職場の同僚が自殺したという組織へのサポート戦略の考え方 – その1

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職場で自殺した人が出た場合、どんな組織や規模であれ、同僚や管理者には大きな衝撃が走る。
その死の原因が事故や病気であってもショックは大きいが、それが自殺であればさらに強い影響が出る。

そうした状況や組織にサポートとして外部から入っていく仕事をしている。
その手順に基本はあるが多くは応用が必要だ。

もしもイベントが発生した組織に直接出向いて、その場の同僚や従業員に30分でも集まってもらうことが可能だったとしたらば何をしたら良いだろうか。
出来事をなかったことにしたり、その衝撃をゼロにするとか、精神的・身体的に調子を崩していく人間が出ること必ずしも皆無にすることは難しいが、そのリスクを減らしたり、不適切な反応を少しでも弱めるような支援は可能だ。
そのためには「心理教育」だとか「情報提供」だというに呼んでいる仕事をさせてもらう。

心理教育は、身近な人の自殺という簡単には受け入れられなかったり、ただただ驚くとか悲しくて仕方がないといった感情があまりに激しく暴走し過ぎないような知識、あるいは情報を提供する。

その内容や骨子にはいくらでもバリエーションがあるし、相手や細かな状況の違いに合わせて調整しなくてはいけないのだが、ザッと3つほど挙げてみよう。

  1. 死は誰でも怖いし、それだからこそ関心がある
  2. 生きることをことさら意識していない人でも、死について考えたことがない人はいない。
    普段意識していない「死」というものを身近に感じることで、あらためてその必然性や自分に置き換えての「生」や「死」について考えを強いられる。
    自殺においては「なぜ?」という疑問を生じさせることがとても多い。
    しかし、その明確な答えは得られないことも多く、その場合混乱や怖さの増幅という「反応」をもたらす。

  3. 人は自殺する
  4. 自殺は(きっと)ゼロにはできない。
    それはすべての人間が幸せになるとか、満足して死を迎えることができないことと同じくらい確かなことだ。
    上記の件と同じように「自殺の理由」を後から他人が確実に述べることはできない。
    しかし、我々外部からの専門的支援チームは過去の経験や研究、そしてなによりも現場で得た経験から、的を射ている可能性の高い「自殺の原因」を提案することができる(提案というのも変だが、推測して提示し、それを受け取るかは自由に任せるしかない)。

  5. 人間は身近な人が自殺した場合、自分を責める気持ちや原因を探すモードで、過去の出来事を検索する
  6. 原因や理由が明らかであれば、どんなに悲惨な出来事出会っても、人間はある一面で安心することができる。
    不安を感じるスイッチをオフにすることができる。
    自殺は、その理由や原因が永久に解明できない(ような気がする)ことが多い。
    そうすると、人によっては、グルグルといつまでも自分を責め、過去の記憶を(時には自分に都合悪く書き換えながら)思い浮かべることを止められなくなってしまうことがある。
    これは苦しく、新たに身体的・精神的不調を来す者を増やしていくことにつながる。

結局、こうした仕組みや悪循環を、適切に扱い、「おかしいことではないが、過剰にあるのは不適切だ」というようにバランスを取りながら、自殺者周囲の人の状態や心理を正常化し、より苦しみの少ない適切な状態に変化していくことをサポートしていくのが我々の仕事であり、そのツールの一つが心理教育である。

と言いつつも、自殺(体験)には「惨事」としての側面もある。
そちらへのアプローチとのバランスをどのように考えるかについてはまた別のエントリにて。

2012-12-03 13:00

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