今般の安衛法改正で予想されるメンタルチェックの義務化について

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安衛法(労働安全衛生法)の改正に関して企業の人事担当が揺れている。

安衛法 改正 メンタルヘルス – Google 検索

これまでの健康診断に加えてメンタルチェックが義務づけられる見込みだ。

企業や担当者にとっては、単に工程が増えてコストが高くなるということだけではない。
メンタルチェックの結果は企業や人事担当者が直接知ることができず、原則として本人と本人が希望した場合の面談受託者しか確認できない。
守秘について法案にはっきりと盛り込まれているのが特徴だ。

健康診断の結果のように企業が従業員に対する安全配慮義務を果たすために、その結果を直接的に利用することができない仕組みになる。

メンタルチェックの細かな内容についても特定のアンケート方式などが定められるというのではなく、企業の裁量に任されることになりそうだ。

また、これまで独自に健康診断に含める形でメンタル面のチェックをしてきた企業の「努力」が急になくなってしまうケースがあるのでないかという懸念もある。

この部分に関してはもし義務化される部分が生じるのであれば、企業としてはそれはそれとして新規に導入し、これまで独自に行なってきたメンタルチェックは従来までと同じように継続しても問題ないのではないかと想像している。

当然内容が被ってしまったり齟齬が生じたりすることがあるかもしれないが、もともと健康診断や特に心理的なスクリーニングテストというものはそのように時期や方式によってブレがあっても仕方ない面もあると考える。

2012-07-31 06:00

カウンセリングが始まる瞬間

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カウンセリングが始まる瞬間というのはどの時点だろうか。

なし崩し的に始まってしまうことは、商業的なカウンセリングであっても起こりうる。
例えば、電話やオンラインでのカウンセリングなどの場合。

インテークの時点で話の内容に入ってしまいかねないことがある。

そのカウンセリングを受けるか否か、契約をどのように結ぶかなど、心理カウンセリングの核心ではない部分でのコストは無視できない大きさだ。
それとも、その部分も含め、カウンセリングや支援だと考えたほうが適当だろうか。

2012-07-29 12:00

(関連エントリ)

カウンセリングが突然始まることはない | deathhacks

精神分析の技術が高いとかは本質ではない

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精神分析だとか、来談者中心療法だとか、交流分析だ、内観療法だ、と理論・流派は数あれど、実際の行動や介入としてクライアントにどう関わるべきかというアウトカムには良し悪しに関する違いはあまりないのではないか。

特に、切羽詰まって、危険が差し迫った状況では。

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同じ山を登っているとして、裾野や中腹までは様々なルートがあっても良い。
比喩としての山登りだから、頂上に向かうベクトルであるのが大事だけれども。

頂上に近づけば近づくほど、理論が違っていても、行動は驚くほど同じに見えるだろう。

2012-07-28 13:00

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不幸極限への対応の考え方

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トルストイが言うには、

「幸福な家庭はどれも似たようなものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」

らしい。

これは個人についても当てはまるだろう。

ただし、不幸が極まると、これもまた幸福と同じようにワンパターンな状態になるというのが現場の印象だ。
ワンパターンというのは、「消えたい」「死にたい」「自分なんかいない方が皆のためになる」「離婚しよう」「会社を辞めて責任を取ろう」などなど。

この不幸の極限状態は、深さで言えば相当なもので大変深刻だが、ワンパターンな故、対応・打つ手・初動・ファーストエイドとしては、やるべきこと、できることが限られているから理論はシンプルで、あとは実践の取り組みが勝負になる。

2012-07-27 08:00

(関連リンク)

レフ・トルストイ – Wikipedia

トルストイ 名言 – Google 検索

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メッセージコントロールと傾聴を折衷するためには

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24時間アンテナを立てて勉強していると、そのときどきに考えていることや迷ったことに関する投げかけやヒント、反駁を、ちょうどそのときに読んでいる本などから得られることが結構ある。
シンクロニシティと考えても別にいいのだが、おそらく確率的な問題だろう。
それだけ色々なチャンスが偶然の中にあるというだけのことだ。

