チームが意思決定するときには事前に準備しておくことがある

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選択はまったくの自由なのだが、ある仕事を為すためには、一人でやるか複数人のチームでやるかに分けられる。
そしてチームを組むことを選んだ場合に仕事そのものではなく、システムとして重要な要素が、リーダーシップと意思決定だ。

リーダーシップとは、チームや組織の具体的な大目標や方向性が決まった状況で、チームの一人ひとりが最大限活躍し成長し満足が得られ、かつ組織全体としても成果を上げ目標を達成するためのマネジメントのこ
とだ。
リーダーシップについては今この本を読んでみている。

リーダーシップの心理学 (講談社現代新書 (725))
国分 康孝
講談社
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さて、もう一つの要素の意思決定について。
これはいわゆる民主的な運営スタイルを取っているチームや組織の中で行われる合議や相談にあたり、ツールとしては多数決などが使われる。
組織内であらかじめ権限や責任がはっきりと分担されていれば(リーダーシップも分担された役割の一つだとも考えられる)、普段は各人それぞれが自分の範疇の仕事を小判断・小決定をしながら進め、必要な段階や対象、重大性があるときに意思決定という組織業務が現れることになる。

複数人が情報や意見を出し合い、状況判断や方針決定をするとき、もしくはそうした仕事が予想されるときに大事なことは以下のようなことだ。

  • 意見が食い違ったときにどう処理をするのかを先に決めておく。多数決でも、原則全員一致でも、(意見が割れたときには)最上位者に一任するでも、どれでも良いと思う。ただし、話し合いや決定をする段階の前にやり方を決めるべきだ。でないと、それぞれが自分の存在や意思を尊重された感じにならず不満の元になる。多数決の結果が反故にされ、上位者や押しの強い人間の意見が優先される結果になるなどのように。
  • 議論や意思決定の過程を記録すること。誰がどういう意見を出したか、多数決をしたときの少数意見としてどういうものがあったか、折衷を図ったかなど。これは一つ目の「意思決定のやり方」にも関連する。最終的に出す結果はシンプルであっても、反対意見や少数意見が最後まで懸案事項として残ったのか、それとも説得されたのか、あるいはトップが強権的に責任を持って裁量したのかということを曖昧にしないためだ。ここが曖昧だと繰り返し同様の会議をしたときに振り返ることができず、組織の一貫性が落ちる。
  • 上記2点を踏まえた上でも、複数人が会議し意思決定をしたならば、その決定事項は会議参加者以外から見れば参加者全員の成果だと見なされる。例えば後から「自分は最後まで反対をしていた」とか「リスクに気づいていた」などと言ってもいいが、それは単なる事実であって、責任を減らす役目にはあまりならない。それが意思決定や会議というものだと思う。

2012-01-28 09:00

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ヒーローをつくらない組織を目指す

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少数のヒーローやエースに頼るのはリスクだ。
「ワンマンチーム」というのはネガティブなイメージを持つ。

劇団四季やシルク・ドゥ・ソレイユには名前をパッと言えるダンサーやパフォーマーは(寡聞にして)いない。
逆に名前を聞いて「あー、あの人かー」と誰もが知っている演者もいない(マスメディアが取り上げていない、あるいはマスメディアをあえて「使わない」戦略を取っているのかもしれない)。
だからといってチームとしての仕事が劣るわけではなく最高にすばらしいエンターテイメントを継続して生み出している。

組織が大きくなれば、一人や少数の人間の力ではどうしても安定した事業はできない。
一時的には苦しくても、後継者や次世代を常に育成しなくてはいけないだろう。
育成の部分をごく短期的視野でしか考えなかったり、運任せにしてしまえばうまくいかない。
野球やフットボールなどのプロチームスポーツと同じだ。
あるいは個人競技でも国家単位で水泳や柔道、フィギュアスケート、卓球、スキーなどをイメージしてみるとよい。
難しいのは、育成システムに基本形はあるかもしれないが、組織や分野ごと独自にあつらえなくてはいけないだろうことだ。

また長期的・継続的・安定的な生産性というのが重要だ。
そのためにも個人が寄与する部分を適切にする。
安定したシステム・系が確立すれば繁栄が得られるし、トータルでのアウトプットは時間についての掛け算が成立することによって莫大になる。
このメリットは個人の努力や一人の天才の働きでは得にくい。

とは言っていても、個人個人にもどのように自分の力を活かすか、成長をしたいか、高い評価や満足できる承認を得たいかということを選ぶ自由がある。
滅私という概念は個人的にあまり今は魅力的に感じない。
しかし社会や環境などの外部と仲良く、というか上手く共存・成長していくためのヒントをみつけたい。

2011-06-27 06:00

活動した後にアウトプットしなけりゃ成果は半分以下

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テーマとしてはメンタルヘルスのチームワークに関して。
現場で実践するだけでは足りない。
学習としてもったいない。
そのチーム内、あるいは仲間同士でアウトプットし合えば、実践での学びの大きさや深さは、おそらく倍以上になる。

