自由=幸せ、ではないことを理解してないとやっかいだ

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自由というのは辛いものだ。
一から十まで自分で判断して選んで行動するというのはすごく大変で時間もエネルギーも食う。
そして当然、その結果、全責任を取り、反省したりする必要もある。

仕事にしても、食事で何をどのレストランで食べるにしても、恋愛でも結婚でも、どこへ行って何をして遊ぶにしても、完全に自由だと言われたらかえって決められなくなる。
自由度が高すぎるRPG(ロールプレイングゲーム)はマニア受けはするがマスには受け入れられないことが多く、それと同じだ。

適度な制約があった方が人間は気持ちも身体も人生も楽になれる。
不自由を嘆きながらも、不自由に感謝しつつ、その中での工夫をしていくのが良い。

2012-12-25 08:00

「生きる」ことだけが自由。ただし保証なし

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「生まれる」ことと「死ぬ」ことに自由や選択はない。
他人や社会や物理・化学・生物についての法則が決める。

「生きる」ことにしか自由がない。

ただし、「生きる」こと、そしてその自由は保証されているものでもない。
それが権利と認識されたのも最近だ。

もしも生きることがダメになったときに文句を言ってもそれでは済まない。
保険や保障をもらえば回復できるかと言えばそうではない。

2012-08-28 08:00

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管理されなくてはならないゲーム

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「ゲーム」は正しく管理されなくては長期的には成立しなくなる。
ここで「ゲーム」と呼ぶのは、アクションに対して何らかのリアクションが返ってくるシステムであり、そのルールまたは環境のすべてを人間が決めるか構築したものである。

今書いたことも含め、ゲームの定義としては、

  1. ルールがあること
  2. ルールが守られること
  3. 「成功」が存在し、それを達成する可能性が十分にあること

3番目については、人間が本能的に欲する「驚き」や「期待」の要素を含む必要があるということだ。
「ワクワク」が要るといってもいい。

プレイヤーに、どうせ成功する、というイージーな感覚を持たせてもいけないし、どうせ失敗する、と諦めさせてもいけない。
この感覚とそのバランスを取ることは、ときにゲームの成功報酬が豪華だったり高価だったりすることよりも重要である。

そして報酬、あるいは結果は素早いタイミングでプレイヤーに返される必要もある。
これは、ゲーム世界に関して、プレイヤーが関与できるようなアクションが用意されていることが前提だ。
少なくとも、アクションを「スタート」させるボタンのようなものが1つあればよい。
(パチンコ、パチスロなんかはそんな感じか)

結局世に数多くのゲームはあれど、その要素や成立するための条件、管理するためのポイントは同じになる。
テレビゲームであれ、Nintendoであれ、リアルorアンリアルの人生ゲームであれ。

2012-07-25 05:00

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次の変化・混乱・実践の時代でサバイバルするための準備運動

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神田昌典氏の「2022―これから10年、活躍できる人の条件」を読んだ。

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この本に書いてあるようなことに、そのまま賛成するにも、反論するにも、自分には現状難しいし時間がかかる。
だが、大局的に物事、時代や世界の流れを見つめ直してみるという行為は興味深い。

例えば、私の浅い知識と理解でみてもやはり、「時代」というものは似たような内容を大きな波として繰り返しているように思える。
その視点は二極論だが、「安定・情報統制」と「変化・既存のものが役に立たない実力と実践の世界」の二者だ。
静でなければ動、動でなければ静、という0か1かの考え方だから当たり前なのだが、この2つの性質を主にした時代が繰り返されている。

  • 原始時代、古代 → 生きるか死ぬか、生死が隣り合わせ、弱肉強食
  • 王家、公家の時代 → 根拠のない(それ自体は悪ではない)伝統的支配、階級の固定、集団・種としては繁栄
  • 戦国、戦乱、戦争の時代 → チャンスとリスク両者が豊富な世界、実力や実践が重視される
  • 工業・商業・政治の時代 → 生活・地位・国家間関係などが安定、全体として見れば豊かであるが変化やチャンスに乏しい、保守的・守備的

次には、どんな時代 or 世界が来るだろうか。

  • 2012年 〜 2022年 〜 → ?

