管理職を観察する、管理者は観察される


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管理職やマネージャーなどが周囲からどのように見られるかということを、考え、色々気づくと愕然とする。
ここで言う「どう見られるか」というのは、組織外や一般社会からどうというよりも、組織内や身内、部下が自分の上司や管理者をどう見るかということだ。

私自身は継続的な管理職やマネージャーの立場になったことはない。
だが、そうしたポストの人らが、どういうプレッシャーを感じたり、試されたりしているかを、見る側として想像したり考察したりすることはできる。
そうすると「逆の立場になったらコワイなー」と思う。

部下(ここは限定してそういう言い方にしておく)は、例えば上司とたまたまトイレで隣り合ったりしたときに、話しかけてくるか、挨拶はどんな感じで固いか砕けているか、自分が今回している仕事や状況をどれくらい知っていてどう気にしているか、などを観察している。
皆がみなそうではないかもしれないが、私はそうする。
ということは、これが逆の立場になったとしたら、自分は試される(言葉としては少しどぎついけど)ことになるわけだ。

あるいは、部下は、上司と自分以外の従業員が、何を、いつ、どうんな風に話しているかなどを気にしている。
自分や自分の仕事に直接には関係しなくてもだ。
これも、人によっては違うかもしれないが、私はそうだ。

人間はやはり、自分に影響力がある人や環境に、興味を持たずにはいられないのだ。
これはその人や状況が好きとか嫌いとかいうこととは違う話だ。

人間関係や心理は社会と不可分だ。
そして、関係性というものはほとんど常に相対的・相互的なものでもある。
こちらが相手を見ているとき、相手も自分を見ている(ことが多い)。
自分が相手を観察しているときには、自分も(その相手からとは限らないが)観察されている or いつかは観察されるということを忘れないようにしなくては。

2012-05-27 10:00

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