うつリハビリでの、未来を想う不安とその意味

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うつから回復してくると、ある時期になって、未来について考えるようになる。
未来というのは自分の将来ということだ。

未来や将来といっても、はじめは「ある程度先の」こと、数カ月後から来年くらいまでの予定を考え始める自分に気づく。
うつで気持ちが落ちている、そして本人がそれを自覚すらできないような状態の時には1週間先、1日先の明日のことすら考えることができなくなっていることが多い。

そういった究極の行き詰まりを感じていた人が、将来のことを考え始めた自分に気づくと、うれしさや明るさ、希望を感じるよりも先に、不安を感じるだろう。
疲労の蓄積によって、数ヶ月から数年をかけてうつになったのだとしたら、時間的に先をみたり、予定を立てるという経験や習慣がすっぽりと抜けてしまっているからだ。

しかし、この時期のこの状態、未来について考え始めるという気持ちの変化は明らかに回復の兆しだ。
うつのリハビリの時期にほぼ全員が通る道だと思っていい。

2012-01-10 08:00

うつにおける復職するタイミング – その5

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うつにおける復職するタイミング – その1 | deathhacks
うつにおける復職するタイミング – その2 | deathhacks
うつにおける復職するタイミング – その3 | deathhacks
うつにおける復職するタイミング – その4 | deathhacks

あらためて、うつからのリハビリについて言うと「リハビリは辛くて苦しい
これは疲労の蓄積によって人が誰でも、どんなに強い心や身体を持っていたとしても、うつになる可能性があり、そのうつは死にたくなるほど苦しい、というのと同じことだ。
誰でもリハビリは苦しいし、苦しくないリハビリというのは存在しない。

かと言って、必要以上に苦行をするのも間違いだ。
苦しい思いをすればするほど、耐え忍べば忍ぶほどリハビリがうまくいくということはない。
その考え方は悪循環にはまってうつになるパターンの一つと同じになっている。

怪我や障害・病気の後のリハビリが適切な負荷をかけることが必要なように、精神的な、気持ちの問題であるうつのリハビリでもその「適切さ」が要る。
つまり、楽すぎてもいけないし、苦しすぎてもいけないのだ。

あまりに楽な状態や環境(職場や社会に戻ることがそうであることは少ないだろうが)でリハビリをすれば、その状況以外に適応することが難しくなる。
筋肉が衰えたり、使わない能力が退化してしまうようなものだ。
その楽な期間がおよそ年単位になると、身体も頭もそれに慣れてしまい、それ以上の力が出せるとしても忘れてしまう。

逆に負荷をかけ過ぎると、せっかく戻った社会や職場がトラウマ的に苦しさと強く結びついてしまう。
結果としてトラブルの元になったり、人間関係が壊れたり、場所や音、匂いなどの感覚までもが「悪い思い出」になってしまう。

このように、リハビリの負荷を「観測する」こと、ある程度長い期間(数週間から数ヶ月レベル)でその観測結果を見て次の戦略・計画の足しにすることはクライアント本人が一人でやることが難しい。
また、一人でもできるという場合でもリハビリについてよく知るカウンセラーのようなサポートがある方が安心でもある。
現時点で、そのようなサポートができる立場のプロは少ない。
医療や医師もその機能を一般には持たない。家族などでは社会的に関係や思いが近すぎる。会社の上司や人事機能はまだまだ知識や経験が揃っていない。

うつからの復職のタイミングのことだけでなく、リハビリ全般についてのアドバイザーやコーチがいてもいい。

2012-01-02 12:00

うつにおける復職するタイミング – その4

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うつにおける復職するタイミング – その1 | deathhacks