それは、来るか来ないか、という話ではなく、いつ来るか、そのときに自分はどう行動しどう生きるかという思考を強制的に迫られる環境だ。
次の大災害についてと同じように。

2012-05-22 07:00

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やるべきこと、やりたいこと、やれること

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前の職場に異動してあいさつをするときに「自分にとっての、《やるべきこと》と《やりたいこと》が一致して、さらにそれが《やれること》だったら嬉しい」ということをしゃべった。
見方によっては不遜なことを言っていたかもしれないが、そのときの自分の任務が割りに特殊であったり、独立的に進められる部分が多い業務だったりしたのでまあ許されるだろう。

読んでいた本の中に、似たようなこと、以前のこのあいさつエピソードを思い出させるような文章が偶々あったのだった。

そりゃあ、「やるべきこと=やりたいこと=やれること」という状態は理想的だろう。
しかし、「理想的=現実には無理」と考えてしまうのも悲しい、というか楽しくワクワクできない。

どうも、こうした「いかに生きていくべきか」というようなことを考えるといくつか決まって思いつく、思い至るものがある。

一つには村上春樹の「ノルウェイの森」に出てくる主人公の先輩「永沢さん」のセリフだ。
「やりたいことではなく、やるべきことをやるのが紳士だ」とかいうものだったと思う。

もう一つは、自分が自身に問いかける「今この瞬間に死んでしまうとして悔しかったり悔やんだりするだろうか?」という命題だ。
これはブログにも書いたことがある。

今死んでも大丈夫 | deathhacks

論理的に考えることは大事だが、今回書いたようなフィーリングとしか言いようのないものも同じくらい大切なものだと思っている。

2012-05-11 07:00

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悩みがなんでも生育歴のせい、なんてこたぁないJK

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ある集団や特定のカウンセラーが担当するクライアントの「主訴」や「テーマ」に、生育した環境や幼少時の大きな出来事と関係することが多かったとしよう。
果たしてそれは、本当にクライアントの傾向だろうか。

私はそこに、サービス提供側、セラピスト側の主観や恣意性が入りすぎていることを必ず疑うべきだと思う。

生育歴や思春期のトラウマ体験などが、その人間の性格や人生観などに与える影響は確かに少なくないだろう。
しかし、一歩間違うと、どんな悩みであっても「生まれのせい」「過去のトラウマが悪いのだ」と安易に片付けることになってしまう。

カウンセラーにとっては、なんとなく「これ以上は何も支援できそうにない」とか「やっかいで根が深い悩みだからじっくり付き合っていくしかない」とかいうように無駄に話を難しくしてしまうことになる。

クライアントに対しては、「ああ、自分の問題はちょっとやそっとでは楽になれない種類のものなのだ」と重荷を背負わせてしまう。

世の中、確かに、人生を捻じ曲げてしまったり、容易に「普通の」生き方ができなくなってしまう出来事や体験というものはある。
しかし、それらを皆がみな、完璧に乗り越えることを人生最大の目標のようにぶち上げることは適当ではない。

同じような不幸や問題を抱えていても、うまく折り合いをつけて、プレッシャーなどをかわしながらなんとか生きていっている人も存在はする。

悩みなどの原因をすべて、運命的なもの、精神の深くに根ざしたものと考えることは、「美味しいラーメンを食べたいからといって、今の仕事を辞め、全国食べ歩き行脚や最高の素材探しに何年もかけ、究極の一杯を作ることに一生を捧げる」というような過剰を感じてしまう。
それが絶対にダメだというのではない。
一律にそうした高コストの道に、プロフェッショナルが自分のクライアントすべてを、知らぬ間に導いてしまってはいないかという警鐘を鳴らしたいのだ。

さらっと短時間で、そこそこの味のラーメンを自分で作るなり、近所の何店舗かからその日に応じて選んだりして、とりあえず腹を満たしてから、あらためて自分の人生の主題をどうしようかと考えてみる方が良いバランス感覚である気がする。

2012-05-02 10:00

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生活や睡眠で気をつけていること

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最近数年で変化させ改善したこともいくつかある。

早起き

基本はこれだろう。
今でだいたい5時半起き。
本当はもっと早く起きたいし、できなくはないのだが、起きてからやることに向けるモチベーションがコントロールできていない。
仕事前にカフェなどで朝食を食べ、自主的な一人勉強会をやるにしても、店が始まるのが7時からというのが多くて、それに合わせて起床しようとするとそんなに早く起きてもしょうがない、と思えてしまうのがいけない。
24時間営業のファミレスを朝勉強の場にうまく設定できれば、一日の活動時間をもう1時間か2時間前にずらしてもいい。
以前の就職時には5時から7時くらいに、不定期、非定時にきままに勉強したり読書したりしていた。

