文章を毎日書くということ

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文章を毎日書くことで、色々な準備ができる。

漢字や言葉の使い分け、自分の作文の癖、MacやiPhoneやWebやエディタツールなどの設定と調整、書けるおおよそのスピードなどなど。

これらをトレーニングしておけば、いざという時に最小限の慣性モーメントで動きだし書き出していくことができるようになってくる。

2012-09-25 08:00

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オリンピック競技と惨事ストレスとレジリエンス

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惨事における心理面の対応に携わってきて、このブログでも書いてきている。

惨事対応をチームでする理由 | deathhacks

惨事へのサポートケア焦点 その1 | deathhacks

惨事へのサポートケア焦点 その2 | deathhacks

惨事介入現場では惨事以外も扱う | deathhacks

惨事介入の注目点 | deathhacks

うつと惨事は切り離して考えられない | deathhacks

ライフイベントや惨事が一段落した瞬間が一番疲労している | deathhacks

ショックな出来事に対処するために持つべきは「意識」と「知識」と「儀式」 | deathhacks

DEATH NOTIFICATION | deathhacks

その他エントリ

当ブログ内をキーワード「惨事」でGoogle 検索

惨事やそれへの対応というものを考えてもらっても、どうも敷居が高く、急いで自分に関係するものではないと感じる人が多い。
最近の世の中で起きた大事故や災害などによって、一般個人の関心や準備意識は高くなってはいるが、どうしても「大事であるのはわかっているが正直、日常生活を送るので精一杯だ」とか「専門家や資格のある人に教えてもらわないと実践は難しいだろう」とか言うように実際の行動に結びつかない。
まだまだ惨事を「自らとは遠くて縁がないもの」としか思えないのだろうがそうではない。

今年(2012年)のロンドンオリンピックでも惨事のヒントやイメージは数多く存在している。
惨事の定義にも依るのだが、我々は生命に関わるような事故やテロリズムのようなものでなくても、出来事を体験した者が惨事「反応」を起こすことを知っているし、それらの解釈・説明や対応を直接にしたりノウハウを教えたりすることをしてきている。

その文脈で言うと、以下のWeb上コラムなどで取り上げられている男子体操、内村航平選手の競技で起きた落下やその結果成績については、正に「惨事」として我々が扱ってきたことと違わない。

オリンピックメダリストにみる「しなやかな軌道修正力」 – 2012年8月24日 – 職場のメンタルヘルス・EAP・研修 ピースマインド・イープ株式会社

メダル級の演技をして結果を出すという期待とプレッシャーが、周囲からも自分自身からも極限まで高まっている状況での、落下やミスで内村選手に起きていたことはどういったことだったろうか。

ドキドキしたり、冷や汗をかいたり、頭が真っ白になってしまったり、競技が終わって次の行動や準備をしなくてはいけなくなってもミスやその嫌なイメージが浮かんでしまったり。
実際にどうだったのかは本人にしかわからないが、一部の感覚は内村選手本人も振り返ったりインタビューで答えていたりする通り、色々な身体的・心理的な反応が起きていたのだろう。
上に想像したような反応で、「ドキドキ」や「冷や汗」は過覚醒であり、「頭が真っ白」は麻痺・回避、「ミスしたイメージを思い浮かべてしまう」のは侵入だと言える。
すべて惨事に対する反応、ASR(急性ストレス反応)やASD(急性ストレス障害)としても矛盾しない。

オリンピック競技やスポーツでの競技者に起こることは誰にとっても特別なものではないことは理解できるだろう。
それらに参加しない人だって、日常生活の大事な場面で失敗をしたり(寝坊して大切な約束の時間に遅刻するとか)、仕事で期待された結果を出せなかったりすることはある。
そのときやその後に「ドキドキ」や「真っ白」、「忘れらない」という感覚や経験をするのは当然と言えるくらいのことだ。

惨事やそれへの自分の反応について知っておき、準備をしておいたり、いざというときに自分を少しでも客観的に観察したり、ショックな出来事の後にできることを考えたりするのはぜひに勧められることだ。
このように考えると最近の心理研究やビジネススキルアップなどの分野で取り上げられる「レジリエンス」というキーワードに加え、「惨事反応」やそのサポートというもののより有効なとらえ方が見えてくる。

2012-09-01 10:00

※筆者小片武はピースマインド・イープ株式会社 http://www.peacemind-jeap.co.jp/ にて非常勤勤務している

また色々と失敗してる

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  • いつもと違う行動、苦手なことをしているときに、まったく気を取られてしまう
    • 問題なのは、本当に苦手な場面では、重圧を感じていることさえ自分で気づかないこと
    • 矛盾的だが、ときに、ある部分ではリラックスしていさえすることもある。

