カウンセリングが突然始まることはない


IMG_1469

悩みやテーマを持っているクライアントがそこにいたとして、カウンセラーがたまたまそのクライアントに出会ったからといって、なぜか突然「カウンセリング」が始まる訳ではない。
最低限のお約束事がある。
堅い言葉で言えば「契約(関係)」がなくては、業としてのカウンセリングとは認められない。

これは知識や能力、技術を持っているカウンセラーと言えども、いやプロであるカウンセラーであるからこそ、不用意に、感情的に、単なる好意から、支援を始めてはいけないのだということだ。
厳密に言えば、カウンセリングのための場(部屋、カウンセリングルームのようなもの)を用意していて、そこに入ってくる人は明確にそこがいわゆる「相談」する場所であるということを知っているものとして扱えなければ、いきなりカウンセリングを始めることはできない。
(さらに細かく言えば、カウンセリングとはそもそも何か、カウンセラーが自分の能力や仕事をどのように開示しているかなどの要素が関係するが)

カウンセラー(業としてカウンセリングをしている。プロ)と言えども、日常で何かしらの悩みや心理的トラブルを耳にしたからといって「何かお困りですか? 私はカウンセラーですが」と、介入しようとすることには是非がある。
しかもたいてい、そのように積極的、と言うか”出しゃばり”なカウンセラーは特別な人を除けば本当の初心者か”もぐり”だ。

医療でも、ある個人について、明らかに生命の重大な危機が生じているような状況《例えば、目の前に心肺停止した人が倒れているとか、人が車にはねられたのを目撃したとか》でなければ、診療・診察、検査や治療が開始されることはない。
(ここで例を挙げたような場合に適応される救急医療は社会や行政としてのサービスという面では通常の医療とは導入のきっかけが異なる)

例えば、医療施設の診察室で就業中の医師の前に座って、「今朝足をくじいてしまいまして、、」と話したのならば、そこからすでに医療は始まっていて、それを聞いた医師には、最善を尽くす義務が生じる。
一方、同じ医師がオフの時間に、同じ知り合い(患者)に会ったときに(喫茶店で休日にばったり会ったとでもしよう)、同じように「足を痛めてしまってね」と言われても、それだけで同様の医療や義務が生まれるということではない。
「それはお気の毒ですね。お大事にどうぞ」くらいは医師も言ってくれるかもしれない。
しかし、そういう状況で怪我について開示したとしても、「だから何?」ということなのだ。
医療施設や診察の場では省かれている、「医療(的)契約(のようなもの)」が、明示されないとプロは責任を持って(負って)は働けないだろう。

2011-04-10 08:00

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください