精神分析と具体的アクションの距離感を見誤っていたようだ

20120926190610

あるクライアントについていくら精神分析をしても変わらないのではないか。
そんな風に思っていた。

正確には、「変わらないこともあるだろう」「必ずしも問題は解決しない」という印象だ。
これは、元々のフロイドが始めたような、クライアントの抑圧や防衛などをセラピストが分析し、提示することによって、自然にクライアントの行動や思考が変容し、抱えている問題が解決したり変化したりするという理解のし方からきていた。

しかし、やはり「分析と提示」だけでは変わらないクライアントが’結構いるのではないか。
強固な抵抗を示す人もいるのではないか。

しかし、最近になって、少し精神分析を勉強し始めて、印象が変わってきた。
単に分析や診断、見立てをするのみでなく、精神分析家も具体的なアクションをするのなと。

それも、精神分析というツールを背景にした上で、ごちゃごちゃと回りくどく理屈をこねて、最後に平凡な結論やアクションにつながるというのではなく、かなり直結した距離の近い話になっていると感じた。

こうしたものは自分が心理学に持っていた偏見となんら変わらないレベルだし、まだまだだと思える。

2012-09-30 08:00

(関連エントリ)

心理学に偏見を持っていました | deathhacks

医療機関で働いていない医師が診断書を書くことは可能か

20120925074200

思考検証中のことを一つ。

産業医になったからというだけではないが、どうもまた、医師臨床に近い話をしたり調べたりしなくてはいけない機会が少なくない。
質問もされる。
答えるためには調べなくてはいけない。

今調べていることは、診断書に関してのこと。

勤務しているときには意識しないで診断書は作成しているものだ。

今現在の自分のように医療機関、組織に属していない状態で診断を書くというシチュエイションはありうるだろうか。
そして、その作成に問題や注意点はないのだろうか。

医師法を見ても「医師は求めがあった場合には診断書を作成しなくてはならない」としか定められていないようだ。

医師法 (第19条)

だが逆に、診断書を書いてはいけない状況というものが簡単には思い浮かばない。

考えている流れとしては、

診断書を書くためには「診断」をしなくてはならない
→ 診断をするためには「診察」しなくてはならない(無診療診断の禁止、医師法第20条)
→ 診察をして医療報酬を得るためには保険医療機関に勤務、もしくは開業して申請し、「保険医療」を行わなくてはいけない
→ 保険外医療というものもあるしまったく違法ではないがそれを診断および診断書を求める患者が了解するかという問題がある

ということで、診断書を書くことに明らかな問題は考えつかない。

また、別の点として、

医師は診療をしたならば診療録に記録をしなくてはならない(医師法、第24条)
→ 診療録は5年間保存しなくてはならない(同法同条2)
→ もしも医療機関に勤めていない医師が個人で診療録を書いた場合にそれを5年間保存するためにはコストがかかるしリスクもある
→ 診療録には個人情報も含まれるから取り扱いに手間がかかるな

と、考えながら調べているとどうも「5年間保存」というのは「病院または診療所に勤務する医師のした診療について」のみというような記載があった。(同じく同法同条2)
これならば、診療録の保存に関しては考慮しなくて良くなりそうだ。

そもそも「診断書」と言うもの自体も、法律上特に決まった書式というものはない。
どんな紙に書いても診断書としては成立するし、保険会社などが診査のために記載を求める書類も診断書と呼ばれる。

また、診断書を作成することは保険診療上の報酬に入らない。
言い値で発行することが可能だ。
一般には各医療機関などが常識的な値段設定をしていることがほとんどだろうが。

こうして、もしかしたら、フリーの医師が、必要だと言う患者に対して診断書を発行するということはあまり聞かないが、調べた限りでは明らかに制限する法や理由は見当たらない。
世の中には、診断書だけを書く(もちろん診療・診察がその前提にあるが)サービスというものは既に存在していたりするのだろうか。
診断書の信頼性という面では担保することが難しそうだし、気づいていない問題がありそうという印象だけど。