カウンセリングでのメッセージコントロールについて、トレーニングしたり、その本質を考えてみたりしている。
クライアントが話すことや質問への対処などは、その見せ場の一つになる。

話を、まとめ、要約し、確認し、ときに質問を率直にする。
メッセージコントロールでは、打てば響くような対応やノリを、タイミングよくポンポンと出していくことによって、即効的にクライアントの味方になろうとする。

ところが、ある意見ではそれとは逆のように感じることが語られていたりする。

 しかし、ここでもっとも大切なのは、「的確に内容を伝え返す」ことではありません。カウンセラーが、どのような雰囲気、どのような話し方でそれを伝え返していくかです。

– はじめてのカウンセリング入門 下 ほんものの傾聴を学ぶ、諸富祥彦、誠信書房、2010、p.105

また、質問への対応についての記述はこうだ。

 クライアントが発する質問の多く、特に、迫るような真剣なまなざしで発せられる質問の多くは、質問というよりも、「もう自分ではどうしていいか、わからない。誰かに答えを与えて欲しい」という、すがるような「気持ちの表現」であることが多いものです。その気持ちを受け止めずに、正面から「解答」を与えてしまうと、クライアントさんの「すがるような気持ち」は、まさに「置いてけぼり」をくってしまいます。

– はじめてのカウンセリング入門 下 ほんものの傾聴を学ぶ、諸富祥彦、誠信書房、2010、p.122

この辺りは、当然本であっても、現場であっても、前後の文脈や議論の流れがあるのだが、さっと答えてもいい質問、さっと答えた方がいい質問、答えないほうが良いくらいの質問などを判断するのには、メッセージコントロールでもただそれをテクニックとして理解しているレベルでは、食い違いに混乱してしまいかねないような内容になっている。

きっと、答えはシンプルなのだろうし、ゴールは現場で評価するしかないが、理論や意見の比較から、最適解は浮かび上がってくる。

2012-07-26 09:00

(関連リンク)

はじめてのカウンセリング入門(下)―ほんものの傾聴を学ぶ
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はじめてのカウンセリング入門(上)―カウンセリングとは何か
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管理されなくてはならないゲーム

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「ゲーム」は正しく管理されなくては長期的には成立しなくなる。
ここで「ゲーム」と呼ぶのは、アクションに対して何らかのリアクションが返ってくるシステムであり、そのルールまたは環境のすべてを人間が決めるか構築したものである。

今書いたことも含め、ゲームの定義としては、

  1. ルールがあること
  2. ルールが守られること
  3. 「成功」が存在し、それを達成する可能性が十分にあること

3番目については、人間が本能的に欲する「驚き」や「期待」の要素を含む必要があるということだ。
「ワクワク」が要るといってもいい。

プレイヤーに、どうせ成功する、というイージーな感覚を持たせてもいけないし、どうせ失敗する、と諦めさせてもいけない。
この感覚とそのバランスを取ることは、ときにゲームの成功報酬が豪華だったり高価だったりすることよりも重要である。

そして報酬、あるいは結果は素早いタイミングでプレイヤーに返される必要もある。
これは、ゲーム世界に関して、プレイヤーが関与できるようなアクションが用意されていることが前提だ。
少なくとも、アクションを「スタート」させるボタンのようなものが1つあればよい。
(パチンコ、パチスロなんかはそんな感じか)

結局世に数多くのゲームはあれど、その要素や成立するための条件、管理するためのポイントは同じになる。
テレビゲームであれ、Nintendoであれ、リアルorアンリアルの人生ゲームであれ。

2012-07-25 05:00

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「カウンセリングではアドバイスをしない方がよい」という意見への反論

