カウンセリングロールプレイのふりかえり焦点2つ

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カウンセリングのトレーニングでロールプレイをした場合、その後のふりかえりをする焦点が2つ考えられる。
ひとつはそのケース自体のこと。もう一つはプレーヤーのこと。

何人かでふりかえりのコメントをし合ったり、議論したりする時に、互いに話していることがこのどちらであるかがずれていると効率が悪くなる。

ロールプレイで扱ったケースに対して、処置が良かったとか、もっと工夫できたとかいうのと、プレイヤー(特にカウンセラー役)に無意識の癖が出ていたとか、個人的な葛藤や抵抗があったとかは少々観点が異なる。
これらは行ったり来たりして話し合うよりも、順に皆が意識しながらふりかえりをしていった方がいいだろう。

2012-09-18 08:00

自分の師匠の技術を直見しなくて信じられるか

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あなたは自分の師匠のカウンセリングを見たことがあるだろうか。

数回の陪席や、研修での指導、グループや個人でのスーパービジョンなどを見たことくらいはあるかもしれない。
しかし、それだけで実力を信じて、自分の今後の足しにする決心をしてもいいものだろうか。

もちろん、「少なくとも今は自分の成長の役に立っていると思うし……」「将来ずっと教わるかはわからないし」という一時的な契約のような感覚だというのかもしれない。
だが、その感覚だけで現状に留まり安心してしまっていいのか。

常にモデリングの対象は探し続けなくてはいけないし、見続けなくてはいけないし、自分に合わせて変えたり混ぜあわせたりしていかなくてはいけない。

ロールプレイトレーニングなどで、自分の技術や思考のチェックを受けるだけでは物足りなくないか。
やはり、他人の、至高の、勉強になるケースやテクニックを再現性をなんとか持たせて身につけたい。

師匠が、自分でモデリングをしなくなったり、見せなくなったりしたら終わりだと思う。
予定調和的な継続ケースの陪席を多少しても得るものは少ない。
うまくいったケースや後からいくらでもつじつま合わせのできる事後検討会やレビューにどれだけ価値があるかはわからない。

結局自分自身でいかに今、あるいは次回に再現性や技術の向上を、ひいてはクライアントのメリットが増やせるかが勝負だ。

批判や、助言をもらったり、評論してもらうことはためになる。
しかし、それ一辺倒では無理がある。

プロ野球のものであっても、選手のプレーを素人がビール片手に、あーでもないこーでもないと偉そうに解説することはは決しておかしなことではないが、それにどれだけ真実性や科学性、有用性があるかは疑問だ。
自分と指導者の関係がそんな風になってはいないか、本当に意味のある助言をもらえているのかは考えなくてはいけない。

2012-08-26 09:00

カウンセリングトレーニングの実際問題 その1

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カウンセリングのトレーニングをしていて。

わかっていること、自分で気づいて意識しているつもりのことでも、あらためて他者の視点からフィードバックをもらうのは大切だ。
過剰に意識しなくてもいいが、おそらく無数にあったであろう観察情報からチョイスされたことも考える。

ふりかえりでは色々なことが指摘として出てくるが、それを以降の実践現場に活かせるかどうかはまったくの別問題だ。
厳密に言えば、情報や事実としてどんなに適切なフィードバックを受けたとしても、それを活用できないのであれば無駄情報ということになる。
ただし、その取捨選択にしても表に出して一人で、あるいは皆で吟味してみなくてはわからないことがほとんどだ。
だから、とりあえずテーブルの上に出してしまおう。

カウンセラーのアクションやリアクションの良否に十分に確実な判定が下せることはどうせ少ない。
後からふりかえって「あーだ」「こーだ」言うのは、ちょっと流れを外すと非建設的な議論となりやすい。
あくまで参考情報や可能性として捉える。
良否の両者を検討し、リスクや裏メッセージになりうる部分があったら、それへの対策を探しておけばいい。
理想としては、こうしたロールプレイとふりかえりを100回、1000回と繰り返し(現場もこなし)、パターンを見つけ身につけたい。