2012-08-05 09:00

(関連エントリ)

緊張と失敗を歓迎する | deathhacks

昨日失敗した | deathhacks

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うつの人は死にたい理由すらも忘れてしまう

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《2007-10-12 FRI 0921》

病気による影響もあって、「忘れんぼさん」になる。

死にたい気持ちだけが残る、エネルギー枯渇という状態だけ、結果だけが残る。

その後に何かいわゆるライフイベントがあったとしたら、
《死にたくなる → そのライフイベントで死にたくなったのだ》と、勘違いしてしまう、勘違いされてし まう。

さらに弱るとライフイベントでなくても単なる「イベント」出来事で死にたいと感じることもあり得る。

(関連エントリ)

うつの人の日常は惨事である | deathhacks

2012-06-29 07:00

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学んだことを身につけるには日常に取り入れるしかない

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何かを学習してもそれを使わなければ、忘れてしまうし、身につかない。
どうしたら良いか。

何かフレーズであれば、半分強引かもしれなくても、普段の生活の中で使うことだ。
例えそれが実際には適切な場面ではなくても、遊び感覚で利用する。
しつこいくらいに使ってみる。

中学生や高校生の友達内輪で、妙な言い回しや、なぜそれを使うのが楽しいのか本人たちもよくわからない言葉が流行るような状態を、大人は意識して学習のために作り出そう。
このやり方は、仕事や、場が会社であっても、楽しんでやってしまうのが、結局は互いのため、成果につながっていく。

(関連エントリ)

学ぶことのルールが変わった | deathhacks

2012-06-28 07:00

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ワレイガイミナワガシ

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あらためて、日常のあらゆるものから学ぶことができる、ということを実感している。

色々フラッと立ち寄ったり、偶然出会ったものを眺めたり、そうして見たもの、気づいたこと、感じたことが、私であれば今もっとも関心を持っている、心理研究やカウンセリングに役立つ。

人間は世の中あらゆることに関わっているし、世界から影響を受けている。
そこでの個人や集団、社会の有り様や動きは、どれほど分野や見かけが違っていても心理的な視点で見て参考になるし、同様のものを適用できる。
人間そのもののしくみや心理は同じだからだ。

「あらゆるものがヒントになり、学ぶ素材になる」
本質は一緒だからだ。
「本質は一緒」というのもメタに考えると、それ自体「本質」でもある。

今回私は「都道府県対抗なぎなた大会」をふらと観に行って、様々な興味深いことに気づいたり発想したりすることができた。

港区公式ホームページ/港区スポーツセンターで「第53回都道府県対抗なぎなた大会」を開催します!

競技自体を元々よく知っているわけではないし、経験があるとかいうのでもない。
場所や「スポーツ・競技」というカテゴリーそのもの、そしてそれに参加したり運営したりしている人や組織など、そういったものに興味がそそられる。

こうした、普段自分が生きて生活している分野や業界とはまったく違うところで、感覚を敏感にして、色々と観察し、発見することはとても楽しく、有意義だ。

私のメンターの一人も座右の銘にしている。
「我以外皆我師」だと。

我以外皆我師 – Google検索

2012-05-28 07:00

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プレゼンと要約とトレーニングと常在戦場と

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カウンセリングでも研修講師でも、一連の話をうまく要約してプレゼン提示するスキルが問われる。

このスキルをトレーニングするのには、リアルな出来事でも、読んだ本でも、観た映画でも、あらゆる素材とあらゆる機会を使って、近くの人にプレゼンをしてみるのが良い。
お互いに「最近なにか面白いことあった?」「えーと、実は昨日ねぇ…」…「へーっ!」とか「あっ、それ最近売れてる本だよねー。書いてるその人って、元々どんな人で、なんでそういう仕事してるの?」「うん、読んだとこまでだと、こんなことを言っていてだね…」とかいう風に、日常の中で「要約プレゼン合戦」を数積み重ねる。

要約のコツとポイントは3つだ。

1 全体からバランス良く要素を取る

内容の始めから語るとか、時系列にしゃべるというのは、結局全体の映像を思い浮かべてもらうには不適当だ。
ここで今ポイントを強引に3つに絞っているのと同じで、短時間限られた中ではどうせすべてを伝えられないという覚悟をして、自分の頭や心に残った部分を印象が強かった順に並べていく。
ここで「全体」と言っているのは、例えば本であれば、自分が読んだページまで。