うつにおける復職するタイミング – その2 | deathhacks

うつにおける復職するタイミング – その3 | deathhacks

うつから回復してきて復職し、リハビリをしていく上でのコツや工夫としてはどういったことをすればよいだろう。

計画全体の基本としては「いつでも退却できる余地を残しておく」のが良い。
7割の力でこなせるような仕事や耐えられるストレスを目安にする。

具体的には、

  • 手続き上で完全に復帰して通勤し始める場合、その前の休暇・休職をしている時期に2週間ほどの試し出勤を組み込む
  • 例えば、年度初め(一般に4月だろう)から復帰したとして、はじめから1-2時間、半日の職場滞在に留める。世間で言うゴールデンウィーク休暇があるならば、同僚と同じようにそこでも休暇を取り、いったん休止する。(本人、または周りは、「もうまたしっかりと休むのか」というように思え、見えるかもしれない)
  • また1、2ヶ月して「休む」ことになったり、その必要が出てくることが十分にありうることを本人は知っておくこと。家族や職場上司、同僚も、最初から必ず順調に元のように戻っていくかどうかは未知数であることを再三認識しておいてもらう

その3でも書いたようにうつ休みからの復職やリハビリは「やってみないとわからない」部分がとても多い。
別に失敗することを当たり前と思って期待するなということではない。
計画は計画としてイメージすることは大事だ。
しかし、「やってみないとわからない」「本質的に未知なことばかり」で「コントロールが難しい要素も多い」うつリハビリでは、現場で作業を実際にしながらの微修正、軌道修正、検証と再調整が数多く必要になる。

うつリハビリのことを以前に、柔道での「受身」に喩えた。

うつのリハビリはこころの受身を覚えるチャンス | deathhacks

リハビリの時期での失敗は、大きいものでも小さなものでも、客観的な、長い目でみれば、役に立つ。
しかし、この時期のクライアントは不安のレベルが、うつだと判断され休む時期と同じくらい大きくなっているから、「大」失敗は避けたほうが良い。
どのみち、この時期に小さな失敗やトラブルは無数に発生するが。

(付け加えることが思い浮かべばその5を書きます)
その5書いた。

2012-01-01 12:00

うつにおける復職するタイミング – その3

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うつにおける復職するタイミング – その1 | deathhacks

うつにおける復職するタイミング – その2 | deathhacks

の続き。

前回と前々回のエントリでは、

  • うつによる休暇・休職からの復帰のタイミングはどうせ調整できない
  • カウンセラーはクライアントの復職の時期が決まったなら、そのタイミングが「OK」であり「大丈夫」であると言い、そうなるような支援をする

という話をした。

さて、クライアントが望まずに不安なまま、医療が保証や手厚いサポートをしてくれるのでもなく、戻っていく場所や社会がうつのことやクライアントの状況を理解していないとして、結果として復職はうまくいくだろうか。

答えとしては「やってみなければわからない」のだ。
なんとも無責任なように聞こえるかもしれないが、現場の感覚としては正にそうなのだ。

本人がまだまだ苦しさや体力的・精神的消耗を抱えていても、様々な状況から「エイヤッ」とばかりに復帰してみると意外にもなんとかなってしまったりする。もちろん本人の努力や周囲の工夫と理解がうまくいった原因のいくつかであったりするのだろうが。

一方で、十分に休むことができ、医師も「順調に回復してきましたね」と太鼓判を押し、会社の同僚や上司も温かく迎え入れてくれるような状況で復帰しても、また徐々にうつっぽくなり、トラブルが起き、再び休まざるを得なくなることも少なくない。そのような場合には「いったい、これ以上どうやって、より良く休んだり、周りが協力したりするやり方があるのか」「あと何を、どこを工夫すればいいのだ」というように、本人だけでなく家族や関係する者は思う。

「上手く」「トラブル無しで」「一回で」復帰しようという考え方は当然といえば当然の欲求だのだろうが、うつからの復帰やそこからのリハビリにおいては少し危険だ。上に書いたように、本人や周囲がいくら工夫や協力をしまくっても、「失敗」することはある。これは一時的に社会から距離を置いた後に、またその社会に戻っていく中で、季節や気温などの自然現象、通勤や移動など不特定の人なかでの日常、政治や経済、災害などの社会全体の動きなど、コントロールできない要素がやはり多いからだ。そしてうつから復帰する時期のクライアントは普通の状態の人の何倍もそれらから影響を受ける。