2012-07-23 10:00

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カウンセリングがうまくなるためには同じシナリオで反復ロールプレイすると良い

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カウンセリングのトレーニングで「まったく同じ設定で、2回繰り返しでロールプレイをする」というのをやってみてもいいのではないかと思っている。

これは「カウンセリングの訓練では振り返りの後すぐに実践すれば効果が倍増する | deathhacks」の考えをさらに進めて具体的にしたものだ。

フィードバックやふりかえりで向上の良い材料が見つかったのならば「次回」のトレーニング機会を待たずにそのときにできるだけ処理してしまった方がいい。
「次回」が本番現場であるかもしれないし。

この方式はライフライン式カウンセリングロールプレイトレーニング(ライフライン式カウンセリングロールプレイで訓練効果をアップする | deathhacks)と同じで、あらかじめ「繰り返す」ということを参加者が認識・了解しておくのがポイントになるかもしれない。
いきなりの指示では抵抗も考えられる。

時間管理がやや難しく、内容レベルも高めになるので、よく見知った者を中心とした少人数でやるのがまずは基本になる。
残念ながら30分間以上などの実践的な設定も難しいだろうが費用対効果としてもそこまで追求する必要はおそらくない。

カウンセリングは実際には一つとして同じものということはないわけだが、だからこそ逆にトレーニングでは、パターン化したり、シチュエーションを限定して制約を加えたりするのが有効だと思う。

スポーツ、例えばサッカーの練習でも、仕上げには練習試合、紅白戦などにたどり着くのだろうが、そこまでは以外と限定した部分の反復が多いのとも通ずるところがある。

(関連エントリ)

まず一品、料理がつくれることを目指す | deathhacks

2011-05-13 11:00

研修・セミナーにグループディスカッションを取り入れる

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研修などの構成に、インタラクティブな要素、例えば参加者間で少人数のグループを作り、テーマを与えて議論してもらったりロールプレイをしてもらったりすることがある。
以前は、そうした手法について、「まあ講義や講演を聞いているだけだと皆飽きてしまうよなー」とか「でもグループの中で収拾がつかなくなってコントロールが効かなくなったら怖いな…」とかいう感じを持っていた。
しかし、今では1時間に満たない、ごく短時間の場でない限り、積極的に取り入れるべき、あるいは必須のやり方だと思えるようになった。

グループディスカッションやロールプレイ(実習)を用いる理由には3つある。

  1. 参加者の思考や参加者間のコミュニケーションが活性化する
  2. 参加者の発言欲、表現欲が満たされ、次につながる
  3. 参加者がいる現場についてヒアリングすることができる

余程のオーラがある人や、カリスマ的人気の演者でもなければ、ただその話を聞いているだけの進行には時間が長くなるほど無理が出てくる。
逆に短時間だったらば、良い時間で有意義だったのに、と思うことも多い。
映画でも、「いくつかのシーンを編集でシェイプアップすればもっと素晴らしく感じたのに!」ということはよくある。

百聞は一見に如かずだ。
話として聞いたことを、あらためて自分の言葉で語り直してみたり、場面を再現してみることで内容の理解や実感、テーマへの興味は確実に高まる。
話すことやプレゼンテーションの演出などを工夫するよりも簡単で費用対効果も大きい。

また、人間誰でも、他人の話を聞いていれば「アレッ。その点は自分の意見ではちょっと違うな…」とか「んっ? この場合にはどう考えれば良いのだろう?」とかいった思念が浮かんでくるものだ。
一方的な講演や訓示などでは、そうした思考は封殺されてしまう。
だが、そうしてしまうのはもったいない。
それを一般的な質疑応答だけにせず、研修のメインに持ってくる。
より参加した感が高くなり、研修が終わった後にも、テーマについて考え続けてもらえる。

