スポーツジムに通うならば選ぶ最優先事項は近さ

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自宅から近ければいくら会費が高くてもいいと思えるくらいだ。

以前は家から1分くらいの場所にできたスポーツジムが利用できたのでその気になれば寝間着のまま、ビニル袋に着替えを入れて、サンダルで通っていた。
それくらいのイージーさが理想だ。

朝早くからやっていること、休館日が少ないこと、施設がきれいなこと、プールがあること、シャワー施設などが好みなこと、などさらに付け加えたい項目もあるけれども。

新宿西口の東急オアシスは珍しく、会員でなくてもビジター利用ができる。
こうしたところで自分が本当に継続して鍛える状態にあるかどうかを試してみるのもいい。

東急スポーツオアシス新宿店|フィットネスクラブ・スポーツジム・ホットヨガ

2014-02-05 21:00

資格やプロフィールをアピールするときの緩急

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資格や特技を持っていても、それらをどのように外にアピールしていくかは単純ではない。
保有しているものをすべて名刺やFacebook、Twitterなどのプロフィールに書けばいいというものでもない。

あまりにたくさんあって書きすぎても焦点がぼけてしまう。
絞りすぎると後から補足するのが面倒だ。

どこに向けて表明するかも考えなくてはいけない。
ある範囲の人に対しては効果的な情報が、別の人たちに対しては効果が無かったり、さらに逆にネガティブな印象にしかならない時もある。
ネガティブ方向を考えると、なるべく情報を限定する方がいいのだろうが、ここは割り切るところだろう。

所属や自分の生活・仕事の背景も、どこまでどのように表現していくかは工夫の余地が大きくある。

2012-11-27 08:00

困ったらまず行政サービスを活用する

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生活上、法律や医療など専門性が高いものについて困ったり迷ったりしたときに、まず助けとして思いつくのは、まさに専門家である弁護士(事務所)や医者(病院、クリニック)だろう。
しかし、明らかにこれらの利用がちょうど良いと思える時ばかりではない。
料金や時間のコスト、内容の重要性などから二の足を踏むケースは結構多い。

そんなときまず、行政や無料のサービスなどの活用を考えるといい。
特に市区町村などの役所には以外と多くの相談用資源が用意されていることが多い。
内容も初期の「相談してもいいくらいの話なのかが、まずわからない」というから始めるには十分なバランスだろう。

まあ、実際にはこうしたつてを思いついたり、探したり、Web検索したりすることが技術的・体力的などの理由で難しい人たちにどうリーチしていくかという問題があるのだけれども。

2012-11-17 08:00

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自信をつける方法

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自信をつけるための一つの方法として。

身体を鍛えるというのは結局一番手軽でやりやすいのじゃないかと思う。

身体を鍛えて効果を感じるためには、トレーニングを継続するしかない。
この「継続」ができたときには大変な自信になる。
相当嫌なこと、生理的に向いていないことを、半ば強制的に自分に強いての仕事などでなければ、継続する力、というか性質・習慣のようなものは内面的な財産・ツールになるのではないか。

もちろんトレーニングで得られた運動力やら筋肉やらも、なんとなくの自信のもとになる。
たとえそれらを実際に使うチャンスが生活や仕事の中にほとんどなかったとしても。

身体を鍛えるとか継続するとか言っても、何をしたらいいかと言えば、とりあえず腕立て伏せを10回でも20回でも毎日やってみると良い。
筋肉がつくとか、同じ回数やっても身体に疲れや痛みが残らないといったところから、わずかにでも変化、つまり成果が感じられてきたならばそれは小さいかもしれないが「成功」だ。

今回の話のポイントとしては、一例としての紹介なので自分に合わないと感じてどうしても気乗りせずに嫌だなーと思ったならばやらないこと、身体的なトレーニングの効果はやっぱり若い体の方が表れやすいので40代、50代の人ならば結構厳しいかもしれない。
その辺りは通り一遍の表現だが「個人差」がある。

と、38歳で腕立て伏せを一日50回、10ヶ月続けてきてみて感じていたり考えていたりする。

2012-11-16 07:00

セルフハンディキャッピングを好き嫌いで判断してはいけないな

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セルフハンディキャップというやつがある。

何かのチャレンジや困難に際して、失敗したときの言い訳をしやすいように、自分からわざわざ不利な状況を作りだしてしまう行為を指す。

セルフ・ハンディキャッピング – Wikipedia

セルフハンディキャッピング – Google 検索

この概念をさらに広げることになるかもしれないが、私自身の経験の中では、「他の人がわざわざ」その人のために言い訳できるような条件を与えている場面を見ることがある。
基本としては、仕事の中でそうしたことがされているのは長期的に見ると、セルフハンディキャップを付けてもらったその人の成長の機会を損なうのではないかと感じてきた。

しかし、私については、結構な確率でセルフハンディキャップを自分に付けてしまってきている。
結局、セルフハンディキャップというのは心理的な重圧をコントロールするための一つの状況・概念でしかない。
そこやそれ自体に善悪はない。
上に書いたように、私がそれを嫌悪するのは単に「長期的な悪影響の確率」という不確かなものを見ているだけだ。

そして、ハンディキャップを与えているのが本人か否か、気づいているか否かということは、結果や事象としては実は無関係となっている。

カウンセリングでもこうしたセルフのあるいはそれ以外のハンディキャップという考え方や適用は有効だ。
だが、自分の周辺でそれを考えるときには、感情的な好き嫌いだけでなく、実質としての良し悪しを少しでも定量的に測るべきなのだろう。

2012-09-02 09:00