宗教をつくるのに必要なのは、奇跡、死の説明、罪悪感からの救済の3つ

宗教に欠かせない要素には何があるでしょうか。
特に大事なのは次の3つです。

1 奇跡体験が存在する
2 死の恐怖を克服できる説明をしてくれる
3 罪の意識を和らげる方法を提供してくれる

教祖や教義を持つ宗教は多いと思いますが、これら3つは宗教というものをその期待される機能から考えてみています。

1 奇跡体験が存在する

宗教には神秘性が必要です。
奇跡には、教祖などが死から蘇ったり転生したり、人が宙に浮いたり海が割れたり心が読めたりといったものが考えられます。
常識や科学では説明できないような事象がその宗教によって起きれば、信者の獲得にもその信心の強さにも多大な力を与えます。
奇跡というものは計算や論理で説明できてしまったり、時間が経ってみたら間違いであることが簡単に分かって、くつがえってしまうような柔なものではいけません。
奇跡体験といっても必ずしも信者すべてが直接に見たり聞いたり触れたりする必要はありません。
多少の破綻や瑕疵があってもかまわなくて、魅力的な物語があることが重要です。

2 死の恐怖を克服できる説明をしてくれる

人類が嫌なもの、怖いものには色々あります。痛みや不快さ、病気や事故、争いなど挙げればキリがありません。その中でも死ぬことの恐怖は最大のものではないでしょうか。
痛みや病気、争いなども結局は死につながりますし、死はそれらの最終結果とも言えます。
しかも死んでしまうことは取り返しのつかない不可逆性の出来事ですから、生きている人が死後のことを実際に知っていて語り教えるこよは通常できません。
しかし宗教にはそれができるのです。宗教が死後の世界を、生きている人が想像したり理解できるように説明してくれることによって、必ず訪れる死に対して準備をしたり、生き方を工夫したり、覚悟をしたりすることができるようになります。
人間は知能が発達したことから、未来に対する予想が可能になり、希望と一緒に不安も抱えることになりました。その最も深刻な「死に対する恐怖」の克服が可能なので、宗教には大きな需要があるのでしょう。

3 罪の意識を和らげる方法を提供してくれる

人には、意識や高度な知能、そして集団生活とそれに伴う様々な社会などがあります。それらには多くのメリットがあるのですが、原罪といわれる避けることができない、デメリットとしか思えないような事も付随します。複雑な思考ができなければ深く悩みませんし、仮に社会に所属しなければ同じ種の中でぶつかり合うこともありません。
そこで人間が発明した「宗教」の多くには、罪の意識について、小さなものからそれこそ生きることが苦しくなってしまうくらい大きなものまでをうまくコントロールする手段が用意されています。
その一つの例はキリスト教における懺悔です。
懺悔することによって秘密や恥ずかしいことなどを、一人で抱えこまなくて良くなるのです。
メリットを減らさずにデメリットを減らすバランスのいい手法と言えます。

宗教の中にカウンセリングの要素はあるか

さて、このように「宗教」の根元にある概念や要素について考えてみました。このうち3の「罪の意識を和らげる方法を提供してくれる」だけはカウンセリングが代わりの手段になるかもしれません。
日本人は特定の宗教を持つ人が少ないとも言いますが、一方で道徳観や倫理観を宗教という形ではないが非常に高いレベルで持っているという考えられています。
日本人については、例えば懺悔の代わりというイメージや位置づけとして、心理カウンセリングを紹介したり利用してもらったりするようなアプローチは有効かもしれません。

2010-04-09 10a.m.

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