相手が年末年始をどう過ごすのかをなぜ質問するのか

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この時期(2012年12月下旬)「年末はどうするんですか?」という質問をよく耳にするし、尋ねられる。

単純に他人の動きに興味がある。
自分の過ごし方を話すための枕として。
帰省することの楽しさや困難さなどを共有したいという心理から。
あるいは、まったく社交辞令として。

どうして聞くのかとか、どう答えるのかとか、そのあとの会話の展開なんか考えると、興味深く、緊張する。

2012-12-30 12:00

急な質問にはすぐに答えないように

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落ち着きと胆力が要求される。

もしも自分に落ち度があるような気になっても冷静にゆっくりと考える。

こうした質問はたいてい、背景や聞き方があいまいだ。
それにまんまと乗って、慌てて答えたり、非難されているのかもと心配して無理に否定したりしても、あとで自分にモヤモヤ・後悔が残る。

2012-11-01 10:00

メッセージコントロールと傾聴を折衷するためには

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24時間アンテナを立てて勉強していると、そのときどきに考えていることや迷ったことに関する投げかけやヒント、反駁を、ちょうどそのときに読んでいる本などから得られることが結構ある。
シンクロニシティと考えても別にいいのだが、おそらく確率的な問題だろう。
それだけ色々なチャンスが偶然の中にあるというだけのことだ。

カウンセリングでのメッセージコントロールについて、トレーニングしたり、その本質を考えてみたりしている。
クライアントが話すことや質問への対処などは、その見せ場の一つになる。

話を、まとめ、要約し、確認し、ときに質問を率直にする。
メッセージコントロールでは、打てば響くような対応やノリを、タイミングよくポンポンと出していくことによって、即効的にクライアントの味方になろうとする。

ところが、ある意見ではそれとは逆のように感じることが語られていたりする。

 しかし、ここでもっとも大切なのは、「的確に内容を伝え返す」ことではありません。カウンセラーが、どのような雰囲気、どのような話し方でそれを伝え返していくかです。

– はじめてのカウンセリング入門 下 ほんものの傾聴を学ぶ、諸富祥彦、誠信書房、2010、p.105

また、質問への対応についての記述はこうだ。

 クライアントが発する質問の多く、特に、迫るような真剣なまなざしで発せられる質問の多くは、質問というよりも、「もう自分ではどうしていいか、わからない。誰かに答えを与えて欲しい」という、すがるような「気持ちの表現」であることが多いものです。その気持ちを受け止めずに、正面から「解答」を与えてしまうと、クライアントさんの「すがるような気持ち」は、まさに「置いてけぼり」をくってしまいます。

– はじめてのカウンセリング入門 下 ほんものの傾聴を学ぶ、諸富祥彦、誠信書房、2010、p.122

この辺りは、当然本であっても、現場であっても、前後の文脈や議論の流れがあるのだが、さっと答えてもいい質問、さっと答えた方がいい質問、答えないほうが良いくらいの質問などを判断するのには、メッセージコントロールでもただそれをテクニックとして理解しているレベルでは、食い違いに混乱してしまいかねないような内容になっている。

きっと、答えはシンプルなのだろうし、ゴールは現場で評価するしかないが、理論や意見の比較から、最適解は浮かび上がってくる。

2012-07-26 09:00

(関連リンク)

はじめてのカウンセリング入門(下)―ほんものの傾聴を学ぶ
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「趣味は何ですか?」よりもいい質問をしたい

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知り合った相手のことをより深く知るために「ご趣味は何ですか?」と訊いたり訊かれたりすることがある。
しかし、この質問では、たまたまばっちりと趣味が近かったり同じだったりしない限り、話がうまく盛り上がって広がることは少ない気がする。

それよりも「好きな本は何ですか?」とか「最近にどんな本を読みましたか?」とかいう質問をしたらどうだろうか。
(「本」は「映画」や「テレビ番組」「タレント」なんかでもいいと思う)
昔から、「その人を知りたいと思うならば、その人間の本棚を見よ」とか「〜の友人を見よ」と言う。
相手を直接に見るのも良いが、生まれてから死ぬまで絶対的に社会的な生き物であり続ける「人間」個人を定義するのに、その周囲を観察するほうが有効なことは多い。

