5分カウンセリング

20120314114741

じっくりと時間をかけて対応するカウンセリングが有効で必要なように、5分で気軽に手軽に終えるカウンセリングも必要だ。

組織で上司や同僚に、「報連相」的にごく短いコミュニケーションや確認をすることはよくあるだろう。
しかし、これは、いつでも、どこでも、誰でも、簡単に適切にできる行動やスキルというわけではない。

相手が忙しそうにしていたら、どんなに短時間や一瞬で済む話であっても、声はかけにくい。
結果として、そのコミュニケーションを避けたり中止したり、相当に準備をしてからまとめて話そう、というようにコストがかさみ、スピードが落ちることに繋がる。

逆に話しかけられる側が、「いつでもウェルカム」という態勢を取ろうとすれば、それはそれで仕事効率が下がってしまう。

カウンセリングに話を戻すと、時間の制約というものをより強く認識していったほうがいい。
なぜ50分や1時間を1単位とするのか、1週間毎や1ヶ月毎のセッションとするメリットとデメリットは何か。
5分で終えられないのか。
早く済んで同じ効果が得られるのならばそれの方が良くはないだろうか。
時間が足りないという感覚はどんな業界や仕事でもよくみられることだが、逆に時間がそもそもないという制約が、良いもの、新しいものが生まれるきっかけにならないか。

常識や先入観をとっぱらうような考え方をたまにしている。

2012-03-15 09:00

ぬいぐるみと会話する

R4001543

「サクサク(saku saku – Wikipedia)」なんかでは、メッセージコントロールで言うところの「興味津々」や「うなずき」がとても上手い。

この理由として、一つにはテレビでのバラエティや対談系の番組全般でおそらく工夫されている、「視聴者にわかりやすく」「場合によっては音声がなくても(多少聞き取れなくても)大丈夫なように」、構成・演出をしているのだろう。

ただもう一つには、「話している相手がぬいぐるみである」ことも関係しているのではないかと思いついた。
ある人がもしもひとり言をぬいぐるみに向かってするというような時には、かえって表情豊かになったり、動きが大きくなっていたりするのではないか。

こうした考察や工夫はドンドン出てくるから色々試してみたほうがいい。

2012-02-01 08:00

思考・思索・アイデア・想起を外部化することの意義を考える

R4000627

タスクは書きだして外部化すると良いとはよく言われる。
その作業によって対象について、客観的に思考できるというような説明がされる。

悩みや漠然としたアイデアも同じで、頭の中に入れているだけでは煮詰まってしまったり、良い変化があっても忘れてしまったりする。

しかし、理論的には頭の中ですべてを処理してしまうことは不可能ではない。
莫大な記憶力、そして内容を整理して、自由自在に出し入れする機能があれば、だが。
また、人間の脳の処理能力に限界があるとして、記憶や整理にそのエネルギーを向けた場合に、新しくインプットしたり、ひらめいたりする機能にどのくらいの影響があるかは定かではない。
一般には、物事を記憶することに神経を使いすぎると他のことができなくなる。

頭の中だけで済ませようとしていると、アイデアであれば煮詰まる、つまり固定化してしまうことがある一方で、変化もする。
しかし、それを観測している人自体が動的に変化し続けているから、見ているものが本当に固定化しているのか、それとも変化しているのかは証明できない。
だから外部化、アウトプットする。
その動機が客観的に考えたいからなのか、脳のリソースを有効に使うためなのか、自分という不安定な視点という呪縛から外れるためなのかは目的であり結果でもある。

また、外部化は自己の影響から離れることで、変化しない(ように見える)という性質を持つとともに、他者から見たり他者から影響や変化を受けることができるようにもなる。
これは複数人で実行するプロジェクトや仕事、アイデア出しのブレインストーミングのようなものだ。

2011-11-28 09:00

アイデアを出すために、わざと間違った仮説を作ってみる

R1009321

良いアイデアを生むコツを考えている。
「アイデア」とは何か。
アイデアというものは既にあるものの組み合わせに過ぎないということはよく言われる。
あとはその要素・素材と組み合わせ方次第だ。

有名なオズボーンのチェックリストは、組み合わせ方の種類を単純明快に増やすためのシステムの一つだ。

オズボーンのチェックリスト – Google 検索

そう、「増やす」ということが大事だ。
「量が質を担保する」「繰り返すことで上手くなる」という考え方は真だ。
ブレーンストーミングで、質や実現性の吟味をまず最初の「発散」の段階では問わないことを固く守るのと同じだろう。

そのためにはオズボーンのチェックリストのようなツールをできるだけ多く持っておいて当てはめてみると良い。
今、私が試しているのが「間違った仮説を立てる」というものだ。
このとき「わざと」できるだけ突拍子も無いことを想像してみたり、物事の関係を逆にしてみたりする。
「逆にしてみる」というのはそのまま「オズボーン式」である。

