うつにおける復職するタイミング – その3

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うつにおける復職するタイミング – その1 | deathhacks

うつにおける復職するタイミング – その2 | deathhacks

の続き。

前回と前々回のエントリでは、

  • うつによる休暇・休職からの復帰のタイミングはどうせ調整できない
  • カウンセラーはクライアントの復職の時期が決まったなら、そのタイミングが「OK」であり「大丈夫」であると言い、そうなるような支援をする

という話をした。

さて、クライアントが望まずに不安なまま、医療が保証や手厚いサポートをしてくれるのでもなく、戻っていく場所や社会がうつのことやクライアントの状況を理解していないとして、結果として復職はうまくいくだろうか。

答えとしては「やってみなければわからない」のだ。
なんとも無責任なように聞こえるかもしれないが、現場の感覚としては正にそうなのだ。

本人がまだまだ苦しさや体力的・精神的消耗を抱えていても、様々な状況から「エイヤッ」とばかりに復帰してみると意外にもなんとかなってしまったりする。もちろん本人の努力や周囲の工夫と理解がうまくいった原因のいくつかであったりするのだろうが。

一方で、十分に休むことができ、医師も「順調に回復してきましたね」と太鼓判を押し、会社の同僚や上司も温かく迎え入れてくれるような状況で復帰しても、また徐々にうつっぽくなり、トラブルが起き、再び休まざるを得なくなることも少なくない。そのような場合には「いったい、これ以上どうやって、より良く休んだり、周りが協力したりするやり方があるのか」「あと何を、どこを工夫すればいいのだ」というように、本人だけでなく家族や関係する者は思う。

「上手く」「トラブル無しで」「一回で」復帰しようという考え方は当然といえば当然の欲求だのだろうが、うつからの復帰やそこからのリハビリにおいては少し危険だ。上に書いたように、本人や周囲がいくら工夫や協力をしまくっても、「失敗」することはある。これは一時的に社会から距離を置いた後に、またその社会に戻っていく中で、季節や気温などの自然現象、通勤や移動など不特定の人なかでの日常、政治や経済、災害などの社会全体の動きなど、コントロールできない要素がやはり多いからだ。そしてうつから復帰する時期のクライアントは普通の状態の人の何倍もそれらから影響を受ける。

だから「やってみなければわからない」。

コツや工夫について書くのは次回になってしまった。(その4へ)

2011-12-31 09:00

うつにおける復職するタイミング – その2

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昨日のエントリ(うつにおける復職するタイミング – その1 | deathhacks)で書いたように、うつの底期から回復してきた人が復職するタイミングは意識してコントロールすることが難しい。
「本人が希望していて」「担当医の許可や理解とサポートがあって」「解雇や金銭的問題、家族や親類との人間関係からくる問題などのような社会的プレッシャーに追い立てられたからというのでもなく」復帰のタイミングが来るということは現実にはありえないと言ってもいいくらいだ。
もしも、それに近い条件がそろっていたならばそのラッキーを喜ぶべきだ。

実際には「本人が復帰できそうだと思っていても、会社がオーケーを出さない」とか「まだ十分に休めていないが、これ以上時間が経てば解雇となり、却って社会的なストレスが増えてうつがまた悪化する」というような場合が多い。

こんなときカウンセラーとして全体を見てアドバイスやサポートをする上で、どのように考えればいいだろうか。

カウンセラーはクライアントの味方の一人ではあるが、同一人物ではない。
その客観的な立場とプロとしての強みをどう提供するかを考えなくてはいけない。

まず、復帰・復職そのもの、そしてタイミングについては、クライアントに「今がベストだ」と伝える。ただし「ベスト」だとは言っても、総合的に見て、他に調整のしようがない諦めも含むものだ。

クライアントにとって、復帰のタイミングについての不安は大きい。「まだ早過ぎるのではないか」と「これ以上遅くなると戻れなくなるのではないか」という相反する感覚や気持ちが程度や比率を変えながら同居している。しかし、この不安は当然のものだが、あまりにもそれが大きいことは、実際に復帰するという段階ではデメリットが大きい。だから、カウンセラーは「客観的に見て」「プロとして考えて」、今がベストだ、OKだと言ってサポートする。