私が思うに、結果の振り返りを、自分一人だけでするに終わらないことの利点は3つ考えられる。

1 良いところの確認、改善点の洗い出し

まず、当たり前のことのようだが、活動全体および個々細部の検証をキチンとすることが大事だ。
良かったところは褒め(合い)、確認しあう。
悪かった点、失敗や改善した方がよいことがあれば、自分について開示したり、互いに指摘しあったりする。
あらたまって、振り返りをしなければ、個人としてもチームとしても、「なんとなく良かったんじゃないか」「何かわからないけどモヤモヤした気持ちが残った」という曖昧な印象になる。
この振り返りはできるだけ早く、適切な時期にしなければ、印象が事実を覆い隠したり、記憶が誤ったものに塗り替えられたりしてしまうことを恐れなくてはいけない。

2 アウトプットして抽象化することによる自分自身へのフィードバックと記録

できるだけ事実を、時に客観的に、時に正直な感情を思い返して想像して、表現してみると良い。
表現する、あるいは表現しようとするだけでも、思考は進み、抽象化され、一般化されることによって、再利用可能な学習効果が得られる。
この作業は同じ場にいた人間、信頼できる、力量のある仲間と協力しあうことによって、よりうまくできる。
そうは言っても、クライアントの直接的不利益にならないような自分だけが気づいた失敗や、どうやっても言葉にできない感覚的なものなどは、無理に形として出したり残したりしなくても良いとは思う。
厳しい業であっても、原理的な修行でも、マゾヒスティックなプレイでもないのだから。

3 周囲の育成。次を育てなくては続かない

最後に強調したいのは、集団としての学習効果だ。
そしてその反復をシステムやルチーンにまでして欲しいということだ。
業界に入っているからには、過去の知見を受け取り利用するだけでなく、常に貢献する道義があると思う。
第一歩を踏み始めたビギナー・ルーキーでなければ。
否。
新人であってもメンタルヘルスの分野では、その人個人の人生をかけて、何事にも「ひとこと」はコメントできるだろう。
また、現実的に、ドンドンと次世代を育てなくては、自分も組織も、次のステージに進むのは難しい。
育てることは自分自身のためでもあるのだ。

まとめ

極端に言えば、全体の成果が目減りするとしても、記録や振り返りに労力を費やした方が良いと思っている。
メンタルヘルスあるいはクライシスというものを扱う場合には、結果に汲々としなくてもいい、過剰なくらいに慎重に謙虚にするべきだ。

2011-05-24 08:00

メールが増えたら電話も増えた

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メールを使いこなし、メールを増やしても、それによって電話や直接会ってのコミュニケーションの代わりとしたり減らしたりすることはできません。
私個人で言えば、メールが増えると同時に、電話をすることもかかってくることも、直接に会うこと、会わなければいけないことは増えています。
ただしこれは、単にコミュニケーションの量や頻度、必要性の総和が増えているからということも分かってはいます。

メールは十分に考えて、伝えたい内容・項目をうまく列挙できればとても有効なツールです。
お互いに記録も残ります。
一対多のの連絡手段としては唯一無二のツールと言っていいでしょう。
電話では基本的に一度に一人としか話せません。
テレビ放送は一度に多くの人に情報などを伝えることはできますが、相手をはっきりと選んだり限定することは難しいという性質があります。

ただし、メールで微妙なニュアンスを伴う内容を伝えようとしたり、一方の人間だけでも文章力、表現力が低い状況では悲惨な結果や残念なコミュニケーションが生まれます。
誤解が生じたり、感情がもつれたり、何往復もチャットのようにメールを書かなくてはいけない状況はメールをうまく使っているとは言えません。
電話1本かければよほどキチンと情報が伝わる、気持ちよく物事が進む、直接に会えばなおさら、という場面を見ることが最近増えました。

現代で、離れた場所で様々な時間帯で生活し活動している人間同士がコミュニケーションをして共に仕事をするためには会うこと、電話すること、メールすること、これら3つをうまく使い分けなければいけません。

ここに、ブログやTwitter、Skype、SNS、チャットサービス、クラウドストレージなどをうまく加えることができればさらに効率化は進みますが、対面・電話・メールとの間には大きな隔たりがまだまだあるのが現状です。

2010-11-24 06:00

サポートチームのメンバーになる資格とは

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メンタルヘルス分野でチームで活動するメンバーになるための資格は他のメンバーに認められることです。
カウンセリングが上手であるとか、知識がたくさんあるとかではありません。

数人が集まって活動するときに、同じメンバーレベルで考えれば「その人と一緒に活動したいか」、チームのまとめ役・リーダーから見るならば「その人を現場で鍛える価値があるか」という視点も加わります。

そういった観点からすれば、私が考える「資格」「資格者」というものは、筆記試験ではもちろん、自由記述の論文でも、実技試験でも、選別することが難しいかもしれません。
最終的になんらかの定量化、数値化をすることが一般的だと思うからです。

