アンケートを取るときに必要なこと

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アンケートをきちんと取ることは案外難しい。
大事なことは以下のようなこと。

  • アンケートを取る目的をはっきりさせているか?
    • 口頭でも良いが、アンケート用紙に簡明に書いておけばより良い。いざ目的を書こうとすると、実施する側がよくわかっていなかったり、そもそも必要でないことに気づいたりする
  • 匿名・非匿名を決めているか?
    • これも目的に合致させるべき。「どちらでもよい」は原則あり得ない。非匿名アンケートなのに名前を書いてくる人もいたりすると混乱の元
  • フィードバックについて伝える
    • アンケートの結果は公表の如何に関わらず、少なくとも参加した人にはフィードバックされるべきだと思う。フィードバックしない、あるいはできないというのであれば、これも参加者に口頭か文面で示すべき。フィードバックがあやふやなアンケートでは真面目に答えてもらうことは難しくなる。

以前ほどアンケートを安易に実施することはできないと思っている。

2013-07-30 09:00

周りを気にしすぎる自分に気づく

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「周りの意見を気にしすぎないほうがいい」というのはよくあるアドバイスだ。
それが簡単にできたら苦労はしないとも思える。

そもそも「周りを気にしない」は0か1かの方針ではない。
まったく気にしないのは不可能だし、社会、組織、コミュニティに属して生きる限り、それらと関わらないわけにはいかない。
これも程度問題ということだ。

何か悩ましい状況であって、これからの自分の方針に迷っているならば、急いで何かを変えるというのではなく、まず現状認識から始めよう。
その中で、何かしら自分にブレーキをかけていたり、言動をブロックしているもの、あるいは対立軸があるはずだ。
そのときに「周りの目」が項目として上がってきたならば、それを現在よりも少し無視してみて(または、意見として採用してみて)、シミュレートしてみてはどうか。

言動を変えなくては見えている世界は変わらないが、そのための手段はいくつもある。
唯一の方法ではないが、視点を多少強引にでも変えて眺めてみるという今回のものもその一つだ。

2013-07-26 09:00

色々余計なことをし切ってからでないと大事な仕事に入れない

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試験勉強をしなくてはいけない状況なのに部屋や机の片づけ整理をしたくなってしまう気持ちのよう。

でもそれは限られたアテンションを有効に使うためには必要な儀式なんだ。

この問題を解決するために必要なのは、精神力を鍛えて嫌な仕事にすばやく立ち向かうことでも、逃げてしまう自分を嫌いになることでもなく、無駄にぜいたくに時間を使って、アテンションを奪う事象をまず処理してしまうことだ。

2013-07-23 08:00

カウンセリングの枠を守るということ

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カウンセリングで、安易にセラピストがクライアントをサポートしたり助け船を出したりしてしまうことには適否や賛否がある。

クライアントがメモを取りたくなったとして、ペンやメモ帳・紙などを用意しているか否か、無いならないで「ちょっと待ってもらっていいですか」「紙とペンがあったらお借りしたいのですが」などのようにコミュニケーションを取ろうとするか、それができるか否か、などがセラピーにおける重要な情報、アセスメントの鍵になることもある。
突然涙ぐんでしまったクライアントにポケットティッシュをすかさず差し出すか、ねぎらいや遺憾の気持ちを言葉に出して伝えるか、などなども同じように判断や良否が分かれるし問われる。

クライアントの元々の健全度やシテュエイション、効果の目標を短期に置くか長期に置くかなどの総合判断によるから複雑だ。
究極に割り切って向き合うのであれば、「今目の前でクライアントが死んでしまう」という状況以外でのセラピストの介入はセラピーとしてもアセスメントとしても当事者の人生としてもノイズだと言える。

私なんかは医者だから、目の前で仮にクライアントがカッターで手首を切ろうとしたとして、止めずに切り込んで出血してからでも、クライアントが相当に抵抗するのでなければ問題なく止血できるとは思うので、覚悟を持って冷静に観察しながら対応することもできるかもしれない。
本当にそうするかどうかは、その時になってみなければわからないし、相変わらずの有限不実行な性質なのだけれども。

2013-07-13 08:00

(関連エントリ)

有言不実行の勧め | deathhacks

ワードやエクセル、パワポを大学出ているのに使えないのって理不尽

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マイクロソフトの努力が足りなすぎる。
大学という高等教育を修めている人間が、使いこなせないようなツールは発展途上だと言える。
うまく操作ができなくても気に病む必要はないと思う。
コンピュータやプログラムはデータのセーブとかも意識しなくていいようになるべきだと思っていたがスマートフォンやタブレットなどの普及でようやっと近づいてきている。

2013-07-09 08:00

スタバの株主総会での株主意識それぞれ

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スターバックスコーヒージャパンの株主総会に行ってみた。
株主というのはやっかいなものだ。
一株でも株主だし、それ相応の株主意識というものを持っている。
人によっては本当に自意識過剰のようにその意識というか権利意識というかを過剰に持っているのではないかと思える。
株主総会など、確かに株式会社という仕組みにおける最大の意思決定の場の一つだろう。
しかし同時に多数の意思が交錯する混沌とした場でもある。

多数の意思が存在しやり合っているということは自分の意思が尊重されない可能性があるということだ。
「私の意見が取り上げられていない!」「キチンとした回答を求める!!」というのはまったくもって自由で勝手なのだがその希望がかなえられるかどうかは保証されていない。
保証されていないものを求めるからさらにフラストレーションや怒りが生じる。
あきらめてしまえば楽なのに、という押し付けをしようというのでもないのだが。

自分の意見を取り上げられよう、通そうとするのであれば、単純だ。
株式会社の運営という枠組みの中では十分に有効多数の株主になれば良い。
それが一番効率の良い方法だし、唯一の方法でもある。

多数株主でないけれど熱心に株主総会に出席して熱意ある質問をするという人は倒錯した愛情があるのかもしれない。
質問者がサクラではないとして。
「好きだからここをもっと変わってくれればもっと良くなるのに!」という精神構造が見える。

スタバへの愛 | deathhacks

自分の意見を取り上げられるためのもう一つの方策は、良い意見を出すことだ。
良い意見でも経営陣に取り上げてもらえないかもしれないじゃないかと思うかもしれない。
だが、意見として優れているのならばその場の多数の人の支持が得られる。
今回の株主総会でも、良い提案に対しては会場から拍手で称賛と同意が示されていた。
僕自身もなるほどと思い拍手させられる場面があった。

様々な感情や利害がうずまくコミュニティというものはどんな種類・規模であっても面白い。

2013-07-05 09:00

できちゃった結婚は良くないことだ

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でももっと良くないのはできちゃった結婚を悪く言うこと。

結果を責めてあとから批評することは簡単だ。
批評家は実行者ではない。
その価値には雲泥の差がある。

結果が変わる可能性があることについて意見や代案を述べるのはまあ良いだろう。
しかしリスクを負わない人が文句を言ったりプランの変更を求めるのは無責任と言える。

苦渋の決断−あるいは当事者にとっては当然の決心−をした人に対して、直接のステイクホルダーではない人ができることは見守ること、応援すること、その決断・決心がその時点では無謀だったり間違っているように見えても「正しいよ」と言い、そして言い続けることだ。

2013-07-02 07:00