変わらない、改善しなかったら再指摘は気まずいな」
N「あるある。『切って』もダメなら『切り捨てる』しかないか。(配慮しつつ^^;)」

また少し考えが、広がり、深まったかも。
こういった効果を交流や勉強会、議論やコミュニケーション、Webやネットワークに求めています。
そして、徐々に得られている、かな。

2011-01-26 07:00

(関連エントリ)

一緒に旅をできない人たち | deathhacks

ブラインドウォーク – エンカウンターその2

ブラインドウォーク_20110122

概要

二人組をつくり、片方の人が目をつぶって、もう一方の人が誘導・補助してスペース内の指示したコースを歩いてもらう

適当な時間

30分くらい

必要なスペース

ぐるりと周囲を回れるようなオープンスペース。適度に障害物があっても良い

メモ

    <以下、誘導者を「Y」、目をつぶる人を「B」とする>
    (注)安全管理等に十分配慮する。他のエンカウンターツールなども同じことですが「やりたくない」「今回は見るだけにしたい」という人には可能なかぎりは自由を許す。また例えばこのエントリの「ブラインドウォーク」では互いにからだが近づいたり触ったりするので性別等も含めた組分けにも配慮が必要かもしれない

  • まずYがBの正面に立って、Bの両手を取り、後ずさる形でコースを1周してもらう。しゃべってもらって構わない
  • 全員全組が周り終わったら振り返りをする。Bの不安や怖さ、こうしてもらいたかった、など。Yの印象や難しく感じたこと、工夫したこと、など。この振り返りは緊張を和らげたり、自分自身に目を向けてもらったり、人間の感情・感覚などについて考えてもらう重要な段階である

  • 次に役割をYとBの役割を交代して、もう一度同じようにコースを歩いてもらう。2回目は誘導のし方を自由にしてもらう。YがBの横や後ろを歩く、手や身体への触れ方を変えてみる、など

アレンジ案など

  • 安全に配慮した上で、途中で(B役の全員が始まりの合図で目をつぶってから)コースを少し変えたり、柔らかいタオルなどをたらすなどして、Yに臨機応変な対処が必要になるようなイベントを入れても良い
  • B役が全員目をつぶってから歩き始めるまでには順番があってタイムラグが生じるから誘導を始めるYからの合図や声かけのやり方、待っている間に何を考え何をしたかなどの感想・工夫も振り返りの材料になる
  • 参加したある回の教育・エンカウンターグループでは、指導者が「あんまりにもYがBのことばかりを見たり心配し過ぎているとBが歩いていく先や周囲が見られなくなる。これは個別カウンセリングでカウンセラーがクライアントとの関係で視野が狭くなってしまう状態に似ているかも」というようなコメントをしていてなるほどと思う

その他

エンカウンター的なツールについては色々勉強したい。
単に雰囲気を良くしたり、お互いの交流を促すというレクリエーションやゲーム的な時間、組分けのための方法としても有意義ではあるが、そこにカウンセリングやメンタルヘルス、人間の感情や思考の性質などについて自然と考えさせたり、発見したりするような流れになるとなお良いと思う。
ただし必ずしも思ったとおりになる、参加者が感じるというものでもないし、時間管理には気を使わなくてはいけない。

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2011-01-22 08:00