わからないのではなく、わかろうとしていないのだろう

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私の知り合いに工学系で、放射線学や化学などに関係する仕事をしている人がいる。
福島原発事故(2010-04-15 現在)(福島第一原子力発電所事故 – Wikipedia)に関連してその知り合いのところには、地震から1ヶ月、事故の始めからでもだいぶ経つが、今でも質問の電話が来るそうだ。

質問には、放射線に関するものあれば、放射性物質に関するもの、基準単位や換算に関すること(BqベクレルやらSvシーベルト、さらにはミリやマイクロ、テラとかまで)までさまざまだという。
知り合いが言うには「これだけテレビや新聞で情報があるのに、今頃になって『ミリとマイクロはどう違うんでしょうか。。?』という電話もあるんですよ」と半ば諦めつつ、「多分、科学的な事実やしくみが『わからない』のではなく『わかろうとしていない』んじゃないかと思う」ともらしていた。

知り合いがさらに曰く、

たぶん、私が正しい説明をしても、相手は結局「で、、大丈夫なんでしょうか?」というような不安を持っていたりする。その部分は科学的に「絶対大丈夫ですよ」とは言えない。

テレビで偉い先生やアナウンサーが説明しているのと、あの”池上彰(池上彰 – Google 検索)”さんが説明している内容はたいして違う訳じゃない。ただ、池上さんは「わかりやすく説明してくれる人」というイメージがあるから、同じことを言っていてもわかったような気がするんだろうねぇ。

おそらく今の福島原発事故に関する情報をすべて正確に集めても、先の見通しや安全、健康被害などについて、100%はわからないというのは当たり前だが、間違いない。
日本の一般人は感覚として、勉強すれば、知識や情報を集めれば、必ず”正しい答え”が出てくるはずだという幻想にとらわれている。
それが日本人的文化なのか、近代教育の成果なのかは置いておく。

いくら情報があっても「まだ不安」という状態は耐えがたい。
これまでの学習から言えば「まだ不安」というのは情報が足りなかったり、隠されたりしているからだという思い込みは、現在目の前にある情報や次の行動を吟味するというよりもさらに(無駄にも関わらず)情報を欲するという行動にしか結びつかないのかもしれない。

今、そのように疑問や質問を抱えている人に対しては、情報や知識を入れてあげる(”話す”)のではなく、不安やその人が実際のところどういう風に情報を理解しているのかを”聞く”のが適切な対応なのかもしれない。

2011-04-15 06:00

(関連URL)

池上彰 – Google 検索

福島第一原子力発電所事故 – Wikipedia

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