うつのリハビリを支援するときに大切なこと3つ

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うつなどのメンタルヘルス不調者が復職するためには多くの人の支援が必要になる。
主治医、産業医、人事担当者、家族、カウンセラー、などなど。

だが、これらの支援者が互いに良く知っているか、良く思っているかと言えば、そうではないことが結構ある。
さらにはうつの当事者も同じで、支援をもらっている、あるいは支援を受けるのが絶対有利なはずなのに、上記した支援者と対立関係に陥っていたりすることも珍しくない。

支援者らが押さえるべき大切なことは3つある。
ゴールを共有すること、客観的データを集めること、そして率直に行動することだ。

ゴールを共有する

支援者、関係者、当事者の間でゴールは驚くほど共有されていない。
「回復すること」というのは当たり前のゴールのようでいて実はあいまいすぎて「共有できない」。

いつまでに、どういった状態になると、皆が喜ばしいのか、を話し合って合意しておかなくてはいけない。
3ヶ月後に、フルタイム働き、一つの書類を完成させる、などのように。

このとき、ゴールを合意したならば、それ以外のことには目をつぶる覚悟が必要だ。
大げさではなく、それがゴールというものであり、合意ということだ。

客観的データを集める

ゴールの設定には、客観的な指標が欠かせない。
これは「数字」以外にはない。
「3ヶ月後」も、「フルタイム=1日8時間」も、「書類の数」も数字だ。

結局数字を介さなければ、利害は一致させられないし、評価もできない。

率直に行動する

本人を含む関係者が率直であることが有効だ。

回復したいと思っているか、回復して働きたいと思っているか、働きたいのは自信のためかお金のためかなど。

率直になり、腹を割るためには、会うしかないし話すしかない。
そして時間をとにかくかけるしかない。
つまり皆がそのコストを計算しなくてはいけない。

まとめ

これら3つの大切なことは、見落としていることが多いものもあれば、到底無理だと思えるものもあるかもしれない。
もしも、そういった気がしてもこれらを揃える方向に進むこと自体が有効であり、復職や復帰を助けるだろう。

2012-09-24 07:00

図書館通勤と復職の隔たり

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うつの休養・休職からの復帰で、段階的な回復の確認と慣らしを兼ねて、「図書館通勤」が奨められることがよくある。
図書館に限らないが、自宅などでのほぼ完全な休養から、会社への復職の前段階として、どこか環境的・地理的な中間地点を見繕い、数日から2、3週間そこへ「通勤」し過ごしてみる。

現場ではとても良い感触が得られていたり、好事例が積み上がっていたりするからなのか、図書館通勤は言葉と仕組みとしてメジャーになっているようだ。
しかし、こうしたリハビリ段階と実際の復職復帰との違いは本人と周囲は理解しておく方が良い。

違いとは、量的でもあるし質的なものでもある。
特にその質的なものに注意する。

職場への復帰は、もしも最低限度の業務からの再始動、さらに自席に座っているだけという条件でも図書館通勤とは比べものにならないほど当人は疲れるだろう。
それはなぜかと言えば、一番の疲労の原因は、仕事そのものから来る肉体的・頭脳的労働に依るのではなく、人間関係によるストレスだからだ。

様々なアンケートや調査でも、仕事の負荷が単独でうつやストレスにはつながっていない。
期待されるレベルに達しないとか、評価されないとか、周りからまったく助けが得られないなど、結局は人間関係を通した精神的負担がストレスの主原因であったり、体調を崩すきっかけとなっていることがほとんどであることは理解されていると思う。
このことはうつからの復帰においても変わるわけではない。

だから、いくら図書館出勤などがうまくいっていたとしても、実際の復職や出勤の段階で、また別次元のように感じられ、ドッと疲れることを知っておくこと。
もちろんこうした警鐘は却って不安を増やすだけであるかもしれないから、個別の対応はそれぞれだ。
適切に本人や、人事、上司などに情報提供するポイントの一つになっている。

2012-09-06 13:00

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うつで、ほんの少しだけ、今よりも楽になることを目標にする

