セルフハンディキャッピングを好き嫌いで判断してはいけないな


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セルフハンディキャップというやつがある。

何かのチャレンジや困難に際して、失敗したときの言い訳をしやすいように、自分からわざわざ不利な状況を作りだしてしまう行為を指す。

セルフ・ハンディキャッピング – Wikipedia

セルフハンディキャッピング – Google 検索

この概念をさらに広げることになるかもしれないが、私自身の経験の中では、「他の人がわざわざ」その人のために言い訳できるような条件を与えている場面を見ることがある。
基本としては、仕事の中でそうしたことがされているのは長期的に見ると、セルフハンディキャップを付けてもらったその人の成長の機会を損なうのではないかと感じてきた。

しかし、私については、結構な確率でセルフハンディキャップを自分に付けてしまってきている。
結局、セルフハンディキャップというのは心理的な重圧をコントロールするための一つの状況・概念でしかない。
そこやそれ自体に善悪はない。
上に書いたように、私がそれを嫌悪するのは単に「長期的な悪影響の確率」という不確かなものを見ているだけだ。

そして、ハンディキャップを与えているのが本人か否か、気づいているか否かということは、結果や事象としては実は無関係となっている。

カウンセリングでもこうしたセルフのあるいはそれ以外のハンディキャップという考え方や適用は有効だ。
だが、自分の周辺でそれを考えるときには、感情的な好き嫌いだけでなく、実質としての良し悪しを少しでも定量的に測るべきなのだろう。

2012-09-02 09:00

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