最後の理由として、演者側の利点は、参加者の生の意見が聞けるということだ。
どんなに主催者と事前の打ち合わせをして、準備をしても、研修で目の前にいる人らの背景やニーズは正に水ものだ。
その場で臨機応変に、リアルタイムに内容やテーマを変化させなくてはいけない。
それでなくては、リアルタイムに、リアルな場で研修をする意味がなくなる。
ただ単に知識を教えたいというだけなら、本や資料を作って渡して読んでもらう方がお互いに効率がいいはずだ。

こうしたヒアリングは、その研修が同じ集団で連続する場合でも、異なる人たちに対してやっていく場合であっても、その質を高めていく材料になる。
演者側の利点とは書いたが、直接に参加者のプラスにつながるわけだ。

このようにディスカッションや実習をすることには、最初は怖さや予測のつかない不安を感じるだろう。
しかし、コミュニケーションやカウンセリングと同じく、人対人の活動には対話が有効だ。
すべてを演者自らが準備して場に供給する必要はないし、効果的でもない。
テーマへのより適切な答えは、参加者ら自身、またはその場皆が持っていて見つけ出していくものと考えてよう。

2012-05-01 07:00

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研修の遅刻は原則待たないが。

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10〜20名くらいの教育やセミナーで、遅刻者をどのように扱ったら良いかという話。自分が主催側や講師であったとして。
そして今回は特に、コミュニケーションや心理カウンセリングなどをテーマにしている集まりだという設定で考えてみる

その会が数人というようなごく少人数の面識のある間柄であれば、遅れてくる人間を待とうが待つまいが、なんとなくその場の雰囲気で決めることができる。
それが勉強会だとしても研修だとしても会議であっても、始まってからその内容をアレンジしたり調整したりすることもそんなに難しくはない。

逆に数十人から数百人の参加者がいるものであれば、数人の遅刻や不出席は想定しておくべきものだし、全体の利益を考えれば割合の小さな者らのためにスケジュールや内容を動かさないほうがいいのは明らかだろう。

これらの考え方や判断はその場が無料であっても、有料のものであってもあまり変わらない。

集まりの参加者の遅刻者をどう扱うかというのは、集まり全体の空気にも影響を与えることがある。

例えば、連絡があって「開始から10分ほど遅れます」ということがわかっている参加者がいた場合にどうするか。

待てば良いとは限らない

待つ、としてそのメリットやデメリットはどんなふうに考えられるか。
待つことによって会全体のタイムスケジュールが狂うわけだ。
プログラムに柔軟性が少ない場合には悪影響は無視できないかもしれない。
待っている他の参加者としても好意的に余裕を持って同調してくれる人もいるだろうが、自分の成果が損なわれるからと眉をひそめて主催者や遅刻者に悪い感情を持つ人もいるかもしれない。

遅刻者も単純に待ってくれることを感謝するとも限らない。
それはもちろん、自分のことを待っていてくれるというのはありがたいことでもあるだろうが、一方で「他人を待たせる」ということに大きな負担を感じる人も多い。

このように考えると、良かれと思って運営したことが、場合によっては誰の−参加者にも、遅刻者にも、主催側にも−得にもならないということは十分にあり得る。

待たない方が公正ではないか

もしも、遅刻や欠席などについては一切関知しないという方針を貫くというのはどうだろうか。

あらかじめそう決めておけば、判断に迷いやブレがなくなり、とても運営としては楽になるかもしれない。

一方で、参加者は「時間に間に合わない本人に責任があるのだから仕方ない」「少しだけ遅れるのがわかっているのならば自分は待っていてもいいのだけど」「自分も遅れたりしたらやっぱりまずいな」など様々に考える。
遅れる人も「途中参加だと何か理解がズレてしまわないか」「一日何か引け目を感じる」など色々思うかもしれない。