2 事実や実際に書いてあることだけでなく感情や印象も語る

事実だけでは、間違わないが、面白くない。
話の主人公や作品の主題に沿って、作中の感情や驚き、ドキドキワクワクについて話す。
自分の主観でも構わない。

これらと出来事と、あと多少の時間感覚・時系列情報があれば、聞き手は半ば「勝手に」物語を作り出して理解する。
理解がうまくいかなかったり、誤解があれば、あとから一緒になって修正していけばいい。
これもまた、プレゼンの醍醐味。
プレゼンというものは、情報が伝わることと同時にコミュニケーションをすることが目的であり、手段でもある。

3 要約に楔を打つ

理想的には、最初と、途中と、最後に、まとめを入れる。
まとめはあなたの「自分結論」だ。
「これは楽しい話です」「失敗しちゃってちょっと凹んだ出来事なんですが…」「とても有意義で興味深い本だと思ったんですがどう思います?」
楔は、カテゴリータイトルやタグのようなものと思ってもいい。
話し手と聞き手のズレはOKだが、ズレ過ぎはNGだ。

まとめ

日常をプレゼン・要約の修行の場に変える。
常在戦場。

2012-05-26 09:00

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(追記 2012-05-30 関連エントリ)

物事は必ずストーリーを帯びる | deathhacks

たまたまペアカウンセリング – ペアカウンセリングその4

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昨日呑んでいて、たまたま「ペアカウンセリング」状態になった。

(参考エントリ)

ペアカウンセリングは「アリ」だ – ペアカウンセリングその1 | deathhacks

ペアカウンセリングの臨床研究へ – ペアカウンセリングその2 | deathhacks

曰く「法律相談だったら専門家2人に話を聞いてもらった方がいいじゃん」 – ペアカウンセリングその3 | deathhacks

本当に今回のそれがペアカウンセリング「的」だったのか、クライアント(的状況の人)にとってメリットがうまく得られたかどうかはわからないけど。

考えてみれば、3人か4人が集まって雑談や食事をすること、そのうちの一人が「ちょっと困っちゃてることがあるんだけどさー。聞いてもらっていい?」という感じで同時に2人以上の人間に相談するということは日常でもよくある。
うまくいけば、相談をした人は「あー、自分の考えや感じ方はそんなに変で的外れでもなさそうだな、やっぱり」とか「へー、なるほどー、そういう風な考え方もあるのか。いちおう参考として頭に入れとこう」などのような刺激やヒントをゲットできるかもしれない。しかも「サシ」での相談やカウンセリングよりも効果的に効率よく。

一方、相談した人がその場の誰かから「絶対こうしたほうがいいよ!!それ以外ありえないって!」とか「あなたの考え方はおかしいし、あなたの方が(相手に)謝ったほうがいいんじゃない」とか言われたならば、ちょっとその状況はいわゆるカウンセリング的なものとはかけ離れる。
あるいは、話を聞いている人同士の意見が激しく感情も交えて対立したり、別の視点やテーマにズレて盛り上がってしまったり、内容の核心を放っておいて茶化されたりすれば、個人としても集団としてもマイナスだけが大きくなってしまう。

日常会話、社交会話としてでなく、対価をやり取りするサービスとして提供する「カウンセリング」の場で実行することについては、限界や限度は当然あるとしてもメリット・デメリットやリスクを考えぬき、管理し、適切にクライアントに説明責任を果たすべきだろう。
それがプロとしての仕事・業として目標とする水準だ。

2011-12-24 07:00

仲裁とかケアorフォローよりも先に理解する

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いさかいがあった。
細かい内容ややり取りは見ていないし知らない。

興味があるのは2つ。

  • 酒が入っていたとしても、何かそんなにイライラするような出来事とか発言がどこかにあったのだろうか
  • 凹んで泣くほどのどんなやり取りがされたのか

ケンカがいけないとか、仲良くしたほうがいいとかいう前に色々と理解してみたくなる。

2011-12-12 08:00

日々、ワクワク、振り返り

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講演を聞いて死ぬほどワクワクすることがあった。
なぜそこまでトキメイたかを後から考えてみると、その理由は、内容が自分の学んできたこと、やっていること、考えていることと一致していたからだ。

同じように本を読んでいて「いいこと書いてあるなー」と感心することもある。
それは、知らないことが書いてあった、というだけでなく、あらためて文章として外部から得られた情報が、自分として腑に落ちるし共感・納得できるということのようだ。

そう言うとまるで、「あー、それ、私も思ってました」「知ってる、知ってる!」「そう!そう」と、後出しで追従しているみたいで自分がズルいように感じる。
情報を吸収したり、考察してまとめたり、自分が成長しているのではなく、自分の正しさを確かめて安心したがっているだけかもしれないという不安。

2011-02-22 07:00