同じように考えると、他にもいくつか質問が浮かぶ。

  • 「次の休日には何をして過ごす予定ですか?」
  • 「お手本にしている人(尊敬する人)は誰ですか?」
  • 「今欲しいものには何がありますか?」

こうした「範囲を狭めた」質問をするほうが、相手の人と生りがわかりやすくなるのではないか。
質問のポイントは、クローズドな質問ではないけれどもオープン過ぎるものでもないこと、かもしれない。

うまく質問をすれば、

  • 相手の頭にちょっとした刺激を与えて、本気で考えてもらうことができる
  • 「趣味」を訊くだけだと、テーマが広すぎて回答しにくい。または、「取り繕った」ような無難な答えになってしまいやすい

ただし、注意をしないと次のようなデメリットやリスクもあるだろう。

  • ちょっと攻撃的な印象を与えてしまうかもしれない(「ややこしい質問をしてくる人だな…」と思われたり)
  • 質問した側の、(それこそ)趣味や考えが入り込んでしまう(相手や状況によっては、会話のテーマ誘導は好ましくないことがある)

単なる日常会話・社交会話に思えるものでも、色々と考えてみると面白い。

2012-05-06 08:00

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相手よりもややフォーマルな服装で

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先日、まったくの初級者に、カウンセリングとまではいかなくても、職務上ものとはまた違った、悩みや相談を拾い上げるような面談をトレーニングする機会があった。

仕事上、あるいは人生の上での経験は多くあっても、悩んでいる人の話を聞くということになると、皆急に不安が大きくなる。

そういった状態だから、本当に基本的な部分についての素朴な疑問や質問が出てくる。

「カウンセラー(聞き手)はどういう服装をするのが良いでしょうか?」という質問があったが、その時点では「ケースバイケースですね」とか「TPOに合わせて」というような、一番つまらない、間違ってはいないが役にも立ちにくい回答しかできなかった。

その後、思い巡らせ、またまたセレンディピティ的に、再読していた本からそのものズバリのアイデアを見つけた。

本はガー・レイノルズ氏の「裸のプレゼンター」だ。

「服装に配慮する」(※ページ数は後ほど確認して追記する)の項より。

回答としては「クライアントに対応するときの服装は、クライアントよりもややフォーマルなものが良い」だ。
(あなたの立場がカウンセラーでもプレゼンターでも)

そのポイントは3つあった。

プロフェッショナルな印象を与える

服装や見た目はその場への準備であり、そこからクライアントや聴衆への敬意を表すことができる。
大臣が天皇陛下から任命されるのに正装をするようなものだ。

もちろん様々なメッセージコントロールや言葉、人柄、人格、実力などでも同じことを表現することはできる。
しかし、一目で相手の期待に沿うためにはビジュアルの利用が不可欠だ。

聴衆から浮いてしまわないように気をつける

かと言って、常に正装、ないしカッチリと隙のない服装をするのがベストというわけではない。
カジュアルなドレスコードが「正しい」場もある。

工事現場や肉体労働の場、災害や事故の現場などに、相手がフォーマル過ぎる服装で現れたら、どうしても心理的な距離が生じるかもしれない。

少々ドレスダウンすることはいつでも可能

スーツ姿からでも、ジャケットを脱ぐ、ネクタイを外す、腕まくりをする、などのようにくだけた演出をしていくことはできる。
ただし、逆にTシャツやハーフパンツ、サンダル履きなどの状態から、ドレスアップするのは難しい。

まとめ

初級者に対してではなくても、質問にはできるだけ具体的に答えるのが良い。
無難な回答はリスクが少ないように見えるが、プロフェッショナルに期待されるものがそれかどうかはわからない。
「話を誠実に聞こうとする場面では、相手よりもややフォーマルな服装を心がける」というように、狭い範囲の答えを自信を持って出してよい。

2012-04-24 08:00

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裸のプレゼンター
裸のプレゼンター

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スマイルポーカーフェイス

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こころの動揺を意識的、あるいは無意識に隠して、柔和な表情を保ちながら対応、コミュニケーションをすることを「スマイルポーカーフェイス」と呼ぶことにしよう。
以前はそこここで、日本人の「アルカイック・スマイル」がやり玉にあげられてきたが、似たようなものだ。