決めごとや運営をかっちりと守ることは会全体にも良い緊張感を与える。
繰り返すとこれも、無料や有料とは関係ない部分がある。
少なくともその場に居る人間にとっては、時間という貴重な資源を注いでいるのだから、それを無駄に扱う、あるいはそういう印象を出すことは控えるほうが良い。

遅刻も良い素材やテーマになる

1人または一部の人の遅刻という小さなイベント・トラブルで考えるのはここまでに書いたようなことだ。
実際のところどのように扱うのが良いか。

私であれば、原則として「待たない」派だ。
グループ内の少数の遅れやトラブルで多数の人間の、特に時間という有限な要素が損なわれるというのはどうしても避けたい。
これは、私の立ち位置が参加者であれ、主催側であれ、さらには遅刻者であってもそれほど変わらない。
ただ、それだけではなんとも工夫や面白みが少ない。

そこで、遅れてくる参加者がいれば、その人が到着した時点で、そこまでの会の内容の復習や要約をしてみるといい。
そして、要約をするのであれば、それを参加者にやってもらう。
これは、会のテーマがカウンセリングであれば特に、そうでなくてもたいていの勉強、学び的なものであれば、とても学習効果がある。

話を聞いたり、しゃべったり、議論したりして、その場で知的な快感を感じることだけが大事で、その内容をどう活用しようということがあまり受容でない会やテーマであれば復習や要約はあまり必要ない。
一時的なエンターテイメント性を追求することは悪いことではない。

しかし、せっかくそこに良い素材になるイベントがあったのであればそれを活用しない手はない。
それがライブとしての勉強会やセミナーの楽しいところだ。

この、参加者自身が別の参加者に教えるというやり方は、実践を目指す訓練や教育にとってはとてもいい。
OJTの手前の段階のトレーニングとしてはロールプレイやふりかえりと同じような価値がある。

研修やセミナーが2日間以上にわたっておこなわれるとき、そしてその期間をフルに参加できない(途中参加する)ような人がいるときは、使い方によっては全員かつ全体により効果をもたらすことができる。

このような柔らかい運営をするには、スケジュールに余裕の時間をあらかじめとっておくことが必要だ。
そしてその使い方をあの手この手で想定しておいたり、緊張の少ない場面で試しておくと良い。

2012-01-15 11:00

(読んでいる本でちょうどいい内容があったので引用して追記しておく 2012-01-24 11:00)

 カウンセリング研究会で私が講義しているとき、途中から入室した遅刻者は教室のうしろで、もじもじおどおどしたかっこうで席をさがしている。受講生のひとりが手招きして空席を示すことがある。その瞬間をとらえて、「今のあれがカウンセリングです。困っている人を助けるとはああいうことです。部屋のなかの一対一の面接だけがカウンセリングではない」と、私はすかさずコメントする。ああいうことのできる人間になるのがこの研究会のひとつの目標であると私はいいたいのである。

– リーダーシップの心理学、国分康孝、講談社現代新書 0725、1984、p.50

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カウンセリングロールプレイのクライアントは仮想がいいか、リアルがいいか

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ロールプレイにはクライアントロールが必要になる。

ロールは完全な創作ものだと、当然現実味がなくなったり、辻褄が合わなくなったりする。
裏設定のようなものを入れてはいけないということではないが、実際にやってみるとカウンセラー役をむやみに困らせる意地悪のようになってしまって、役柄同士の対決やゲームになってしまう。
これはいくつかの事例を組み合わせたとしても同じ難しさを持つ。
クライアントだけの責任ではないが、ロールプレイトレーニングは参加者や観察者すべての学びや議論の素にならなくてはいけない。

