自分の師匠の技術を直見しなくて信じられるか

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あなたは自分の師匠のカウンセリングを見たことがあるだろうか。

数回の陪席や、研修での指導、グループや個人でのスーパービジョンなどを見たことくらいはあるかもしれない。
しかし、それだけで実力を信じて、自分の今後の足しにする決心をしてもいいものだろうか。

もちろん、「少なくとも今は自分の成長の役に立っていると思うし……」「将来ずっと教わるかはわからないし」という一時的な契約のような感覚だというのかもしれない。
だが、その感覚だけで現状に留まり安心してしまっていいのか。

常にモデリングの対象は探し続けなくてはいけないし、見続けなくてはいけないし、自分に合わせて変えたり混ぜあわせたりしていかなくてはいけない。

ロールプレイトレーニングなどで、自分の技術や思考のチェックを受けるだけでは物足りなくないか。
やはり、他人の、至高の、勉強になるケースやテクニックを再現性をなんとか持たせて身につけたい。

師匠が、自分でモデリングをしなくなったり、見せなくなったりしたら終わりだと思う。
予定調和的な継続ケースの陪席を多少しても得るものは少ない。
うまくいったケースや後からいくらでもつじつま合わせのできる事後検討会やレビューにどれだけ価値があるかはわからない。

結局自分自身でいかに今、あるいは次回に再現性や技術の向上を、ひいてはクライアントのメリットが増やせるかが勝負だ。

批判や、助言をもらったり、評論してもらうことはためになる。
しかし、それ一辺倒では無理がある。

プロ野球のものであっても、選手のプレーを素人がビール片手に、あーでもないこーでもないと偉そうに解説することはは決しておかしなことではないが、それにどれだけ真実性や科学性、有用性があるかは疑問だ。
自分と指導者の関係がそんな風になってはいないか、本当に意味のある助言をもらえているのかは考えなくてはいけない。

2012-08-26 09:00

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