理想を追求して最大限トレーニングしておくべきか

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実際の現場で使う状況が得られないのであればいくら練習しておいてもコストパフォーマンスが悪くなる。

「もしも」の1回のために備えておくのがプロフェッショナルというものかもしれないが、現代のスピード感においてはアジャイルに扱って余計なことはしないミニマムデザインが主流だし。

2012-12-24 09:00

自殺対策は、救急的対応に向かえば向かうほど、介入としては妥当になるが、費用対効果は悪くなる

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対象人数が減るし、個々に要するリソースやコストは増える。

自殺対策だってサービスの一種だから、利用する人や場面、回数が多いほど金銭コストをかけられるし、早く、より高い確率で利益を回収できる。

一方、自殺対策につながる形でのうつ対処を試みるとする。
一般層の、平常のストレスコントロールに目を向ければ、対象範囲が増え、個別に費やすコストは下がる。

ただし、こうした生活や気持ちなどに関わるサービスは、個人の生き方や好み、人生そのものに踏み込まざるをえなくなってくる。
プライバシーや自由、権利などへの配慮も必要になる。
これが過剰に危惧されると、社会や一部の人間からの抵抗が大きくなることが予想される。

このように、目標はほぼ同じであっても、実際にアクションや方策につなげるためには、介入するレイヤーをどう見極め、どう定めるかが難しい。
また、この「レイヤー」というものは、一点として決まるものではなく、「どこからどこまで」という範囲とした方が的確かもしれない。

2012-06-23 09:00

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カウンセリングの技術が先か報酬が先か

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心理職の社会的評価がまだまだ低く、金銭報酬が少ないというならば、まず取るべきアクションは2つあると思う。

一つは、自らが技術やサービスを高値で市場で売ることだ。
例えば私が考えているカウンセリングの価値は以下のエントリに書いている。

カウンセリング1時間の相場は3万円 | deathhacks

現在のところ、カウンセリングや心理サポートサービスは価格統制がされてはいない。
手塚治虫のブラックジャックのように、貴重な技術とリスクの請負を自由診療で行うことについての抵抗は少ないはずだ。

もう一つには、心理サポートサービスなどに、十分以上の対価を払うことだ。
これは何も、自分がカウンセリングを受ける状況がなければ実行できないということでもない。
組織として、心理のプロフェッショナルを雇用しして、彼らに高待遇を与えればいい。

こうして考えると、よくある、鶏が先か卵が先かという体になる。
高いお金をまず払いたいがそれに見合う価値はあるのか?
しかし、乱暴に言って私は、まず金額が十分にあってこそ話が始められると思う。

2012-05-03 08:00

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自社製品にお金を払えるか

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製品にしてもサービスにしても、自分や自分が勤める組織がつくるものを、果たして自分でも市場と同じ金額やコストを払って利用しようと思えるだろうか。
これができないようだと、自己矛盾を抱えていることになる。

とは言ってみたものの、現実には複雑で難しい問題になる。

医者が病気になったときに、自分が勤務する病院にかかるか否か。
同僚に診てもらいたいと思えるかどうか。手術を安心してまかせられるかどうか。

マクドナルドなどの外食産業などの経営者や管理職であっても、毎食を自社商品で済ませるわけにもいくまい。
しかし、まったく食べていないということであったならば、消費者ら対外的にはどう映るだろう。

ビールやケータイキャリア、車メーカーなどのCMに出ているタレントが、競合他社の製品やサービスを愛用しているようなことがあってはイメージ的にもかなり具合が悪い。

日産自動車の社長兼CEOのカルロス・ゴーン氏が事故を起こしてしまったときに乗っていたのがフェラーリであったということがニュースとして物議を醸したこともあった。

理想は理想として、現実は現実・現場に則して扱うしかないようだという結論ではあまり面白くはないのだけども。

2012-04-23 08:00

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「何もしない」勇気を持つ

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昨日のエントリ(そのカウンセリングに直面化は必要ですか? | deathhacks)につけ加えておきたい。

カウンセリングに限らないのだが、「何もしない」という選択肢があることを忘れてはいけない。

人は「何もしない」ことを、サボっているとか、手をこまねいているとか、時間を無駄にしているとかいうように見なすことが多い。
現代のように何事においても、選ぶ余地が増え、変化のスピードが速くなっていることが、こうした傾向をさらに強めている。

しかし例えば、医学の基本精神は「(そうなることを知りながら)害を為してはならない」というものだ。
医療の多くには、デメリットがある。
注射ひとつするのにも、痛みがあり、過誤の可能性があり、お金がかかり、副作用のリスクがある。
これが、より複雑な検査や手術、治療ともなれば、そのメリットが大きくなるとともに、デメリットやそれが起こる確率も大きくなっていく。