そうではなく、アナログな、挨拶が気持ち良くできる人とか、配慮できる人、コミュニケーションが取れる人、自己管理や自己客観視ができる人、うつやうつのリハビリ中や人格障害的でない人など、扱いや表現の難しい条件が思い浮かびます。

組織の運営については公平性や透明性などが重要であるとは思っているのですが、局所的なチームによるサポート活動などについては不公平かつ不透明な運営をするべきだと思っています。

2010-11-08 06:00

(関連エントリ)
メンタルヘルスの教育をするときに最終顧客を見すえる | deathhacks

チームプレーのトータルコントロール

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自殺や惨事などのクライシス crisis(危機的状況)に介入したり、ある集団・組織をサポートしたりする場合には一人ではなくチームで活動することが多いです。
このときリーダー(チームの長)はもちろんメンバー全員が、色々な要素や場面について、チーム全体としてのメリットとデメリット、そしてその合算である「トータル total」を意識しなくてはいけません。
それが「トータルコントロール」という考え方です。

例えば、メンバーが体調不良であったり、気分の落ち込みで集中力を欠いたり、そもそもその時のミッションにおいて能力が足りなかったりするときには、メンバーから外れたほうが良い(外したほうが良い)こともあります。
自分自身でメンバーから外れる、ミッションから身を退くことを決断できること(人)もいますが、体調など不安定要素がありながらも「できるだけ頑張ります!。。」などと活動への継続参加にこだわることがありえます。
しかし、このような言動は心理的な「しがみつき」(良かれと思ってやっていることが全体としてみるとバランスが悪い、デメリットが多くなる)であると言えます。

あるいは、あるミッションに対して、長やメンバーは望んでいないし、調整もしていないのに、「手伝います」とか「私も参加しますよ」などと空気を読まずに入ってくる人もいます。
これなどは、「単純に人の数さえ増えれば良い仕事ができる、楽になる」「自分の好意から発したサポートならば必ず皆の役に立つはずだ(感謝してもらえるだろう)」という、トータル total を見ていない、感じることができない残念な思考と能力です。
(人が増えるということは、情報共有のコストやノイズなどトラブルの種が増える可能性もあるということなので、単純にメリットだけがあるというものでもない)

段階を追って、経験し、メンバーから長に至る過程で、様々な場面・状況・角度からのトータルコントロールというものを身につけなくてはいけません。

2010-10-19 06:00

(関連エントリ)鬱うつカウンセリング | deathhacks

チームプレーについての昨日の振り返りと議論への回答

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言いたいこと、感じたことがあれば、なるべくすぐに、直球で相手に伝えるようにしています。
そうした方が結局はお互いにストレスが少ないからです。
逆に相手からも率直なフィードバックが返ってくることを期待します。

言いたいことを言うメリット | deathhacks

もちろんケンカすること、嫌われても良いからと自分の欲求を満たすために表現するわけではありません。
しかし、学ぶことや活動することの最終目標はチーム内で仲良くすることではないと思うのです。
メンタルヘルスが向かうべき目標はクライアントやサポートを必要とする組織・団体・集団のそれです。
その成果を達成することに向けての意思が共有されていればこそ、遠慮をしないで配慮しつつ言いたいことを言い合えるし、言うべきです。

メンタルヘルスの教育をするときに最終顧客を見すえる | deathhacks

例えばそのチームが面識があまりない者同士の寄せ集め的チームだったとします。
お互いの持つ背景や性格、技術や知識が今ひとつわからない、それ故にこれまた遠慮してしまうかもしれません。
しかしカウンセリングやグループサポートの現場ではホンの数分話したり互いの技術を見せあえばすぐに力量がわかります。
それが専門家、分野を専門的に学び実践しているということです。
過去の歴史や学術的な情報、受け売りの知識だけしか持たない人はわかります。
そしてそこでは直感的な洞察に頼って自分を信じて相手を見切って対応して良いと思うのです。

ちょっとしたコメントが教育者の評価を決める | deathhacks

2010-10-17 07:00

共通モットーでチーム仕事をする

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チームで仕事をするときの鍵は認識やツールを共有しているか否かです。
例えば同じ言語を話せない人同士が協力することは難しいでしょう。
(ただしスポーツなどの分野では音声以外のものが「言語」かもしれません)

専門的でデリケートな仕事をするときに、同じチームの人間がどの程度まで自分と同じような知識や技術、思いを持っているか知らない、または保証がないという状況では能力を発揮できません。

認識やツールを共有するためには現場での「仕事」以前に準備という「仕事」が必要です。
同じ教育を受けて修了していることや、一定基準による認定・認証、マントラ・モットー・スローガンを議論して持つこと、普段のコミュニケーションなどが準備の例です。
教育や認証などは時間やコストがかかりますが、共有できたときのパワーは強くなります。
モットーなどはシンプルさ故に作成や運用が難しいかもしれませんがチームや組織が多人数からなっていても広めやすいという利点があります。
どちらか、どれかが優れているというのではなく適材適所に使い分け併用をすると良いでしょう。

2010-09-18 08:00

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