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カウンセリングで、アドバイスは「しない方がいい」のではないか、あるいはアドバイスを「してはいけない」と言われることは未だに多い。
しかし、日常生活や経験の上では、皆よくアドバイスをお互いにしているし、それでうまくいっているのではないか。
他人からアドバイスや意見をもらって、安心したり、問題解決につながったりすることは少なくないのではないか。

介入やアドバイスの負の面ばかり見ていれば、「アドバイスを禁じ手とする」ということも無理はない。
大切なのは、アドバイスが受け入れられる(役に立つ)ときと、拒否される(事態や人間関係などを悪化させる)ときの違いはなんだろうかと考えることだ。

正負の分かれ目はアドバイスの内容だろうか。
カウンセリングのテーマについて、明らかにクライアントよりもカウンセラーの方が長けている場合には、その要素が大きいかもしれないが、そういったことは確率的に高いとは言えない。
クライアントの持つ情報量よりも、カウンセラーの持つそれが上回っているということも、想像しづらい。

アドバイスの内容はあまり大きな要素ではない。

それよりも、クライアントの心身の状態やカウンセラーとの関係性の方が重要だ。
クライアントが、自信をなくし、自責的になり、何かを為しなり決心したりするためのエネルギーが乏しくなっているときには、外部からの支援は届きにくい。
カウンセラーのことを信頼していなくては、どんなに魅力的な策でも採用するのに抵抗する。

このことを踏まえた上で、アドバイスというものの是非を議論しなくては意味がなかろう。

クライアントの心身状態に適して配慮する、そしてときに言語的・意識的な要素よりも非言語的・無意識的要素をコントロールし活用するのがメッセージコントロール(を用いたカウンセリング)ということになる。

2012-07-24 07:00

(関連エントリ)

好かれればカウンセリングはうまくいく | deathhacks

はじめはメッセージコントロールだけで十分 | deathhacks

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カウンセリングトレーニングの実際問題 その1

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カウンセリングのトレーニングをしていて。

わかっていること、自分で気づいて意識しているつもりのことでも、あらためて他者の視点からフィードバックをもらうのは大切だ。
過剰に意識しなくてもいいが、おそらく無数にあったであろう観察情報からチョイスされたことも考える。

ふりかえりでは色々なことが指摘として出てくるが、それを以降の実践現場に活かせるかどうかはまったくの別問題だ。
厳密に言えば、情報や事実としてどんなに適切なフィードバックを受けたとしても、それを活用できないのであれば無駄情報ということになる。
ただし、その取捨選択にしても表に出して一人で、あるいは皆で吟味してみなくてはわからないことがほとんどだ。
だから、とりあえずテーブルの上に出してしまおう。

カウンセラーのアクションやリアクションの良否に十分に確実な判定が下せることはどうせ少ない。
後からふりかえって「あーだ」「こーだ」言うのは、ちょっと流れを外すと非建設的な議論となりやすい。
あくまで参考情報や可能性として捉える。
良否の両者を検討し、リスクや裏メッセージになりうる部分があったら、それへの対策を探しておけばいい。
理想としては、こうしたロールプレイとふりかえりを100回、1000回と繰り返し(現場もこなし)、パターンを見つけ身につけたい。

2012-07-23 10:00

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期待通りにできる人

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周りが行動や成果を期待していることをきちんと具現化できる人がいる。

これには能力の有る無しも関係するだろうが、それは要素の半分だろう。

残り半分は「期待を感じ取り認識する力」だろう。

期待というのは実は言葉や文章にされることがそれほど多くない。
はっきりと示されればそれは命令や指示になってしまう。

すると、それをうまく実行したとしても、「期待に応えた」ではなく「最低限の仕事をこなした」という評価になりがちだ。

期待というものには、それを押し付ける側の勝手な事情や思いが多分に入っている。
「あの人は期待に応えてくれた!」という感情や思考には、相当量の主観が混じっている。

2012-07-22 08:00