カウンセリングでも同じことだ。

クライアントに重大な決心をうながしたり、新たな着想を期待したりするときに、それがどんなに良さそうなことに見えても、必ずしもそれがベストの道であるとは思い込まないで欲しい。
行動や思考の変化・変容は、それ自体エネルギーを消費するというマイナス面を持つ。

カウンセリングの場でしゃべったり、思い出したり思考したりという作業には時間もエネルギーも使う。
健全である(はずの)カウンセラーにとって大したことのないように思える会話やセッションでも、悩んで苦しくて疲れているクライアントにとっては、なけなし・虎の子の貴重な資源を勇気を持って絞り出す状態であるかもしれないのだ。

こう考えると「何もしない」ということも、時には一番有効な手段であるかもしれない。
何か具体的な手を打つ以上に、勇気を必要とする戦術かもしれないが。

2012-04-22 08:00

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治療薬集やDSM-IVの最新版を買おう

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個人でも組織でも、自分が専門分野としてお金を取って業としているのだったら、その分野のレファレンスやマニュアルはきちんと更新して買っておきましょう。

医者が診療をするんだったら、治療薬集やDrugs In Japan、メンタルヘルス分野(で必要な職種)だったらDSM(IVなどの要するに最新のもの)がそれにあたる。

確かにこれらはどれだけ必要になる場面が多いかは人によって違うし、稼ぎからすると相対的に高価なものに思われるものもある。
版年度が変わったからといって、まったく使えなくなってしまうというものでもないから、経済的に考えて2、3年に一度買いかえればいいかなと思う人が多いのもなんとなくうなずける。

しかし、これらは大事な商売道具だろう

対価をとってプロの技術を提供する者が、こうした部分をカツカツと節約しようとしているのは残念に思える。

組織でも、常備してあるこうしたツールが堂々と数年前のものだったりすると情けなくなるし、クライアントに失礼なような気もするがいかがだろうか。

2012-04-12 07:00

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エコのトータルバランスから考えること

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エコロジーブームや節約・倹約の流行りで、家庭でも企業・組織でも、色々な工夫や試みがされている。

書き損じや印刷ミス、一時的資料を裏紙として束ねて、適当な大きさに切り、丁寧にも糊付けしてメモ冊子にして使っていることがある。

個人的にはこの「裏紙再利用メモ帳」は使いにくい。
よく考えないと問題もあると思っている。

自分はメモに書くにしても、ポストイットを使うにしても、最近数年は、その9割方を保存している。
保存しているといっても、オールインワンで連番を付けているノートに貼り付けるか、スキャンしてEvernoteに入れておくくらいのものでシステム的な蓄積はしていないが。

残りの約1割は、メモを人にあげるとか、メモの内容が余程スッキリと完了・完結していてもう不要だとか、ノートやTwitterなどに転記した場合になる。

なので、保存し、後で見なおしたりするメモとしては裏紙でないほうがいい。

何かしらでもメモ紙の裏側に関係のないことが印刷されていたりすると、自分が書いた表の内容が読みづらくなる。
裏紙はプリンタで印刷された濃くてはっきりした文字や図表、カラー画像なども少なくないので、表側の手書きメモよりもアテンションを奪ってしまう感じなのだ。

また、裏紙をメモ紙に転用する時点で、機密情報や個人情報などが印刷されたものではないということなのだが、それでもそれらの情報が不適切な場にまで広がっていく可能性を想像すると落ち着いて気軽に使えなくなってしまう。

というわけで、個人的には未使用状態のコピー用紙をそのまま使ったり、適当な大きさに切ってメモするか、ポストイットの75mm×75mmを使用することにしている。
会社などが経費として考えるか否かはまた別の問題だが、少なくとも私が自分個人の身銭を切ってツールを買い使う分にはリーズナブルだと感じる。

あとは、絶対的なコストと、少しでも世の中地球の資源を無駄に使わないようにしようというやり方の兼ね合いだろう。
コピー用紙500枚で600〜700円ならば(2012年3月11日現在)、製品としてだけのコストとしては許容できる。

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コストと言えば、裏紙を束ねてメモ帳に仕立てるコストは気になるし、考えたほうがいい。
この作業を高時給や時間当たり労働価値が高い人間がやったり、やらせたりすることは、全体として見ると損失が大きくなる。

いくら資源を有効利用するとか、節約をするとかいう良い目的があったとしても、誰も大統領や天皇陛下にメモ帳を手作りさせはしないだろう。
これは失礼とかいうのではなく役割の話だ。