ロールをリアルからもってくると、ケーススタディ、ふりかえり、スーパビジョンの要素や効果が入ってくる。
最初からそれらを狙いに入れる場合もある。
この場合に問題になるのは2点。
守秘、そして活動性のケースを扱うことの影響である。
義務や契約としての守秘は、集団守秘の観点からは許容できる。
あとは参加者のプロフェッショナル意識と倫理的能力に任される。
また、現にその時点で活動性の内容を扱う場合には、必ずしもプラスの成果が表れるわけではないことに注意する。
ケースをロールプレイで扱うことについて、ある程度以上の理由と見積もりが、ケース自体または持ち込み者にあることが普通だ。

ロールプレイ、とは言っても、大きな括りだから色々な場面が考えられる。
純粋にトレーニングを目的でするばあい、あるいはカウンセラーの力量を測る場合など、目的によってもロールの調整が必要になる。

2011-12-02 13:00

Posted from DPad on my iPad

必要な技術を学ぶためにはそのレベルでトレーニングしなくてはいけない

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少し間が開いてしまっていたが、自分のカウンセリングについてトレーニングして、良いフィードバックをもらった。

次の2点。

  • クライアントの軽め明るめのトーン(話の内容が軽いというのではない)に、重く深刻すぎるトーンで対応していた。ダメというわけではないが、即応的に微調整する準備や考えは常にもっていなければいけない。柔軟性の保持。
  • 最初の10分や15分をミス無しでこなそうという前のめり・キッチリやろうプレッシャーが強すぎて、反応にメリハリがなかった。時間限定のロールプレイについてまだまだ活用の理解が足りない。応用の段階、守破離の「破」のレベルでの訓練を目指すのならば、いきなり距離を詰めすぎない、ぼんやりと「周辺視」をするくらいの余裕を持つこと。

スラムダンク・山王工業戦で、それまで完璧だと思われていた流川楓のスキルが、相手エースの沢北栄治とのマッチアップで次々と隙を突かれ修正点が明らかになったように、レベルの高いトレーニングや実践・実戦をしなくては成長できない。

2011-10-16 08:00

(参考URL)

スラムダンク – Google 検索

(参考書籍)

カウンセリングの本番で開き直り、練習で緊張するということ

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カウンセリングの練習やロールプレイ、試験で緊張してしまうというならば、現場や本番でもっと緊張するようにしてみればいい。

カウンセリングでの、トレーニングと現場の関係は、勉強と試験の関係や、スポーツなどの練習と試合の関係とちょっと違う。
本番の方がリラックスまではいかないまでも、緊張していないという人が多い。
それは周りや判定者の目があるからだ。
現場にそれはない。

これが資格試験やスポーツであれば逆になる。
普段の練習や勉強のときに、本番と同レベルの緊張感を味わっておき、慣れるだとか、対策を考えておくだとかいうことはなかなか難しい。
それでも、できるだけ本番と似たような環境をつくって体験しておくという工夫は一般にしている。
時間を制限、意識した練習をしたり、模擬の試験や試合をしたりというものだ。

カウンセリングで実践力をつけるためには、現場でクライアントを扱うときに、「他人やメンターの目がある」という意識をすることだ。
「今の対応は採点するとしたら、良いか、悪いか?」
「このクライアントについてスーパービジョンを受けたらば何を言われるだろうか?」
「メンターだったらば、こんなときにはどういうメッセージコントロールをするだろうか?」
自分の思考や対応に、あまりに夢中になってはいけない。
混乱したり、絶望してもいけない。

現場でのカウンセリングよりも練習でのロールプレイの方が緊張するというのは、いかに本番で「開き直っている」か、あるいは「自己評価を怠っているか」ということを表している。
もちろん、明らかに自殺などの危険が迫っているクライアントとのセッションであれば別かもしれないが、本来は、密室で内容が原則としては他に漏れなくても、クライアントとのやり取りがプロとしては最も緊張する場面になるはずだろう。

2011-09-17 09:00

勉強会の基本問題

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以下のTweetをしたら4favs+13RTsほど、いただいたのでもう少し書いてみる。