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うつは治るし、長期的な目標はもちろんそこなのだけれども。

短期間、あるいは単回のセッションでの目標やゴールを決めるのはなかなか難しい。

ゴールを決めないとクライアントとカウンセラーの間で血管を共有するできない。
かと言って、突き詰めて、ああでもないこうでもないとやっていると、思考や感情、行動について扱う時間がほとんどなくなってしまう。

カウンセリングなどについての、こうした部分のコストを最小限にするために、ひとつには目標をカウンセラーが決め打ちしてしまうのも良い。
それが「ほんの少し状態や状況を良くする」というものだ。
イメージとしては「-2%(負担の2%減)」だ。

仮に、クライアントの日常で101%の負担が続いていたとして、そのままではいつか負債が限界を超えて潰れてしまうだろう。
101%というのは、放っておいたら回復が望めない状況のうち一番軽いものということになる。

101%から2%負荷を減らすことができれば99%になり、日常の継続の中から負債を戻していくことがギリギリできる水準になる。
だから-2%なのだ。

もちろん負荷が120%だ200%だということもあり得る(あくまでイメージ上の数字として)。
そうであっても-2%ずつ刻むことをお薦めする。
日常や行動を変える、あるいは変わっていくのにはエネルギーが要るし、リバウンドのようなリスクもあるからだ。

-2%ずつ着実に進むのならば、手応えは少なくても失敗の可能性が最小限になる。
うつの人にとって、変化しない負担の多い日常がいつまでも続く感覚は大変苦しいものだが、頑張ったことへの失敗という結果はさらに苦しい記憶となりうる。
この危険はできるだけ避けた方がいいし、わざわざ経験する必要のないものだ。

こうして目標「数値」については、カウンセラーが半ば押し付けてしまい、クライアントに一応了解してもらって、さっさと本題の感情や生活についての話し合いに入ってしまった方がとりあえずはスッキリと進められる。

2012-07-16 13:00

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うつのリハビリには陽のカウンセリングが要る

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うつで落ち込んだ時期、どん底に落ちた状態のクライアントに対しては、休むこと以外のほとんどすべてにうまくブレーキをかける必要がある場合が多い。

焦らない(そのためにはどうする、どう考える)。
アルコールに頼らない(プラス効果とマイナス効果のバランス説明)。
大きなライフイベントや一発逆転的なストレス解消を避ける。
劇的に回復できるような医療や魔法のような助けを求めない。

もちろんこれらを説明するのにはメッセージコントロールをしながら、味方になりつつ、クライアントを主体にして支援していく。

しかし、うつのリハビリ期には、こういった否定や防御的な情報をメインとしたカウンセリングだけではうまくいかなくなる。
せっかくある程度回復してきたクライアントに対して、いつまでも「これをしない方がいい」「ここに注意して気をつけなくてはいけない」といったメッセージのみでは、治っていくイメージを持ってもらえない。
リハビリの状態や時期にもよるが、調子が上がってきた(でも、ここからは長丁場になる)ならば、明るい未来予測を示して勇気づける要素が要るようになってくるのだ。

「頑張れ、頑張れ」
「いいじゃん。それやってみようか」
「あの時期と比べたら回復してきた感じはあるのじゃない?」

クライアントが深く落ち込んだ陰の状態から長く支援したり、悪い時期のクライアントばかりに接してきたカウンセラーは、禁止したり、心配したりするのは得意だが、陽性のアドバイスや鼓舞をすることが結構苦手になってしまっているかもしれない。
だが、「ダメ出しをすること」のダメさも知り、現場の実践に活かさなくていけない。

2012-07-08 08:00

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うつの人は死にたい理由すらも忘れてしまう

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《2007-10-12 FRI 0921》

病気による影響もあって、「忘れんぼさん」になる。

死にたい気持ちだけが残る、エネルギー枯渇という状態だけ、結果だけが残る。

その後に何かいわゆるライフイベントがあったとしたら、
《死にたくなる → そのライフイベントで死にたくなったのだ》と、勘違いしてしまう、勘違いされてし まう。

さらに弱るとライフイベントでなくても単なる「イベント」出来事で死にたいと感じることもあり得る。

(関連エントリ)