アルカイック・スマイル – Google検索

一方、「ポーカーフェイス」は、手札の強弱や駆け引きを相手に読まれないように無表情を決めこむのを基本とした「メッセージを出さない」「読まれない」ためのコミュニケーション技術で、ポーカーゲーム以外の場面でもよく使われる言葉だ。

ポーカーフェイス – Google検索

スマイルポーカーフェイスだが、質疑応答の場面で、演者や講師が「やってしまう」ことが多い。
もちろんほとんどの場合、悪意はない。
それどころか、質問者に対して、できるだけ好意的であろうとしての表情・メッセージコントロールなのだろう。

しかし、実際には質問の発言をしている間、演者などがうまくうなずきながらであっても、ずっと同じような微笑みをしていると、内容をきちんと受容しているというよりは、「私はあなたの疑問を全部わかっていますよ」「その質問は予想していたし、実は織り込み済みですよ」というメッセージが強くなりすぎることがある。
例え内心では、動揺していたり、適切な応答を必死に考え巡らせていたとしてもだ。

そう考えると、質疑応答のときの、受け手(演者、講師)が出すべきメッセージは「疑問・保留」や「(説明などの不備・不足を謝る)共感(的なもの)」などが適当なのかもしれない。
もちろん、今後色々な状況を考えてみなければいけないとは思う。

要は、今どきの講演や研修であれば、すべての質問に対して余裕で完璧な対応をしなくても良いのではないか、ということだ。
とりあえず、難しい質問には眉根を曇らせてもいい、痛いところを突かれたときには苦笑する、新たな視点がもらえたときには驚き、そして感謝する。
そういった、ある意味人間性というか、「発信者のすべて」をそのままさらけ出してしまうようなコミュニケーションが有効ではないだろうか。
特に、カウンセリングやメンタルヘルスをテーマにした場面では。

2012-04-18 08:00

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命令よりも質問を疑え

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命令や指示では、人は動かない。動かせない。
強い人間関係や愛情、金銭などを介した契約などがあれば別だが、その場合でも本心から他人の言動が変わったり、最高のパフォーマンスを引き出してそれを継続させることにはつながらない。

ではどうすればいいか。
質問をすることだ。

何かをさせるためには、そのものを取り上げて「何々をしなさい」ではダメで、「これこれこういう結果が必要なんだけどどうしたらいいと思う?」と投げかけるといい。
自発的に思考して出てきた発想には強烈なパワーがある。
例えその人自身がやりたくないこと、望んでいない行動であっても、抵抗することは難しい。
その方向を無視することは、それを考えついた自分を否定しかねないから、合理的な代わりの方針を見つけない限り、自己矛盾が生じて苦しさを感じてしまう。

これはつまり、教育効果を上げるため、知識を単純に注入するだけでは得られない成果を出すためのコツだ。
ただし、質問者(教育者)の意図とはかけ離れた方向に思考が進んでしまう可能性もある。
前提にする結果の大筋がぶれないなら問題はないが。

最近のWebでも「ブラックな企業は『これをしろ』とは言わないで、『なぜできないの?』と質問責めをしてできない理由をどんどん消してしまって従業員を操るんだ」というような話を読んだ。
これなども似たようなことだ。

他人に質問をされたときには気をつけよう。
指示をされたように感じない、命令されてはいないと思っていても、実は思考や行動をコントロールされている場合があるからだ。
世の中は意外と、質問を理詰めにされると、取るべき行動や決心の幅は狭くなる。
そんなときは、やみくもに質問に答えようとするのではなく、質問の前提は何か、質問の意図は何か、質問は適切かどうかを抜け目なく考えるべきだ。

2012-04-04 08:00

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公開や集合の場での質問はコワイ

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質問している本人は、「疑問に思っても当然のこと」を質問したつもり、あるいは相手の隙やミスを突いてやり込めたと思っていたとしても、周りの皆はその場で、質問する方とされる方の両者を同時に見ている。

質疑応答というシチュエーションでは、質問される人の実力がわかるのはもちろんだが、質問をした人間の能力や心理、性質までが、たとえ質問者が意識していなくても透けて見えてしまう。

よい質問をしたつもりでも、聞いている他の人たちは案外、「時間が無駄になった」とか「あんな重箱の隅をつつくようなことをしても誰も得をしないのに」と感じているかもしれない。

