自分を作っている要素の内訳と比率

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メンタルヘルス業界・分野でボチボチやっている。

自分のやっていることの内容はさて置いて、そのアウトプットの元になっているものは何だろうか、何処から来ているのだろうかと考えてみる。

およそそれらは3箇所から来ているのではないかと思う。

一つは経験、一つは常識、そしてもう一つは勉強だ。

経験

経験。
それは2番めに上げている常識とあまり違いがないのではないかと思うかもしれないが、ここでは主にメンタルヘルスの現場や惨事介入、カウンセリングなどの現場で学んだことという意味だ。
おかげ様でめちゃくちゃに豊富ということはないが、結構貴重な経験の場を持ってきたと思う。
自分にとってこれ以上はなかなか望めなかったのではないかとも思う。

さらには、今後のことを考えて、一時的にはチャンスが減るかもしれないが、自分の環境を大きく変えてみることもしてみたわけで。

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常識

常識。
これは自分の価値観や過去の生き方、体験から形作られる。
別にどんなところに出しても恥ずかしくないものを持っているとかいう自信があるわけではない。
しかし、できるだけ多様な意見や色々な人をみて、接して、「使える常識」、「軸にしてもよさそうなレベルの常識」を常に準備・整備しておきたい。

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勉強

最後に、勉強。
すでにあるもの、わかっていること、先人の研究などを知らないこと、知ろうとしないこと、知らない怖さを知らないこと、これらはすべて怖い。

より多くを適切に勉強して知っておくことで、現場で失敗してしまうのを防げるかもしれない。
クライアントや自分のリスクを上手にコントロールできるかもしれない。

人生は短いから、全部を一から自分で調べたり考えたりする必要はない。
経験とも重なるが、現場にアウトプットして、世の中を変えていくような効率的な勉強をしたい。
無駄に勉強して、自分の時間を無駄にすることは、自分をまず大切にしていないし苦しく感じてしまうがどうだろうか。

まとめ

自分の中にある要素を3つに分けて考えてみた。
経験、常識、勉強。

これらのバランスと、そのときどきに充実させていく順番には恵まれているのではないかと思う。

自分を曲げるとか、他人や社会から孤立するような流れで常識を損なうことは、我ながらまあそんなに多くない。

経験はいくらでも欲しいというのが正直なところだが、現場に追われすぎるのも良くないから、ぜいたくは言えなかろう。
日々ドンドン将来への種はまいておこう。

勉強も、頭でっかちになりすぎないようにしたい。
一方で、学んでいく好奇心が衰えてしまったらそこでジエンドだとも思う。

2012-06-09 11:00

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