もちろん、メモ帳を整備するような活動や作業を、余暇時間に行うとか、気分転換のためととらえるとかいうのは否定はしない。

こうした、「一見すると良い事」が本当に良い事で世のためになっているかどうかというのは大事だと思う。
ペットボトルの再生サイクルによって、物量的な資源は確かに節約できても、分別や運搬、再生用エネルギー消費などをトータルで考えると実はより高コストになっていたりするのも同じ理屈が当てはまる。

部分最適は全体最適ならず。
どのレベルで部分と全体を分けるか、とらえるか、考えるかということにこそ、人間・人類の強みは発揮できる。

2012-03-11 08:00

(関連URL)

【調査】約7割の企業「コピー用紙の裏紙使用」 

ニュー速ちゃんぬる 【コンプライアンス】コピー用紙の再利用はダメ! “もったいない精神”の落とし穴

クライアントに恥の感覚を持たせてしまったら失格

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サービス業ではその内容によっては、クライアントの立場が結構弱いものがある。
サーブ側がそうは思っていなくてもクライアントが感謝を通り越して恐縮してしまうような分野だ。
もちろん対価のやり取りが直接または間接には行われているはずなのに。

このときプロのサービスならば、クライアントが過剰に萎縮したり、サービスを利用していることを恥ずかしいとか情けないとか感じることを認識しできる限りのケアをするべきだ。
サービスそのものは有益であっとしても、クライアントの心証悪くなったり負担感が大きくなりすぎて、トータルとしての結果の質や量が損なわれるかもしれないからだ。

とは言っても、対価に見合うだけのサービス、あるいは安全配慮や倫理的配慮をしているだけなのに、クライアントが遠慮をしたり、提案を固辞したり、恥を感じて苦しそうであったならばどうすればいいだろうか。

私は、定型的・画一的なサービス内容や安全管理や倫理的制約などが多少は保てないとしても、総合的なクライアントの利益を最大限にすることを目指してコントロールする、あるいはクライアントの最終意思決定を尊重することが、プロフェッショナルとしてのサービスだと思う。
そうした心構えをしていなくては、結局は「契約上のサービスをやりきらなくてはサーブ側の義務が果たせないから」とか「クライアントに何か問題が起こった時にサポートしていた自分が責任を感じることになってしまうから」というような、本質とずれたサービスに終わってしまう。
「結果として義務を果たしていないがクライアントは納得している」「クライアントの意思を尊重した結果が悪かったならばサーブ側としても正当な責任を負う」というような状況はサービス側が飲み込むべきコストやリスクだろう。

何かサービスをする時には、その言動や商品の一つひとつについて、単なる惰性や慣習の上にあるものではないか、クライアントのためというよりもサービス側の保身や満足のためになっていないかなどを近視眼的にも俯瞰的にもとらえることを意識したい。

2012-02-18 08:00

受託案件をどうさばくか

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ビジネスの中には本業案件と出張ゲスト案件がある。本業案件とは企画や営業から実行、利益の回収までをすべて自分または自社でこなすものだ。出張ゲスト案件はプログラム開発での受託案件のようなもの。製品や商品の仕様が決められた案件を下請けてコアの部分だけを仕事する。

本業案件は利益が高くなるが、その分コストもかかるしリスクがより大きい。まず必ず案件が得られるかどうか、そのために時間やお金をどれくらいかけられるか、かかるかが鍵になる。黙って静かにしていても勝手に向こうからクライアントが引く手あまたに現れる状況ならば、営業コストが下がると同時に商品価格を上げて売上を増やし、結果として利益も増え、運営のリスクが減る。

しかし、商品買い手のクライアントが次から次へと出てくる状況でなければ、仕事を選べない。仮に営業の部分を他者にまかせてでも仕事がないよりはマシと考えることもできる。ただし、この場合、下請け・受託の仕事だから、中間マージンコストが他者に渡る。この種の仕事は営業コストが減るがその分運営・運用のリスクは低くなる。
金銭面だけをみればそういうことになる。

長期的にみると話は変わってくるかもしれない。
受託・下請け業務は本業丸々の仕事に比べて自由度が少なかったり、利益が低くなったりする。その分宣伝・営業効果があったり、人脈や実績をつくることにはプラスになる可能性がある。

(追記)
受託案件に費やした時間やエネルギーは、本業のそれらや質を「食う」ことも忘れてはならない。結果として、その仕事をする意義というものを失う可能性につながる。ここでの意義とは金銭以外のものを考えている。
(追記終わり)