例として、「感情が記憶を強化する」のではなく「記憶を強化するために感情が生まれた」という仮説を構築中だ。
ちょっと言っていることと矛盾して、数・量をどんどんと作らないで一つに固執してしまっている。

感情が揺さぶられるとそのエピソードが記憶に残りやすくなるのではなく、記憶するために感情が作られたのだ。
@neti2
小片武

2011-09-13 08:00

完成形を待っていてはいけない

SDIM0998

何かアイデアが浮かんだり、あったりしたときには、まず既にあるもの、既に持っている技術での実現を考えよう。
プロトタイプをつくる、という感じだ。
別にそれがうまくできなかったり、軽く失敗したりしてもいいじゃないか。

もちろん一番簡単に試作してみた段階でもいろいろな意見が意見が出るだろう。
「そんなことに意味があるのか」「時間と労力の無駄じゃないか」「今ある技術と知識じゃ無理だろう」などなど。
しかし、ただ頭の中で考えて、思考としてだけ存在しているアイデアと、ほんの少しでも形にした仕事には天と地ほどの違いがある。

他人の助けや知識を借りるにしても、技術を探すにしても、今ならばほぼノーコストだ。
「チャレンジ、ファースト」で良いと思う。

2011-08-26 08:00

結果であり副産物でもある子作り

20110725121243

最近また、勉強会(そのものではなく仕組み)やらファシリテート、アイデアメイクなどに関心がある。

企画の開発などで大事なのは一つ一つのアイデアやヒラメキの質ではない。
量だ。
量を増やせば、量質転換のチャンスが増える。
量を増やすには、場や環境が必要になる。
場とは、勉強会や研修会、私塾、SNS、ブログのようなものだ。
環境には、ファシリテート技術やいわゆるライフハックネタ、ライフロギング、オープンソース精神などが当たるか。

場と環境さえあれば、あとは確率論、運命的な問題、時間の関係で「何か」が生まれる。
極論すれば結果を追求しない。
結果にあまり意味を感じない。
男と女が愛しあって子供が生まれるのは結果なのか?
愛しあう事自体に意味があり、結論なのか。
どちらも間違いとか不自然とかではない。

ただなんとなく、今現在自分としては、場を如何に増やすか、環境をどんな風に整えるかに凝ってみたい。
別に何かを意識して生み出そうとはしていなくても思想や思索の場には価値がある。
結果はどうせきっと後から付いてくる。

2011-07-27 07:00

しゃべることによって話が(変化して)まとまる

1000000336

頭の中で考えていることを整理するために、誰かに話を聞いてもらうということはよくある。
このとき、結果としてアウトプットされたものは、元の思考やアイデアとおなじだろうか。
経験的にも、最初に思いついていることの色合いは残していたとしても、まったく違う話が出てくることが多い。
ということは、多くの場合、しゃべることによってアイデアを「まとめる」というのは「新たにアイデアを生み出す」ことに他ならないのだろう。

まず最初の起点となる”エウレカ!”が存在する。
よく言われることだが、この時のアイデアというものはとても儚く弱々しくモヤモヤとしたものだから、すぐにメモをするなりしゃべるなりしないとあっという間にどこかに消え去ってしまう。

次にアイデアを確固たるものとするためには、それを言葉や図式にしなくてはいけない。
言葉や図式と言ったが、よく使われるツールとしては言葉かもしれない。

言葉は(図式もそうだけど)「抽象化」の道具だ。
「抽象化」ということは、物事や事象、アイデアの「部分を抜き出す」という作業になる。
つまり、「抽象化したものは元のアイデアをそのままに表していない」ということになる。
似てはいるし、面影は確かにあるけれども、”まったくの別人”と表現してもいいかもしれない。

部分を抜き出す、というだけでなくその過程で、新たな部品が付いたり、表現手法が洗練されたりといった変化もする。
これも、抽象化あるいは他人へ伝えるコミュニケーションの中で自然に発生している現象である。

こうしてできあがったものが生成物としての「話」なのだと思う。
話すことや書くこと、自分の頭の中だけに思想や思考を閉じ込めておかずに抽象化してデータにし、外部化することは、決してできあがっているものを単に記録するというだけのものではない。
失われるもの、付け加えられ磨かれるものが必ずあって、そこでは創造的作業が行われている。

2011-03-30 08:00

メンタルレスキューを国家資格にしたい

R0013049

メンタルレスキュー協会( http://www.mentalrescue.org/ )の認定資格を将来的には日本国公式のものにしたい、というようなことを去年(2010年)の今頃考えてメモしていたようだ。

