映画や小説のコアテクノロジーは端折ること

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映画でも小説でもマンガでも自己紹介でも、その核となるものは「省略」だ。

元々の物語と同じだけの尺を使わないと表現できない、伝えられないというならば、いくら時間や資源があっても足りない。
映画でも、説明書でも、ある人間の思考や思想、(擬似)体験を、別の人間に、そのまま同じではないにしてもリピートさせる。
それ自体は経験的に可能だし、素晴らしいことだが、すべてを完璧にやろうとしたら、人生や人格を二重にコピーするという不可能仕事になってしまう。

だから、端折る、のだ。

幸いに端折っても、実質問題のないくらいには、補間できる知能、というか能力を人間は多かれ少なかれ持っている。

この「端折っても伝わる」という現象がうまくはたらかなかったり、逆に「伝わらない」「伝えられない」という状態や心理をもたらすものの一つが惨事やクライシスと言われるものだ。
そうしたときには、聞くにしても、話すにしても、「端折らない」という日常とは真逆の工夫が必要になってくる。

2012-12-18 07:00

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