これが、医師の立場であれば「100%大丈夫とは言えない」としか言わないし、復帰先の会社や組織としては「本当に受け入れても大丈夫なのか。どう補助していけばいいのだろうか」という不安問題を抱える。それと同じことをわざわざカウンセラーが一枚多く加わってする必要はない。せっかく居るのだから、適切に、違う面からのサポートや異なる部分を見る手伝いを探す。

復帰のサポート準備の考え方についてはコツと工夫をまた明日のエントリで。

その3に続く)

2011-12-30 11:00

うつにおける復職するタイミング – その1

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うつで病気休暇を取るなり、休職なりをした人が、元の職場などに戻ろうとする場合に、その時期・タイミングをどう決めればいいか。
そのトリガーにはいくつか考えられるが以下のようなものが思いつく。

  • 本人が復帰したくなった時
  • 担当医が復帰を勧め許可した時(医療を利用していたとして)
  • 金銭や勤務契約上、復帰しないと起こる不利益がとても大きい場合

項目としては挙げることができるが、現実的にはこれらの中から自由に選べるというものではない。
また、この中の一つというのではなく、2つまたは3つ、それ以外の要素が同時に、あるいはタイミングを前後して発生することのほうが多いだろう。

さて、そうすると、タイミングを選べないなりに、その復帰についての戦略や物心両面の準備や工夫が必要になる。

(次回その2へ続く)

2011-12-29 17:00

なぜ誤りを認めないのか

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誤りを認めることには感情が絡む。だから難しい。それは他人から指摘される場合だけでなく、自分で自分の誤りを確認することでもそうだ。

誤りを認めることから始まって、そこに「こうしたほうが良かった」という反省が加わると次の展開や希望につながることもある。「こともある」としたのは、誤りを認めることや反省することが絶対的な必要条件であったり、必ずメリットのある万能な行為ではないからだ。

反省は無力感や後悔につながり、過剰になれば悪い影響をもたらす。

また、過去の誤りを認め、こうすれば良かったというふりかえりや反省をしたならば、今度は必然的に「次の段階」に向かわなければいけなくなる。「これからどうしていけばいいのか」を考えなくてはいけなくなる。本当は、そんな「義務」があるわけではないのだが、とにかく他者や自分の「常識」がそうした思考を強制する。

「謝罪」が「賠償」や「補償」とセットになっているというのが当たり前のように刷り込まれている。

そして、「これからどうしていけば良いか」という、不確定な未来に向かうためには様々な意識的・無意識的予測から生まれる不安や焦りと戦っていかなくてはいけなくなる。しかも、それはたいてい、長期間にわたって続けていかなくてはいけない。誤りを認めたことや反省が他人や社会と共有されていればなおさらだ。

こうした反省とそれに基づいた対処や行動をセットに考え、予想してしまうと、人は誤りを認めなくなる。認めたくなくなる。認めることができなくなる。かくして誤りを認めることが怖い、嫌だというように感情が絡むことになる。

2011-12-27 09:00

ジェダイにはパダワンに引導を渡す役目がある

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特別な技術や知識を教え、現場で実際に活躍できるようになるまでに人を育てるのはやはりなかなか難しい。

とりあえず今回の話の上では、「人が人を育てることは本当に可能か」というテーマと「その技術が一般に普及すれば専門家の必要や負担は少なくなる」という点は外して考えたい。

カウンセリングや心理上の危機介入の能力を向上するのには、机上の知識と現場でのOJTの両方がバランスよくある程度順序良くあると良い。
そしてOJTにはクライアントが存在していてトレーニングよりも優先するから、OJTをする者にはその時点での技術や精神的な準備が相応に求められ、クライアントとの間には了承と契約が必要だ。

OJTをする者の技術や心構えなどは誰かしら上級者が判断しなくてはいけない。これは簡単なことではない。もしも、OJTの途上で相応しくない者がいたらばクライアントのためにその者を現場から外すなりの処置がその場その場で必要になる。

そもそもその者が現場OJTにふさわしいのかどうかを組織や個人(これも上級者)が判定するのも良い。そしてその判定には判定された人間だけでなく、「判定した者」にも責任が生じると思う。

小山龍介 原尻淳一《初記載時に著者名を誤っていました》氏の著作の中で、ノウハウの継承のためのシステムとして映画「スターウォーズ」における「ジェダイ」と「パダワン」の関係を理想型の一つとして挙げていてなるほどと思った。