だから「やってみなければわからない」。

コツや工夫について書くのは次回になってしまった。(その4へ)

2011-12-31 09:00

うつにおける復職するタイミング – その2

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昨日のエントリ(うつにおける復職するタイミング – その1 | deathhacks)で書いたように、うつの底期から回復してきた人が復職するタイミングは意識してコントロールすることが難しい。
「本人が希望していて」「担当医の許可や理解とサポートがあって」「解雇や金銭的問題、家族や親類との人間関係からくる問題などのような社会的プレッシャーに追い立てられたからというのでもなく」復帰のタイミングが来るということは現実にはありえないと言ってもいいくらいだ。
もしも、それに近い条件がそろっていたならばそのラッキーを喜ぶべきだ。

実際には「本人が復帰できそうだと思っていても、会社がオーケーを出さない」とか「まだ十分に休めていないが、これ以上時間が経てば解雇となり、却って社会的なストレスが増えてうつがまた悪化する」というような場合が多い。

こんなときカウンセラーとして全体を見てアドバイスやサポートをする上で、どのように考えればいいだろうか。

カウンセラーはクライアントの味方の一人ではあるが、同一人物ではない。
その客観的な立場とプロとしての強みをどう提供するかを考えなくてはいけない。

まず、復帰・復職そのもの、そしてタイミングについては、クライアントに「今がベストだ」と伝える。ただし「ベスト」だとは言っても、総合的に見て、他に調整のしようがない諦めも含むものだ。

クライアントにとって、復帰のタイミングについての不安は大きい。「まだ早過ぎるのではないか」と「これ以上遅くなると戻れなくなるのではないか」という相反する感覚や気持ちが程度や比率を変えながら同居している。しかし、この不安は当然のものだが、あまりにもそれが大きいことは、実際に復帰するという段階ではデメリットが大きい。だから、カウンセラーは「客観的に見て」「プロとして考えて」、今がベストだ、OKだと言ってサポートする。

これが、医師の立場であれば「100%大丈夫とは言えない」としか言わないし、復帰先の会社や組織としては「本当に受け入れても大丈夫なのか。どう補助していけばいいのだろうか」という不安問題を抱える。それと同じことをわざわざカウンセラーが一枚多く加わってする必要はない。せっかく居るのだから、適切に、違う面からのサポートや異なる部分を見る手伝いを探す。

復帰のサポート準備の考え方についてはコツと工夫をまた明日のエントリで。

その3に続く)

2011-12-30 11:00

うつにおける復職するタイミング – その1

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うつで病気休暇を取るなり、休職なりをした人が、元の職場などに戻ろうとする場合に、その時期・タイミングをどう決めればいいか。
そのトリガーにはいくつか考えられるが以下のようなものが思いつく。

  • 本人が復帰したくなった時
  • 担当医が復帰を勧め許可した時(医療を利用していたとして)
  • 金銭や勤務契約上、復帰しないと起こる不利益がとても大きい場合

項目としては挙げることができるが、現実的にはこれらの中から自由に選べるというものではない。
また、この中の一つというのではなく、2つまたは3つ、それ以外の要素が同時に、あるいはタイミングを前後して発生することのほうが多いだろう。

さて、そうすると、タイミングを選べないなりに、その復帰についての戦略や物心両面の準備や工夫が必要になる。

(次回その2へ続く)

2011-12-29 17:00

うつのリハビリはこころの受身を覚えるチャンス

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柔道技の達人になるのは難しいが受身は誰でもうまくできるようになる。

うつのリハビリで鍛えるべきなのは身体の頑強さや抵抗力ではない。
次に起こる試練や日常のストレスから、以前の自分よりもうまくかわしたりダメージを減らしたり大怪我をしないようなコツや知恵を見つけて身につけることが目標だ。

ストレスや疲労でエネルギーを使い果たしてしまったのがうつになった原因だと理解するのは正しい。
もしそのような状態から回復したとして、また同じようにならないためにはどうしたらいいだろうか。

