手料理をふるまうようなカウンセリング

カウンセリングは家族や友人にふるまう料理のようなものです。そのような場面では、お腹が空いた相手に合わせて栄養や好みの味つけなどを考えながら満足のいくサービスをすることが目標になります。あらかじめ決まった献立がなかったり、その場の雰囲気で料理が変更になったり、一緒に調理したりすることもあるかもしれません。せっかくつけた味が好まれなくて食べる人が自分で調味料を足すこともあります。インスタントもので済ませても食べる人が満足に感じればそれで良しとするのもありです。
クライアントの欲求や要求に合わせることを目標とすると、カウンセリングにも似た要素が多くあります。

一方、深層心理を扱う場面や精神分析系のセラピーにはやや大掛かりさやつかみどころのなさを感じます。
料理をするときに、とにかく素材や原材料、伝統やしきたりにこだわるのに似ています。確かに最高の料理をつくるには最高の素材を追求するべきなのでしょうが、果してそれを大勢の人が常に望むかというとそうではないように思います。
こだわりのラーメン店が客を選んだり食べ方を強要したりする、まるで「ラーメン道」のような堅苦しさは必ずしもすべての人には合わないでしょう。

また、精神科医療では、ある程度決まった、診断のためのガイドラインや治療のプロトコルがあります。
もちろんそれぞれの患者やクライアントに即して医療サービスをしているのは確かですが、その運用の柔軟性は高くはないでしょう。ファミレスやコンビニ、ファストフードの食べ物と同じで基本的にはオーダーメイドやカスタマイズはできません。同じものを大量に供給することによって様々なコストを下げ、広く薄くなるべく均質なサービスを提供するのが根本的な方針です。これはどちらかが良いとか悪いとかの問題ではありません。
これによってたとえば医師の経験や知識に差があったとしても、同じ処方投薬をすれば同じ効果が基本的には得られます。

カウンセリングでは、素材にこだわって過剰なコストをクライアントに強いるような深層心理などの分析と、決められたこと以外のサービスをしにくい医療との間の隙間に位置するようなサービスを提供できる可能性があります。
そのためにこだわるべきなのは、現場であり、実践です。そして実際に使える技術や知識を身につけなければいけません。
本を読んで知識があってもキッチンで体が動かなくては料理はつくれません。
そしてあくまでサービスを提供する相手の意思を大事にして動くことが基本方針となります。

2010-04-05 8a.m.

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