その人は逃げ出したのか?の物語


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同じ出来事や事実であっても解釈や意味は一通りではない。

ある人が、過酷な状況から突然失踪したとしよう。
過酷な状況というのは、生命の危険が高い職務やら、厳しい労働環境、とても重要で失敗が許されないようなミッションを考えて欲しい。
戦争・戦闘(日本国内ではないが)、今であれば東京電力福島原発、宇宙飛行士の地球外任務などがあげられるかもしれない。
社会的に、組織に属して、契約関係があり、当然のこととして認知され期待されている仕事を放り出してある日突然いなくなってしまったその人物に対して周囲の人はどのように感じ、どう評価をするだろうか。

一つの解釈としては、「弱虫で責任感のないヤツが逃げ出した」「情けない」「迷惑かけやがって」という個人に対する非難の嵐が起きるようなものだ。
近い関係の人や、上司・同僚、直接の利害関係者、代わりに急に仕事をしなくてはいけなくなったりするような人には怒りが起こっても当然かもしれない。
もちろん事実が信じられなかったり(否認)、残念に思ったり(悲哀)もするだろう。
感情としては、このようにその消えた個人へのものが起こり、組織や社会としては、一定の基準で処分や報復を加えたりする(すぐに、または後日無事に見つかったとして)。

しかし、もう一つの見方をすれば、いたし方のない行動だったという取り方もあり得る。
医学的に見て、失踪というのは「解離症状」と診断できる。
解離性遁走(かいりせいとんそう)と事象をとらえると、それは疾患または医療上の問題となる。
そういう可能性がある。
だからといって、社会として失踪のような行動が、必ずしも免責されるというのでもないが、判断の難しい、画一的には処理できない問題だろう。

世の中にはこれと似たように、ある人たちから見て明らかに悪い言動が、別の人たちの別の角度から見ると了解可能な論理やら物語やらが出てくるものが意外に多い。
うつでも自殺でも、退職・離婚でも、アルコール依存、ギャンブル依存でも、傷害事件、テロ行為、殺人、犯罪行為でも、その背景にはさまざまな感情や物語が流れている(かもしれない)。

2011-04-04 07:00

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