全快状態のエネルギーを増やすことを考えがちだが器には限界がある。
年齢を重ねると基礎体力も落ちる。

かと言って、うつで一番落ち込んだときから回復しようとしたときのように休んでばかりいるわけにもいかない。
死ぬかもしれないようなうつや疲労を避けることに専念して人生での新しい挑戦や楽しみを減らしたり諦めたりするのはもったいないし、そうする必要もない。

必要なのは知恵、ツールだ。
柔道の受身のように、投げられてもまた立ち上がれる準備をするのが生きるコツだ。
人生ではきれいな一本勝ちを決められることは少なく、皆何百回、何千回と投げらるものだ。
全勝や一度も投げられないということは目指せない。

うつは例えてみれば、人生という競技の中で、初めて激しく投げられ、相手が強大な達人で、しかも地面が固く、打ちどころが悪かったようなものだ。
投げられた人間の落ち度というよりは偶然や運の要素が大きい。
さらには体調が万全ならば大丈夫だったのに疲れが溜まっていたということが重なっていたりする。

そこから回復して向かう目標は、絶対に投げられないようなスーパー選手になることではなく、その人なりの受身を今後のために学ぶことだ。

受身を最初から鍛えておけば良かった、誰か教えてくれれば良かったのに、と思うかもしれない。
残念ながら、実際には先に投げられるという部分にだけ目が行く。
そしていざ技を受けてみてからでないと受身の意味や効果はわからないし実感できないものだ。
するとどうしたって本気で受身をあらかじめには学べない。

受身はつまり、自分の身体の状態を知り、経験的に危険を感じとり、ダメージを弱め、また立ち上がるためのコツだ。
まずは意識しながら、次には無意識にできるようになるのが理想だ。

ストレスや疲労、惨事からくる感情揺れに対処するための「こころの受身」は応用が効く。
うつのリハビリはその「こころの受身」を覚えるチャンスになる。

2011-11-29 10:00

組織がうつリハビリ者に「完全に治ってからの復帰」を求めるのは行政の指導上も誤り

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うつのリハビリについて先日、質問、というか情報があった。
最近の企業等組織ではうつによる休暇や病休、休職の後の復帰・復職、つまりリハビリには、本人が休む前と同じように勤務できることを条件としているという。
しかもそれは厚生労働行政、あるいは労働安全衛生の権威からの指導を受けてのものだと。
結果として、カウンセラーなどが復帰やリハビリをサポートしようとしても、環境を調整することが難しいという意見があった。

うつで医療的に診断を受け業務を休んでから、復帰するのにはまず担当医の診断、つまり許可が出ることになる。
通常、その時点で本人はまだいわゆる「以前の」パフォーマンスを出せる状態ではない。
そこで、社会、職場という環境での慣らしやリハビリをしていくことになるのだが、上記のように企業等組織から「完全に治ってから」戻るようにという対応をされると事実上、当事者の行き場がなく、宙ぶらりんになる。
休むことに専念してきて、次の段階としては、徐々に日常の負荷の中に戻っていかなくてはいけないが、その場を自身や家庭、プライベートで用意することは難しい。

そのような現場が今どき実際にあり、それが行政などの指導を元にしているとはちょっと信じられなかったので調べてみた。

現時点の結論としては、たまたまその企業組織のリハビリに関しての考えや計画の解釈が誤っているのだと推測する。

今後も情報を取っていくが、このエントリでは最初に得た情報が生まれた経緯の推測だけ書いておく。

■厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(平成21年改訂)を読む

厚生労働省は「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」というものを平成16年に出し、平成21年3月に改訂している。

厚生労働省:「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」の改訂について

www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei28/dl/01.pdf
(別添PDFへのリンク)

比較はしていないが、うつというものへの理解が進んだことと社会などからの要望として、リハビリ・復帰に関してより細かに記述されるようになっているのではないかと思う。

その内容のうち「6−(2)職場復帰可否の判断基準」の部分の解釈の違いが「以前と同じように働けるようになってから復帰してくれ」という判断や指示につながっているのかもしれない。
その部分を引用する。