勉強会のオーバーヘッドにはいくつかある。場所の確保、参加者の日程希望調整、誰がマネジするか、など。これらが煩雑だと話が生まれないし、進まないし、続かない。勉強会の後学習もこれからは大事にしなければ。そのためのITツールか近年充実してきている。
@neti2
neti2

勉強会の内容・テーマとしてはロールプレイやスーパービジョンなどを含んだカウンセリング関連を想定してる。

場所の確保

  • 2時間から3時間程度、静かめの密室、というか隔絶された場所が欲しい。ロールプレイはやはり実践のカウンセリングと同じような環境でやらなければいけない。内容守秘の問題もある
  • 都内だと貸会議室(喫茶室ルノアールとか公共施設など)は割とある。値段が高くなると人数を確保しなくては割高になったり、会のモチベーションを下げる元になる
  • 予約・手配の手間も馬鹿にならない。最近はかなりWeb上から探したり、予約状況を確認できたり、申し込んだりできるようになってきているけど
  • 区なんかの小自治体などが管理する、優先使用団体なんかがある施設は制限があるわけだが安価なようだ。ただ実際の情報は地道に口コミや実見で探す必要がある
  • 会メンバーが元々の会社や団体の組織所属者とだいたい一致していて、カウンセリングというテーマが組織に理解されているならば、業務外時間に施設を使える。これは結構理想的
  • 特定個人の所有場所とかだとこれはまた会の開催に属人性の影響が大きくなりデメリット

参加者の日程希望調整

  • 結論から言うと、少数のコアメンバーが日程などを決めて、まず動かし始めてみるということを勧める
  • なかなか都合が合わない人も出てくるとは思うが、とにかく「会を開催すること」にこだわった方が良い
  • 飲み会ならば「皆やる気はあるけど時間が合わないねー」でいいかもしれないが、勉強会は成果を上げるべきものであって、まずやらなくては意味がない
  • 勉強会に、飲み会以上、仕事未満(あるいは仕事以上)の優先度でコミットできる人の比率次第
  • ツールとしては少人数でもメール、メーリングリストなどでは限界が低い。すぐ面倒くさくなる。元々の互いの連絡先の把握だけでも大変。Facebookのようにオプトイン(参加者個人からの要求→承認フロー)方式が良さそうなのでこれから試す

誰がマネジするか

  • 参加者全員がフィフティ・フィフティの同等で、アメーバ的に代替可能な立場と役割をするのが理想
  • マネジャー、ファシリテーターはなくてもいいや、と思いがちだが、その仕事自体は必ずある
  • 飲み会の幹事と一緒。ある程度以上の人数規模になれば、何かとだれかが取り仕切らなくてはいけない
  • マネジャーや幹事の労をいとわない人もいるが少ない。何かしらの利得を感じ取ったり、受け取れる人は確かにいる。しかし、これも属人性を高くしたくないのと、いつかその特定個人は「疲れた」ときなんかに会が成り立たなくなる
  • 持ち回り制なんかもあるとは思うが、結局仕切れない人は仕切れないし(個人に関する、時間・エネルギー・モチベーション・リソースの差異はいたしかたない)

まとめと私見と雑感

  • ノウハウ的には飲み会のセッティングと同じ。テーマとモチベーションなんかが違うだけ
  • 集まることのコスト、個人ごとのコスト、連絡コストをどれだけ下げるかが肝心
  • そのためには、人数を増やさない。ただし、参加者は多様な方が良い
  • ITツールの活用
  • カジュアルさ(いい加減さ)と勢いが大事。始めるにしても、続けるにしても、止めるにしても
  • Facebookグループなんかを使って勉強会の「ビフォーケア」「アフターケア」をすると良い
  • 理想として考えているのは、日常からやり取りや議論、学習を共同でしておく。リアルに会う必要があること(ロールプレイや緊要なスーパービジョンなど)について「勉強会」を開く。これは会議ミーティングの考え方と同じ

2011-07-09 08:00