2012-03-05 10:00

(「質問」というキーワードがタイトルに入っている過去のエントリ)

質問は一度に一つがルール | deathhacks

世の中、質問に答えていないことがよくある | deathhacks

質問もアドバイスもするカウンセリング | deathhacks

クライアントの質問の背景と興味を考えて対応する | deathhacks

小グループ内で出た質問を共有しよう | deathhacks

質問には短くズバッと答える | deathhacks

オープン・クエスチョンは、あいまいな質問とは違う | deathhacks

質問がないのは聴き手の所為ではないよ | deathhacks

それは質問ではありませんでした | deathhacks

キアヌ・リーブスは質問に答えない | deathhacks

「カウンセリングとは何ですか?」と聞かれたらこう答える

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カウンセリングを扱うのであれば、誰かに「カウンセリングっていうのは何がどうなって“効く”のですか?」「カウンセリングって結局“何”ですか?」と質問されたら答えられなくてはいけない。
初心者、初級者を除いて。

私なら今、「カウンセリングとは言語的または非言語的な手段を使って、他人を支援し、行動の変容を図る人間関係のことです」と答える。
何のことはない國分康孝氏の受け売り、パクリだ。
言葉としては。

この文章の意味や背景、カウンセリングの説明で、30分や1時間は話すこと、話せることがある。
長く話せば良いというものではないが、色々と考えていること、思うところがある。
あとは、それが他人の腑に落ちるか、普遍的な要素がどれだけ含まれるかが鍵になる。

私が挙げた(國分氏の文の)定義の前半「言語的または非言語的な手段を使って」という部分はこのブログでも何度か取り上げた「メッセージコントロール」に当たる。

古典>近・現代>最新(メッセージコントロール)《カウンセリングの変遷》 | deathhacks

はじめはメッセージコントロールだけで十分 | deathhacks

メッセージコントロールが革命的である理屈 | deathhacks

それと、閉ざされていたり、限定的な時間や空間、条件などにも縛られないという風に解釈している。
要は何を使ってもいいということだ。
極論をすれば「手段は選ばない」、と言うか「手段はそれほど重要ではない」
非社会的なもの、非倫理的なものなどを除いては。

隙間産業的なカウンセラーを目指す | deathhacks

後半の「行動の変容を図る人間関係」について。

「行動の変容を図る」という部分については、國分氏の著書での説明が実に腑に落ちる。
カウンセリングによってクライアントの思考や世界の見え方が変われば、今までと違う行動ができるようになる。
また、周りからは「あいつはまったく変わらない」という風に見えたとしても、本人の内面が変われば同じ環境、同じ出来事に対しても、我慢ができたり、別の考え方をして人生を乗り越えていける。
そんな感じの説明だったと思うが、詳しくは本をみて欲しい。

カウンセリングの技法
カウンセリングの技法

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「人間関係」については以前に述べた私の考えのエントリにリンクしておく。

はじめはメッセージコントロールだけで十分 | deathhacks

好かれればカウンセリングはうまくいく | deathhacks

カウンセリングの中で出てくる言葉のやり取りだけに注目しているならば、なぜ同じことを言っても感じ方や結果が違うのかがうまく理解できない。
意識して再現性を高めることができなくては、カウンセリングの科学性や学問性を肯定することができない。
そういう状態では、自分が良いカウンセラーになることはできても、他人にカウンセリングを上手に教えたり、継承して再生産していくことができない人だということになる。

誰がどの立場から言うかによって言葉の意味やメッセージはガラリと変わる | deathhacks

カウンセリングは「何を言うか」でなく「誰が言うか」 | deathhacks

どうも前にも書いていることを繰り返してテーマにしているが、まだまだ理解と説明の熟成が不足しているから、何度でも考え続けている。

2012-02-29 07:00

質問は一度に一つがルール

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学問の場での質疑応答はしつけが出る。
質問するときに2つも3つも一度にしたり、自分の説をとうとうと述べ始める人がいて閉口する。

フォーマルな場面か、カジュアルな場かにもよる。
質問する人に権威や実力があるのならば、そしてそこにいる人の多くがそれを認めて望むのならば、演者などと意見を行き来させてもいいが、普通の人はやってはダメ。
パネルディスカッションじゃぁ、ないんだから。

2011-10-01 09:00