 職場復帰可否について定型的な判断基準を示すことは困難であり、個々のケースに応じて総合的な判断を行わなければならない。労働者の業務遂行能力が職場復帰時には未だ病前のレベルまでは完全に改善していないことも考慮した上で、職場の受け入れ制度や態勢と組み合わせながら判断する。
 職場復帰判断基準の例として、労働者が職場復帰に対して十分な意欲を示し、通勤時間帯に一人で安全に通勤ができること、会社が設定している勤務日に勤務時間の就労が継続して可能であること、業務に必要な作業(読書、コンピュータ作業、軽度の運動等)をこなすことができること、作業等による疲労が翌日までに十分回復していること等の他、適切な睡眠覚醒リズムが整っていること、昼間の眠気がないこと、業務遂行に必要な注意力・集中力が回復していること等が挙げられよう。

- 「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き 」(平成21年3月改訂より)

1文めはしごく妥当なことが書いてある。
リハビリの判断基準に画一的なものはない、といううつやメンタルヘルスに携わる人間から見れば当たり前のこと、そして企業等の人事や労務担当も現場として理解し動くときの前提である。

しかし2文めをそれ単独で読んでしまうと、あたかも羅列した項目の内容が必須の条件のように見えてしまう危険がある。
「例として」と断ってはいるが、一つ一つはまさに「健康な時と同じレベルのパフォーマンス」が記されている。
これを復帰の条件としたならば、その「健康な時と同じレベルのパフォーマンス」を復帰の1日目から要求されることになる。
事実上、社会の中でのリハビリが不可能になる。
かと言って、現実にリハビリのための施設や仕組み、補償を社会や行政が用意しているということもない。
先に書いたように、それを個人が準備することもとても難しい。

2文めの意味として、「例」なのだし、「個々のケースに応じて総合的な判断」することを推奨しているのだから、「会社が設定している勤務日に勤務時間の就労が継続して可能であること」であれば、「会社と連絡をとり合って1日1〜2時間の勤務から開始する」でも良いだろう。
また、「昼間の眠気がないこと」というのは「眠気が直接業務に強くは影響しないような勤務環境を整える」ことで許容できるかもしれない。

文章を文脈に沿ってきちんと読み、解釈すればそういうことになる。
なにしろ先に書いてある内容のほうが主たるものであるのが文章のルールだ。
続く文は書いてあるとおり、例または例外についての記述と理解するのが適切だろう。

■まとめ

政府行政はうつ等のリハビリについて、企業等が当事者に「治ってから復帰するように」という対応や調整をすることを指導してはいない。

■付記

今後も関連情報に関心を持って集めていく。

2011-11-25 12:00

(関連URL 追記 2011-11-27 04:00)

安全衛生情報センター : 改訂版「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」の送付について

Return 改訂・心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き : 手引・冊子・パンフレット|事業者、上司・同僚の方へ|こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト(自殺対策を含む)(PDF)

心理臨床現場で使うツールの費用対効果を意識する

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うつのリハビリ期に職場に復帰するとき上司や同僚数名にカウンセラーと本人がサポートや理解をお願いするバスケット法や、ディブリーフィングのような惨事後のグループミーティングは、効果が高いという理解はありますが、実際にそれをマネジメントするとなると躊躇するかもしれません。

うつからの復職リハビリ支援とバスケット法の考え方 | deathhacks

個別カウンセリングとグループミーティングの関係性 | deathhacks

これは、バスケット法やグループミーティングなどのツールを学びトレーニングすること、そして使うことの費用対効果を無意識に計算しているからでしょう。
人は日常から無意識に費用対効果、つまりコストパフォーマンスを考えながら行動しているのです。
それは何か高価なものを買うときや、就職や結婚などの重大な決断をするときなどでなければあまり意識されることはありません。

しかし、何かを学んで身につけようとするときなどはその価値を吟味しています。
時間やお金をかけたのにその講演や学校の授業などがつまらなかったり、理解できなかったり、現実の場で役に立たなそうだと感じるとたいていの人は腹が立ったり、不満を感じたりするでしょう。
これは、自分が支払ったエネルギーなどの価値と得たものの価値が釣り合っていないと思っているということです。