うつの人の日常は惨事である | deathhacks

2012-06-29 07:00

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原始時代に「うつ」はなかった

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原始時代にうつはなかった。
心身ともに疲れきった状態での行動に、感情面からブレーキをかけるうつ的なものが長期間存在できなかったからである。
疲労困憊したら自然環境に負けたり獣に襲われたりして即座に命を落としていたから。

痛みや疲れというものは人にとって原則、嫌なもの、ないほうがいいもの、忌み嫌われる感覚だろう。
自分自身がそれで苦しんでいるときには「いったい何処のどいつが、なんだってこんな嫌なものを作りやがったんだ!」とでも言いたくなる。

しかし、こういった「ブレーキ」がないと、生き物は際限なくエネルギーを使ってしまったり、危険を適切に認識して避けたり、対策をしようとしたりはしなくなってしまう。
それでは、個としても集団としても不利になってしまう。
まあ、ここでは人間という種が、必要に応じてその性質を手に入れたのか、それとも元々そうした特徴を持ったグループが残って繁栄したのかとかいう進化論的な話はとりあつかわない。

疲労しきってしまったときに、動かない(動きたくなくなる)とか、動けなくなる、休む、などというのはハイリスク、ハイリターンであり、状況によっては究極の選択と集中だろう。
繰り返しになるが、人間が個としても集団としても、周りから比べれば相対的に弱小である場合には、ちょっと怪我をしたり、疲労したりしただけでも、生存を脅かす危険度は一気に上がり、閾値を越える可能性が高い。
こうした場合に有効な戦略は、慎重な行動などに向かうものではなく、メリハリの効いた、一か八か、一発逆転のものだ。

しかしながら、現代社会では、そこまで極端に変容したり、過剰に防御的になることはかえってマイナスが大きくなる。
これを、ブレーキなどの「誤作動」だと表現することもある。

長命になることによって「がん」という病気の危険や重大さがぐんぐんと上昇していることや、飢えに対抗するためにエネルギーを蓄える能力に秀でていたことが肥満や糖尿病をもたらしていることも基本的には同じ考え方でせつめいできる。

こういった考え方は即、科学的に正しいとか、論理的だとかいうものではないが、基礎的な研究や事実をつないで物事を本当に理解するための物語として重要だ。

2012-05-08 08:00

(関連エントリ)

長生きするようになって日本で癌死が増えた話から考えたこと | deathhacks

(関連書籍)

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裏メッセージとは何か、それをどう避けるか

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裏メッセージというのは、ある人が発した言葉や表した態度などによって、受け手が不快に感じたり、怒りを覚えたり、傷ついたりした場合に結果として判断される言動のことだ。これには、話し手などに「特に何かはっきりと伝えようと思ったことがあったわけではない。何の気なしに出た言葉」という場合もあるし、「まったく(裏メッセージとしてとられたような)そのような意図はなかった。むしろ良かれと思って言った」という場合もある。

いずれにしても両者の認識が異なっていて誤解が生じており、一方(通常はクライアント)が悲しさや腹立たしさというような気持ちになっている状態が生まれることになる。

裏メッセージがなぜ起こるかという背景になるのは「何を言うかではなく、誰が言うか」ということである。

先に書いたように、話し手は相手を傷つけようとか責めようという考えはないことが前提には確かにある。
とは言っても、厳しい指摘や非難、論理的とは言えないような理屈の強要であっても、聞き手が励まされたり、嬉しく思えたり、開き直る原動力になったりすることが世の中には実際ある。

内容ではなく「誰が言うか」が大事だというと、「自分は自分であって人格や立場を自由自在にクライアントに合わせて変えることなんかできない」とか「そもそも自分はそんなに立派な人間ではないから……」と思ってしまう人がいる。
「誰」というのはそれほど難しく、複雑なことは指していない。