(引用追記 2011-12-26 17:00)

PLANNING HACKS! 49
ジェダイの教育システムが部下を育てる

(中略)
 マスターとパダワンは常に一緒に行動をします。そして、マスターはパダワンの行動の1つ1つに注文をつける。それと同時に、一緒に敵と戦い、助け合いもし、コンビとしてやっつけるのです。わたしはここにOJT(On the Job Training)のあるべき姿をみます。やはり、部下はこうでないと育ちません。

– PLANNING HACKS!、原尻淳一、東洋経済新報社、2007、pp.133-134

ここでその「ジェダイ-パダワンの師弟関係」の要素として大事な事が二つある。一つは、一般的知識として体系化されていないノウハウは暗黙知的であり、それを伝えるためには、生活やミッションを長時間共にするような(OJTのような)訓練が要るということ。もう一つは、弟子が道を誤った時にそれを正したり引導をわたしたりする責任が師匠(的存在)にはあるということ。温い、教えっぱなしの関係ではない。

徒弟制度に見られるような、伝統墨守や技術と知識の囲い込みによる旧世代の権益維持優先主義のデメリットもやっかいだが。

2011-12-26 10:00

(関連エントリ)

残念な人に引導を渡す、自分は残念な人かという命題 | deathhacks

(関連情報)

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常に考え抜き、選ぶ

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心理の活動の中で、人間が認識できる要素は少ない。さらに、認識できたとしてもそこに影響を与えられることはもっと少なくなる。

世の中のしくみや法則のうち、科学的に解明したり説明したりできることは5%か10%くらいしかないのだという。あとの残りは「なぜ」かもわからないし、人間が意思をもってどうこうすることはできないのだ。

だからといって、考えることや行動を選ぶこと、自分の言動をコントロールすることを、諦めた方がいいとか、無駄なのだということではない。わからないこと、手を加えることができることの限界を知ることが大きな結果の違いを生む。

大事なことは「あらゆることを考え抜くこと」「選べること、選ぶべきことを、選ぶこと」だ。
それがいわゆる「人事を尽くして天命を待つ」ということだ。

2011-12-25 13:00

(関連エントリ)

カウンセリングで、認識はできるがコントロールできない要素など | deathhacks

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たまたまペアカウンセリング – ペアカウンセリングその4

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昨日呑んでいて、たまたま「ペアカウンセリング」状態になった。

(参考エントリ)

ペアカウンセリングは「アリ」だ – ペアカウンセリングその1 | deathhacks

ペアカウンセリングの臨床研究へ – ペアカウンセリングその2 | deathhacks

曰く「法律相談だったら専門家2人に話を聞いてもらった方がいいじゃん」 – ペアカウンセリングその3 | deathhacks

本当に今回のそれがペアカウンセリング「的」だったのか、クライアント(的状況の人)にとってメリットがうまく得られたかどうかはわからないけど。

考えてみれば、3人か4人が集まって雑談や食事をすること、そのうちの一人が「ちょっと困っちゃてることがあるんだけどさー。聞いてもらっていい?」という感じで同時に2人以上の人間に相談するということは日常でもよくある。
うまくいけば、相談をした人は「あー、自分の考えや感じ方はそんなに変で的外れでもなさそうだな、やっぱり」とか「へー、なるほどー、そういう風な考え方もあるのか。いちおう参考として頭に入れとこう」などのような刺激やヒントをゲットできるかもしれない。しかも「サシ」での相談やカウンセリングよりも効果的に効率よく。

一方、相談した人がその場の誰かから「絶対こうしたほうがいいよ!!それ以外ありえないって!」とか「あなたの考え方はおかしいし、あなたの方が(相手に)謝ったほうがいいんじゃない」とか言われたならば、ちょっとその状況はいわゆるカウンセリング的なものとはかけ離れる。
あるいは、話を聞いている人同士の意見が激しく感情も交えて対立したり、別の視点やテーマにズレて盛り上がってしまったり、内容の核心を放っておいて茶化されたりすれば、個人としても集団としてもマイナスだけが大きくなってしまう。

