他人を通して自分を観る

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誰にでも苦手な人、嫌いな人はいるものだ。あなた自身については、たまたま今現在はいないかもしれないけれど。

その理由を考えることは、人の心理を考える上で良い訓練になるし、自分のことを知るためにもプラスになる。

他人のことがうらやましかったりするということは、単に自分に自信がないのかもしれないし、到底同じような立ち位置には立てないというあきらめや絶望があるのかもしれない。

そんなとき、そう感じていることを知ったあとに大事なことはアクションを起こすかどうかということになる。毎日やいまこの瞬間に自分の中や近くで何かを変化させなければ、結果も状況もまず変わらない。もしくは変わるにしても時間がかかるし、偶然に任せるのはかえってしんどくもある。

ある人が苦手なようで、実は仲良くなりたいという気持ちもあるかもしれない。しかし、現に今何かしらアクションを起こしていない、起こせないということであれば何か心理的なブレーキがかかっているのかもしれない。それは深い心理的なものかもしれないし、まったく別の価値の絡んだ損得勘定を無意識にしているのかもしれない。

人間は自分を本当の意味で客観的には観察できない。「ジョハリの窓」という考え方からもわかるように、盲点になっていたり、ズレがあったりする。このとき自分と他人の目のどちらが正しいということはないけれども、そのテーマについて他人に確認したり、フィードバックをもらった時点で、そのテーマが他人との関わりという枠の中のものだということだから、他人、つまり外の目、社会のとらえ方を優先するしかない。自分の視点を変えずに貫くのはだめではないし不可能でもないけれど、非効率的だ。

人間は他人を鏡としなくては見ることができない集団の中の一個体に過ぎない。

2011-12-16 11:00

(参考URL)

ジョハリの窓 – Wikipedia

ジョハリの窓 – Google 検索

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