ここまで考えたし、Webで調べたりということまではしたので、あと次は経験豊富なドクターに聞いてみるか、厚生労働省に直接尋ねてみるかを検討。

2012-09-29 09:00

職業逆差別

20120926063829

医者とか看護師とかがサラッと自分の職業を名乗らないのには本人が持つ何かしらの偏見があるのかも。

2012-09-28 20:00

文章を毎日書くということ

null

文章を毎日書くことで、色々な準備ができる。

漢字や言葉の使い分け、自分の作文の癖、MacやiPhoneやWebやエディタツールなどの設定と調整、書けるおおよそのスピードなどなど。

これらをトレーニングしておけば、いざという時に最小限の慣性モーメントで動きだし書き出していくことができるようになってくる。

2012-09-25 08:00

Posted from Drift Writer on my iPad

うつのリハビリを支援するときに大切なこと3つ

R1001465.JPG

うつなどのメンタルヘルス不調者が復職するためには多くの人の支援が必要になる。
主治医、産業医、人事担当者、家族、カウンセラー、などなど。

だが、これらの支援者が互いに良く知っているか、良く思っているかと言えば、そうではないことが結構ある。
さらにはうつの当事者も同じで、支援をもらっている、あるいは支援を受けるのが絶対有利なはずなのに、上記した支援者と対立関係に陥っていたりすることも珍しくない。

支援者らが押さえるべき大切なことは3つある。
ゴールを共有すること、客観的データを集めること、そして率直に行動することだ。

ゴールを共有する

支援者、関係者、当事者の間でゴールは驚くほど共有されていない。
「回復すること」というのは当たり前のゴールのようでいて実はあいまいすぎて「共有できない」。

いつまでに、どういった状態になると、皆が喜ばしいのか、を話し合って合意しておかなくてはいけない。
3ヶ月後に、フルタイム働き、一つの書類を完成させる、などのように。

このとき、ゴールを合意したならば、それ以外のことには目をつぶる覚悟が必要だ。
大げさではなく、それがゴールというものであり、合意ということだ。

客観的データを集める

ゴールの設定には、客観的な指標が欠かせない。
これは「数字」以外にはない。
「3ヶ月後」も、「フルタイム=1日8時間」も、「書類の数」も数字だ。

結局数字を介さなければ、利害は一致させられないし、評価もできない。

率直に行動する

本人を含む関係者が率直であることが有効だ。

回復したいと思っているか、回復して働きたいと思っているか、働きたいのは自信のためかお金のためかなど。

率直になり、腹を割るためには、会うしかないし話すしかない。
そして時間をとにかくかけるしかない。
つまり皆がそのコストを計算しなくてはいけない。

まとめ

これら3つの大切なことは、見落としていることが多いものもあれば、到底無理だと思えるものもあるかもしれない。
もしも、そういった気がしてもこれらを揃える方向に進むこと自体が有効であり、復職や復帰を助けるだろう。

2012-09-24 07:00

自信に根拠なんて要らない

null

自信には2種類ある。
「根拠のある自信」と「根拠のない自信」だ。
これらはどちらが良いとか大事とかいうのでもないのが面白い。

根拠のある自信は他人と共有できるし、準備することはできる。
しかし、肉体やお金などに根拠を求めれば、それが失われるまでの一時的なもの、不安定な感情とも言える。
自信の陰には必ず不安がある。
光と影の関係だ。

一方、根拠のない自信は、要するに勘違いである。
他者に理解してもらうのは難しい。
だが、根拠がないだけに失われることがないとも言える。
そもそも「勘違い」がなければ人間に成長や予想外の驚きなどが乏しくなるだろう。

リスクを取らず、予想できる範囲で行動し、想定内の成果を得るだけで楽しいか否かは、一人ひとりが自分の立場や方向に合わせて考えてみるしかない。

2012-09-23 12:00

Posted from Drift Writer on my iPad

ビジネスパーソンにこそ良い眠りを

null

プロ野球選手でもオリンピック選手でも、トップを張っているアスリート達は直接に見られている職場(スタジアムなど)以外での過ごし方や工夫をこらしている。
身体を主に使うからといって、あまり知性的でなく直感で生きているとか、博打やアルコール飲みによる不摂生をしているだろうという昭和の時代の印象は現代では無い。

逆に、一般のビジネスパーソンの世界や情勢を見ると、これもスポーツ世界がグローバル化してきたことと似てきている。
簡単に言えば、競争が厳しくなってきている。

これからは、プロやアマのアスリートらが生活のすべてにおいて工夫してパフォーマンスを上げることで競争能力を高めたり保ったりしているのを真似して、食事や睡眠などを整えることが常識となってくると考えて良いだろう。

2012-09-21 08:00

Posted from Drift Writer on my iPad