話し手(クライアント)の状況や気持ちについて十分に知っているか。
知らないのであれば、まず十分に聞いてみようとしているか。
絶対量として、聞くこと、知ることに時間と労力を使ったか。
当然するべき質問を遠慮や自分の心理的ブロックによって尋ねそびれていないか。
こうしたことがメッセージを出すときの「誰」をクライアントから見て変化させる。

つまり、クライアントの話を聞いたり、状況や情報を教えてもらうことで、数分から数十分の時間の中でもクライアントから見たあなたの印象や立ち位置が変わるのだ。

あるメッセージを出して受け入れられないまでも、裏メッセージになることをなるべく避けるのには、自分の価値観を押し付けないことも重要だ。
いくら十分に相手の情報が頭に入ったとしてもそれが相手の持っている100%のものであるかやすべてが真実あるいは事実であるかはわからないものだ。
それなのに自分個人の考えや思うところの常識を唯一のもののように披露することは聞き手の価値観を否定することにつながり、裏メッセージとなりがちだ。

さらにこの傾向が強く熱心になると、心理カウンセリングなどではカウンセラーがクライアントの感じ方を変えるだとか、我慢するだとか、新しい行動をすることを提案し実行を約束させたり管理したりしようとすることにつながる。
結局、カウンセリングというものの基本原理から言えば、クライアントを変えることなどはできない。
クライアントが変わるようなサポートをしたり、カウンセラーや周囲との関係性にわずかに手を加えることくらいしかできないものだ。

こうして、裏メッセージがどのように生まれ、どうすることがその予防になるのかを色々と考えても実際の現場で決定打となるようなコツはない。
あれやこれやと練習したり、シミュレートしたりしても、裏か否かを決めるのは未だ見ぬ明日会うクライアントだからだ。

うつクライアントへの対応の場面として、一つ言うとすれば「うつクライアントはあらゆるメッセージを裏に取りやすい」ということを様々な形で理解しておかなくてはいけない。
同じ言葉や表情がうつの人にとっては、頭がうまく働かないことや自責、自分の存在価値の揺らぎ、不安などによって裏メッセージになってしまう。

裏メッセージが生まれてしまう原因の2割は説明不足だ。
頭がうまく働かない、誤解が生じやすいということをよくわかった上で、細かく反応や理解を確認したりするのが良い。
別に一度に流れよく話す必要はなく、随時付け足し、補足すればそれでも良い。

また、自責やクライアント自身の自己評価の低さなどを裏メッセージにつなげないためにはすでに述べたように時間と労力を省かずに費やして、十分にクライアントの状況や感じていることを知ることが要る。
これは「味方」になるということだ。
味方になる、ということはカウンセラーが「誰」であるかが変化していることを表してもいる。

2012-01-24 13:00

うつの「自分カミングアウト」は難しい

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うつであることを自分自身で認めることは難しい。

ゲイやレズビアンなどのセクシャルマイノリティやHIV感染、被差別的な出自などでは一般に、他人や社会に公表するという意味での「カミングアウト」という表現がある。
それがためらわれるのは、様々な不利益や差別が怖いからというのが一つの理由だ。

うつについても同じように、その状態や診断、治療、リハビリなどについて周囲の人間、家族、社会にどう伝えるか、あるいは伝えないかという悩みや問題が出てくる。

しかし、自分自身がその「うつ」についてどう考えるか、どこまでどのように受け入れるかということはあまり語られない。
それは、はっきりとした必要が認められないということと、目に見える形では誰にでもわかるように表現されることがほぼないという理由による。

たいてい、「自分カミングアウト」というものは、診断や社会への伝達よりも後の時期になってからされるものだ。
そして、そのときになって初めて本人・当事者は「ああ、なんだ。自分はうつで苦しい思いをしていたけれども、頭のどこかでは本当には理解して諦めて受け入れてはいなかったのだな」というふりかえりができるようになる。

それまでは、どこかで「何かの間違いではないか」「自分の場合は特別でいわゆる他の『うつ』とは違うのではないか」とかなりの部分、諦めていない。

別に、なるべく早く「自分カミングアウト」をした方がいいとか、それをして初めて順調なリハビリができるのだ、という話ではない。
ただ、事実と実感に近いだろうことを述べている。

