ミュージシャンの才能は枯渇しない


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ミュージシャンやアーティストが、パッタリと創作活動をしなくなることがあります。
世間一般はそれを「才能が枯渇した」と表現しますが、おそらくクリエイティブな仕事における「ヒラメキ」「スパーク」に限界はありません。

ミュージシャンらが陥る、被っている状態は多分、疲労やうつと考えられるでしょう。
疲労やうつによって、知的活動ができない、イマジネーションが湧かない、日常生活と創作活動を両立しにくくなる、緊張とリラックスの緩急を付けられなくなる、などの状況なのです。
それは現代の音楽やアートが、極度かつ急激な情報化、商業化によって当事者たちにはコントロールできないほどの成功と疲弊をゴタ混ぜにもたらすようになったからです。

それでも最近のクリエイターは賢くも、「充電」や「活動休止」などという上手な対処方法を取るようになってきています。
または、ビッグなアーティストであれば作品の制作発表間隔を数年単位で開けることも許容されるようになりました。
(この「間が数年開くのは長過ぎる」とか「許容される」というのはまったく大衆側のわがままな価値観なのですが)

ただしこの「充電」などで気をつけなくてはいけないのは、2から3年くらいも完全に休止・休憩してしまうと再活動のキッカケや始動が難しくなることです。
活動を低調にすることによって、エネルギーは回復します。
長期的な疲労は原則として解消します。
その次に、再始動に必要なのは単純なエネルギーではなく「スイッチ」「イグニション(点火)」です。

初始動にしろ再始動にしろ、そのキッカケやタイミングをドラマティックに語る者は多くいますが、おそらくそれらは偶然や結果論ととらえるのが自然です。
再始動の例ではありませんが、村上春樹もある日突然、神宮球場で野球を観戦していて「そうだ、小説を書こう」と思ったと言います。
神の啓示や奇跡体験と考えた方が物語としてはウケるのでしょうが、アートやクリエイティブな活動の成り立ちについて、私としては「エネルギー」と「スイッチ」という比ゆで考えています。

2010-12-04 08:00

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