「自責感」を理解するための「責任」考


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我々カウンセラーは、惨事に直面したクライアントやうつのクライアントへの対応で「自責感」を扱うことがよくある。
このとき、まず「なぜ」自責という感情が生じるのか、日常生活に支障をきたす、あるいは死にたくなるくらいまで自分責めてしまうのかを他人に対してうまく説明できなくてはいけない。

逆に、異常な状態のクライアントに上手に伝わらないようでは、本当にプロとしてのレベルでわかっているとは言えない。
カウンセリングは学問ではなく現場実践の技術だから、頭では「わかって」いてもアウトプットができなければそれは「わかっていない」ということだ。
練習でいくら良いプレーができても、本番の試合でそれが出せなければ評価されないアスリートの世界と同じだと思う。

「責任」にはいくつか種類がある。
法律や規則で決まっているものと、社会が道義的に決めているものだ。
近代社会であっても、法律などで責任が決まり司法が裁定してくれる、そういう部分はとても少ない。
ほとんどの責任は、なんとなく決まっていたり、少数の人が思い込んでいたりするものだ。

例えば、親は子について責任を持つものだが、その範囲は現実として無限ではない。
それはそうだろう。
子が食べられなかったり、安全でなかったりしたらば、法のもとに親が罰せられるかもしれないが、子が病気になったり、不慮の怪我や死に至ったときにまですべて親が責任を問われはしない。
しかし、それに対して大抵の親は相当な責任を感じて苦しむ。

それは親という「立場」に付随する仕組みとなっている。
立場にはすべて、メリットとデメリットがある。
そのデメリットの一つと言ってもいいものが「責任」だ。
「責任」はときに「やりがい」というポジティブな面が強調されたりもするし、「責任を取る」というややネガティブな概念にもなる。

「立場」はあらかじめ当事者が完全に合意した上で与えられていることもあるし、いつのまにか押し付けられていたりもする。

2011-09-09 13:00

(参考)

せき‐にん【責任】
1 立場上当然負わなければならない任務や義務。「引率者としての—がある」「—を果たす」
2 自分のした事の結果について責めを負うこと。特に、失敗や損失による責めを負うこと。「事故の—をとる」「—転嫁」
3 法律上の不利益または制裁を負わされること。特に、違法な行為をした者が法律上の制裁を受ける負担。主要なものに民事責任と刑事責任とがある。

– 大辞泉 Copyright 2010 Shogakukan Inc.(OS X,辞書app)より

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