考えてみれば、医療から診断を受けるとか、職場の同僚にうつのリハビリをしていくことを知ってもらうなども、1か0かという二者択一の話ではない。
当事者のことを深く真剣に理解して興味や思いやりを持ってくれる人もいれば、表面的な事実だけを記憶するだけで特に言動が変わるわけでもない人も、どちらも社会として周りにはいるだろう。

認知や認識というものがそもそもそういう性質を持っているのだろう。
自己と他己という違い、程度や範囲の違い、時間的な違いなどがあって、決して単純ではない。

別に自分の体験や状態を自ら語ることができれば良いというのでも、隠しているからダメなのだということも、どちらでもない。

2012-01-07 11:00

うつにおける復職するタイミング – その2

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昨日のエントリ(うつにおける復職するタイミング – その1 | deathhacks)で書いたように、うつの底期から回復してきた人が復職するタイミングは意識してコントロールすることが難しい。
「本人が希望していて」「担当医の許可や理解とサポートがあって」「解雇や金銭的問題、家族や親類との人間関係からくる問題などのような社会的プレッシャーに追い立てられたからというのでもなく」復帰のタイミングが来るということは現実にはありえないと言ってもいいくらいだ。
もしも、それに近い条件がそろっていたならばそのラッキーを喜ぶべきだ。

実際には「本人が復帰できそうだと思っていても、会社がオーケーを出さない」とか「まだ十分に休めていないが、これ以上時間が経てば解雇となり、却って社会的なストレスが増えてうつがまた悪化する」というような場合が多い。

こんなときカウンセラーとして全体を見てアドバイスやサポートをする上で、どのように考えればいいだろうか。

カウンセラーはクライアントの味方の一人ではあるが、同一人物ではない。
その客観的な立場とプロとしての強みをどう提供するかを考えなくてはいけない。

まず、復帰・復職そのもの、そしてタイミングについては、クライアントに「今がベストだ」と伝える。ただし「ベスト」だとは言っても、総合的に見て、他に調整のしようがない諦めも含むものだ。

クライアントにとって、復帰のタイミングについての不安は大きい。「まだ早過ぎるのではないか」と「これ以上遅くなると戻れなくなるのではないか」という相反する感覚や気持ちが程度や比率を変えながら同居している。しかし、この不安は当然のものだが、あまりにもそれが大きいことは、実際に復帰するという段階ではデメリットが大きい。だから、カウンセラーは「客観的に見て」「プロとして考えて」、今がベストだ、OKだと言ってサポートする。

これが、医師の立場であれば「100%大丈夫とは言えない」としか言わないし、復帰先の会社や組織としては「本当に受け入れても大丈夫なのか。どう補助していけばいいのだろうか」という不安問題を抱える。それと同じことをわざわざカウンセラーが一枚多く加わってする必要はない。せっかく居るのだから、適切に、違う面からのサポートや異なる部分を見る手伝いを探す。

復帰のサポート準備の考え方についてはコツと工夫をまた明日のエントリで。

その3に続く)

2011-12-30 11:00

うつにおける復職するタイミング – その1

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うつで病気休暇を取るなり、休職なりをした人が、元の職場などに戻ろうとする場合に、その時期・タイミングをどう決めればいいか。
そのトリガーにはいくつか考えられるが以下のようなものが思いつく。

  • 本人が復帰したくなった時
  • 担当医が復帰を勧め許可した時(医療を利用していたとして)
  • 金銭や勤務契約上、復帰しないと起こる不利益がとても大きい場合

項目としては挙げることができるが、現実的にはこれらの中から自由に選べるというものではない。
また、この中の一つというのではなく、2つまたは3つ、それ以外の要素が同時に、あるいはタイミングを前後して発生することのほうが多いだろう。

さて、そうすると、タイミングを選べないなりに、その復帰についての戦略や物心両面の準備や工夫が必要になる。

(次回その2へ続く)

2011-12-29 17:00