日常会話、社交会話としてでなく、対価をやり取りするサービスとして提供する「カウンセリング」の場で実行することについては、限界や限度は当然あるとしてもメリット・デメリットやリスクを考えぬき、管理し、適切にクライアントに説明責任を果たすべきだろう。
それがプロとしての仕事・業として目標とする水準だ。

2011-12-24 07:00

仲の良い緊張

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人間関係や人付き合いにも緊張感は必要だ。安心や馴れ合いを全否定するのではないけど、同じ目的や志を持つような間柄であればなおさらそうだと思う。

家族や肉親、家庭などではとにかく安らぎが必要だろう。緊張を取り、思考などをいったんリセットできるような場所であると良い。
一方で、食いぶちのための仕事、そして職場であれば、今度は本音を隠してでもうまくやり取りしていくことが必要になる。それはKY、つまり「空気を読む」ということに尽きる。

しかし、目的や志が同じか近い関係で、しかもそのテーマの研究・探求が直接の稼ぎや生存に関係していないような集団の中では遠慮や「空気を読む」ことはデメリットが大きくなる。決して利害が一致しないでケンカをする、仲が悪いというのではなく、率直な関係がどこかにあるといい。

そういった関係を理解し実戦している人は、仲間内で議論や雑談をしていても、10回に1回くらい味方を狙って撃ってくる感じがある。そして実力があるから撃つ弾の威力や精度もスゴい。
あるいは、時代劇の殺陣のシーンで例えると、「ここでもう一人切るとリズムがいいかなー」という理由で味方を切っておくみたいなことを自然にしてくる。

そんな風に自分では考えているから、結構多く反撃したり、切りかかってみたりすることを無意識にも試しているかもしれない。周りや相手がどう認識しているかはわからないけれども。
そんなだからたまに「今日、なんか攻撃的じゃない?」とか言われたりもする。

2011-12-23 10:00

受託案件をどうさばくか

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ビジネスの中には本業案件と出張ゲスト案件がある。本業案件とは企画や営業から実行、利益の回収までをすべて自分または自社でこなすものだ。出張ゲスト案件はプログラム開発での受託案件のようなもの。製品や商品の仕様が決められた案件を下請けてコアの部分だけを仕事する。

本業案件は利益が高くなるが、その分コストもかかるしリスクがより大きい。まず必ず案件が得られるかどうか、そのために時間やお金をどれくらいかけられるか、かかるかが鍵になる。黙って静かにしていても勝手に向こうからクライアントが引く手あまたに現れる状況ならば、営業コストが下がると同時に商品価格を上げて売上を増やし、結果として利益も増え、運営のリスクが減る。

しかし、商品買い手のクライアントが次から次へと出てくる状況でなければ、仕事を選べない。仮に営業の部分を他者にまかせてでも仕事がないよりはマシと考えることもできる。ただし、この場合、下請け・受託の仕事だから、中間マージンコストが他者に渡る。この種の仕事は営業コストが減るがその分運営・運用のリスクは低くなる。
金銭面だけをみればそういうことになる。

長期的にみると話は変わってくるかもしれない。
受託・下請け業務は本業丸々の仕事に比べて自由度が少なかったり、利益が低くなったりする。その分宣伝・営業効果があったり、人脈や実績をつくることにはプラスになる可能性がある。

(追記)
受託案件に費やした時間やエネルギーは、本業のそれらや質を「食う」ことも忘れてはならない。結果として、その仕事をする意義というものを失う可能性につながる。ここでの意義とは金銭以外のものを考えている。
(追記終わり)

この話はすべて一貫して自製でやることが良いとか目指すべきだとか言うことではない。個人ビジネスにしても組織にしても、運営の戦略に関することだ。当然、状況や社会環境、同業者、時期によって変わることがあるし、変えるべきものだ。

大事なことは、コントロールできる部分や意思決定するものをできるだけ認識し、意識して選択することだ。

選択するためにはまず、状況を取り上げ、要素をつまみ上げなくてはいけない。次にそれらをコントロールできるかどうか、コントロールできるならばその結果起きるメリットとデメリットを考える。同時にそれら要素の重要性を自ら決めること。

この「重要性を決める」部分が一番大事だ。なぜならばこれが価値観であり、個人や組織の個性であり、技術や商品の他で代わりの物が存在しない場合に匹敵する強みになる可能性があるからだ。

2011-12-22 08:00