ちょっと壮大と言えばそうで、関係者にも大風呂敷を広げ過ぎだとか、ナンセンスで意義が少ないのではないかとかも言われそうではある。

社会情勢としては、少なくとも2006年に自殺対策基本法ができたり、その流れで全国の行政自治体などに予算が配分されたりと、良い動きはある。

組織としても個人としても、メンタルヘルス関連の活動について、自由に制限を受けずにやることは結構なことではあると思う。

ただ、ある少数のカリスマや実力者がいたとしても、その個人活動が社会全体に影響を与えるまでのパワーを効率的に発揮するためには色々なアプローチがあって良い。
個人がその責任の範囲で啓蒙・普及していくのもいいが、自由を減らし、制限が増え、自制・自律のコストが増えたとしても公共性を高めていくことは有益だと思う。

国家資格にする(あるいは作る)というのは確かに過剰な目標かもしれないけれども、まずはそういう突き抜けた発想と視点もいいのではないか。

また、「国家資格」と言っているのは、あまり文字通りの意味だけというのではなく、要は「メジャー」したいということなのかなと思えている。

2011-02-25 07:00

アイデアや思想の独自性は儚い

IMG_0551

Twitter / neti2: クックパッド終了のお知らせ記事やTweet、反応は多いけど、前に読んだ話ではクックパッド社はかなりギークが主導でサーバ反応速度とかをかなり突きつめて設計してると聞いた。今だと楽天とかが物量金銭に物言わせれば凌駕されちゃうものなんだろうか。Googleみたく全部自前の強みはない?

Twitter / 佐々木俊尚: 楽天クックパッド問題、私はこの記事に同じ感覚。しかし …

結局クックパッドは楽天レシピに抜かれる弱肉強食WEB – invizi
→ 結局クックパッドは楽天レシピに抜かれる弱肉強食web – Google 検索(2011-11-18追記)

「年内にクックパッド抜く」–楽天レシピ、ポイント連動で攻勢 – CNET Japan

元々アイデアに著作権を認めるかというのはビミョーな問題だ。
(キチンと日本で認められてたっけ?)
結局、社会やそのときの法・司法の運用で個別に判断するしかないのかも。
(そのあたりは映画「ソーシャル・ネットワーク」のテーマの一つがドンピシャ)

アイデア自体は大きく考えれば、社会や人類で共有するべきものかもしれない。
かと言って、その意義や権利をあまりに軽んじれば発明や発見のインセンティブは激減する。

ただクックパッド-楽天レシピ問題で言えば、確かクックパッドは「レシピを集積したインフラを通して社会に貢献する」という思想があったように思う。
(雑誌記事か何かで読んだ)
そうであるならば、レシピを広げる媒体や組織が世の中にいくつ存在しようが、真似をしようが、民衆・顧客にレシピや幸せが広がるのならばそれが本望ということになる。
その過程や結果でクックパッドが競争主義によって敗れたとしてもそれは必ずしも残念なことではない。

カウンセリングやメンタルヘルスに関する組織やベンチャーはどんどん増えてきている。
それらの設立や活動の元々の目的が純粋に営利追求だとしたらば、同業者(社)との競争に打ち勝つ必要がある。
しかし、一般の人たちが持つストレスやメンタルヘルスの知識やノウハウ、カウンセリングやサポートケアの普及や質向上をゴールに設定するならば、結局誰がそれを担ってもいいはずだ。

もしくは、仮に、世界の誰一人、ストレス過多でメンタルヘルス不全にならず、うつにならず、自殺もしなくなったのだったら、どんなに人数や商業的規模が大きかったとしても、サービスを供給していた組織や個人は不要になる。
病気や怪我、老衰などが一切なくなくなったら医療や医学が不要になる(かもしれない)ようなものだ。
(実際おそらくそんなことはありえないが)

カウンセリングやメンタルヘルスを供給している人間として、自身ができること以外に、本当にクライアントのためになるような状況があれば迷わずそれを選択しなくてはいけない。
例えそれが、あなた自身の存在価値や食い扶持を奪い去ったとしても。
相手が、社会保障であれ、医療であれ、宗教であれ、偶然の采配であれ。

ただし、一方で他のどんなビジネスとも同じく、自身がやっていることの意義や強み、オンリーワンなものを常に考え生きていかなくては生き抜けない。

2011-01-29 08:00

(2011-11-18 15:00 追記)
10ヶ月経って、楽天レシピとクックパッドの関係はそれほど予想通り単純に変化してきているわけではないようだ。

楽天レシピはなぜクックパッドに勝てないのか?(The reason Rakuten-recipe can’t beat Cookpad)

アイデアの利用は受け手次第

IMG_0099

発表・プレゼン・アイデアは具体的であればあるほど、数字などによって定量的であればあるほど分かりやすいものになります。
しかし、パクられやすく、真似・模倣されやすくもなります。

いくら具体的・定量的であっても、それがアイデアなどとして、いわゆる公として、いったん外部に出てしまえば、その受け取り方は受け手の能力や考え次第です。
それを操作することはできません。

2010-08-31 08:00

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...