勉強会のススメ(4) – 今やる勉強会について | deathhacks

テレビを持たない

テレビを見るのは数年前に卒業した。
インターネットやTwitterなどで重要なニュースもカバーできる。
映像的な娯楽としてはその分、映画館に出向く。
DVDだけでなく、オンラインソフトやオンデマンドサービスも増えてきた。

新聞も読まない。とっていない。
サービスで読める機会があってもかえって避けるようにしているくらい。

2012-04-06 08:00

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I CAN’T DEFINE MYSELF, TOO

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私がカウンセリングや心理、惨事反応などを学んだり、トレーニングしたりするのは、自分のため、自分をよりもっと知るためだ。

誰のためにメンタルヘルスの勉強をするのか | deathhacks

ただし、そう公言していても、やはりどこかに罪障感を持っている。
「困っている人を支援したい」とか「自分が助けられた経験があるので今度は別の方を助けたい」とか言っている人たちを目の前にするとなおさらだ。

しかし、持っている既読本をPDF化する作業の中で、國分康孝さんの本をパラパラとめくり返していたら、こうした自分のもやもやを解消できるかもしれないヒントをもらった。
(実は國分氏の本からは何回もこういった発見をしている。一度めに読んで感じなかったことを再読して感激したり。疑問に思っていたことを既に解決していて参考になったりなど)

國分氏が留学したときに、教授からその目的を聞かれた氏が、「 I can’t define myself 」と答えたそうだ。
「自分を定義できない(自分が何者かわからない)」とかいう感じだろうか。
その時点で、國分氏は、自分がカウンセラーなのか臨床家なのか、研究者なのか教育者なのかなど、立ち位置に迷いのようなものがあったらしい。
留学の中で、その一点だけでもクリアになれば幸いだろうと考えていた。
この目標、目的はシンプルだが、重要で、壮大なものだったと思える。

自分なんかがこのエピソードになぞらえるのは不遜かもしれないが、今の自分にもこの「自分がわからない。だから知りたい」という感覚がずっとあり、だからこそ今の生活や活動がある。

2012-04-02 08:00

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年配、年上というだけの人からの人生アドバイスは役に立たない

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生き方に迷ったり、不安になったときに、経験者の助言というのはありがたいものだ。
しかし、それが実際に役に立つかどうかは当然未知数だ。
人生経験が少ない人間が頭を絞って考えたアイデアも、年寄りが持ち合わせた豊富な経験則から導き出したプランも、本質的に差はない。

歳を重ねた人間が、自分の半生を振り返ったときに、その中に教訓を見出すことは確かにできる。
重要な転機になった出来事や決心を見つけることができる。
進まなかったり、選ばなかったことにより、失敗を避け、破滅をまぬがれた岐路や転換点を思い返すことができる。

しかし、それらは錯覚である可能性が高い。
少なくとも、これからを生きていくために応用・適用することができない。

ある人が人生を回想したときに、様々な決心や選択をした場面でも、どこまでその時点から見た未来を予測していたか。
そして、その予測は当たっていたか。

どんな勉強をするか、部活動は何をやる、大学はどこにいく、何という会社に入り誰と結婚する、どんな習慣を身につける、本は何を読んだ、などなど。
過去にした選択が「今」の自分につながっていることを予測できていたという人は少ないのではないか。

人生のすべて、あるいはほとんどを、予想して計画通りに理詰めに選択して今があるとは言えないのではないか。

そうした人たちが、思い込んでいる因果関係を「経験」と称して、後輩や若輩らに「こうすればうまくいく」「これは今のうちにやっておいた方がいい」と指導したとしても、それが100%信用できるとは思えない。

それらの助言や過去の現実から、真理や普遍性を見つけようとすることは大切だが、自分自身が何に依るのかは自分で決め責任を取らなくてはいけない。
当たり前のこととして、過去は未来ではないし、すべての未来が過去に従うわけではない。

他人のものでも自分のものでも過去を疑わなくてはいけない。
過去そのものではなくても、事実に見える勝手に作り出した可能性のある因果関係に騙されないようにしなくてはいけない。

2012-03-22 08:00

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