この話はすべて一貫して自製でやることが良いとか目指すべきだとか言うことではない。個人ビジネスにしても組織にしても、運営の戦略に関することだ。当然、状況や社会環境、同業者、時期によって変わることがあるし、変えるべきものだ。

大事なことは、コントロールできる部分や意思決定するものをできるだけ認識し、意識して選択することだ。

選択するためにはまず、状況を取り上げ、要素をつまみ上げなくてはいけない。次にそれらをコントロールできるかどうか、コントロールできるならばその結果起きるメリットとデメリットを考える。同時にそれら要素の重要性を自ら決めること。

この「重要性を決める」部分が一番大事だ。なぜならばこれが価値観であり、個人や組織の個性であり、技術や商品の他で代わりの物が存在しない場合に匹敵する強みになる可能性があるからだ。

2011-12-22 08:00

心理臨床現場で使うツールの費用対効果を意識する

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うつのリハビリ期に職場に復帰するとき上司や同僚数名にカウンセラーと本人がサポートや理解をお願いするバスケット法や、ディブリーフィングのような惨事後のグループミーティングは、効果が高いという理解はありますが、実際にそれをマネジメントするとなると躊躇するかもしれません。

うつからの復職リハビリ支援とバスケット法の考え方 | deathhacks

個別カウンセリングとグループミーティングの関係性 | deathhacks

これは、バスケット法やグループミーティングなどのツールを学びトレーニングすること、そして使うことの費用対効果を無意識に計算しているからでしょう。
人は日常から無意識に費用対効果、つまりコストパフォーマンスを考えながら行動しているのです。
それは何か高価なものを買うときや、就職や結婚などの重大な決断をするときなどでなければあまり意識されることはありません。

しかし、何かを学んで身につけようとするときなどはその価値を吟味しています。
時間やお金をかけたのにその講演や学校の授業などがつまらなかったり、理解できなかったり、現実の場で役に立たなそうだと感じるとたいていの人は腹が立ったり、不満を感じたりするでしょう。
これは、自分が支払ったエネルギーなどの価値と得たものの価値が釣り合っていないと思っているということです。

バスケット法やグループミーティングについて言えば、「かなり時間をかけて練習してもうまくできる自信が簡単には得られない」という感触がまず大きい。
そして、実際に現場でこれらを使うとすると、複数の人間を集めて彼らをある程度の時間、拘束するというコストも負担を感じる原因になります。
結果として、頭の理解としてはツールの価値は高くても、相対的にコストパフォーマンスが低くなるということになります。

これにより、結局は現場で、リハビリ期支援であれば複数人の同僚を集めるのではなく直接の上司一人だけに説明をしてお願いをしようとか、とりあえずクライアントが職場に戻ってみてその結果や印象を聞いて対応していこうという「カウンセラーにとっての」安全策を採りがちです。
グループミーティングについても、会合をうまく回せる自信がないから個別に会って通常の相談やカウンセリングをしようという「慣れた、結果の読みやすい」方向に流れやすくなります。
ツールは現場で使ってみなくては結局のところその効果や成果は絶対に確認できないはずなのですが。

この心理的なブロックを外すためには、費用対効果(コストパフォーマンス)に関係する要素を意識的に変えなくてはいけません。

一つにはツールについてより学ぶことです。
ツールの価値が高いことに確信が持てれば、それに時間やエネルギーを割いたり、クライアント、そして周囲の人を自信を持って巻き込むことができる可能性が高くなります。
しかし、これは上記したように事前の机上学習だけでは限界が早く来てぶっつけ本番やOJTに期待することになります。

もう一つは、できるだけ現場でツールを使うときのコストを低くすることです。
一番現実的にコントロールできるコストは時間です。
集団を巻き込むツールで一番意識するべきものは、初心者であればあるほど、まず結果ではなく時間です。
いくら効果が高くても単発のミーティングでは限界があります。
一方、時間を長く拘束されればされるほど、参加者やクライアントの疲労は増え、お得感はなくなります。
時間のコントロールについては、もちろん現場での不測事態対処や臨機応変が必要ですが、段取りなどで補うことができます。

カウンセリングや惨事後のミーティング、リハビリ期のサポートなど、その効果やコストは数字で簡単に表したり分析したりすることはできませんし、その必要はありません。
しかし、ツールやそれを扱う自分の負担感なを分析し、その費用対効果を客観的にとらえることは、力を注ぐべきタイミングや部分をあぶり出すことにつながりますし、スーパーバイズや助言を受けるのにも有効な考え方です。

2011-11-16 11:00