バスケット法やグループミーティングについて言えば、「かなり時間をかけて練習してもうまくできる自信が簡単には得られない」という感触がまず大きい。
そして、実際に現場でこれらを使うとすると、複数の人間を集めて彼らをある程度の時間、拘束するというコストも負担を感じる原因になります。
結果として、頭の理解としてはツールの価値は高くても、相対的にコストパフォーマンスが低くなるということになります。

これにより、結局は現場で、リハビリ期支援であれば複数人の同僚を集めるのではなく直接の上司一人だけに説明をしてお願いをしようとか、とりあえずクライアントが職場に戻ってみてその結果や印象を聞いて対応していこうという「カウンセラーにとっての」安全策を採りがちです。
グループミーティングについても、会合をうまく回せる自信がないから個別に会って通常の相談やカウンセリングをしようという「慣れた、結果の読みやすい」方向に流れやすくなります。
ツールは現場で使ってみなくては結局のところその効果や成果は絶対に確認できないはずなのですが。

この心理的なブロックを外すためには、費用対効果(コストパフォーマンス)に関係する要素を意識的に変えなくてはいけません。

一つにはツールについてより学ぶことです。
ツールの価値が高いことに確信が持てれば、それに時間やエネルギーを割いたり、クライアント、そして周囲の人を自信を持って巻き込むことができる可能性が高くなります。
しかし、これは上記したように事前の机上学習だけでは限界が早く来てぶっつけ本番やOJTに期待することになります。

もう一つは、できるだけ現場でツールを使うときのコストを低くすることです。
一番現実的にコントロールできるコストは時間です。
集団を巻き込むツールで一番意識するべきものは、初心者であればあるほど、まず結果ではなく時間です。
いくら効果が高くても単発のミーティングでは限界があります。
一方、時間を長く拘束されればされるほど、参加者やクライアントの疲労は増え、お得感はなくなります。
時間のコントロールについては、もちろん現場での不測事態対処や臨機応変が必要ですが、段取りなどで補うことができます。

カウンセリングや惨事後のミーティング、リハビリ期のサポートなど、その効果やコストは数字で簡単に表したり分析したりすることはできませんし、その必要はありません。
しかし、ツールやそれを扱う自分の負担感なを分析し、その費用対効果を客観的にとらえることは、力を注ぐべきタイミングや部分をあぶり出すことにつながりますし、スーパーバイズや助言を受けるのにも有効な考え方です。

2011-11-16 11:00

人間はなかなか死なない

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うつのリハビリでは、ちょうど良い負荷にコントロールしながら、体力や感覚、社会での生活力を回復していくのが本当に難しいものです。
運命的な要素や社会や組織の規範がどうしても個人の事情に合せてゆずることができない場合も多々あります。

それ以外は、カウンセラーや周囲の支援者、医療関係者などから見て、無謀に思えるリハビリプランをクライアントが選ぶという場合もあります。
時期の早すぎる復帰やリハビリの始めから飛ばしすぎてしまうような状況です。

それでも必ずしもそのリハビリが失敗する(と予想できる)かと言うと、そうでもないというのが世の中、人生、メンタルヘルスの面白い(興味深い)ところです。
カウンセラーから見て「絶対失敗する」と思い、クライアントに助言をし、それでも「どうしてもこのやり方でやってみたい」と気持ちが変わらなかった場合でも、やってみたら意外に大丈夫だった、ということは良く経験します。

人間は強くて、弱い。
それに、世の中や社会で何が起こり、どのように人に影響を与えるかというのは分からないものです。

一寸先は闇。
しかし、その闇というのは単に悪い結果を思わせる暗さではなく、良いか悪いかが分からない、というだけの暗さです。

個人的に持っている感覚、価値観にも合っています。

“人間は殺そうと思ってもなかなか死なない。かつ、生かそうと思っても簡単に死ぬし、止められない(こともある)”

2011-02-27 08:00

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