イチロー級のカウンセラーを目指さない

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私のメンターにはメンタルヘルス業界での権威もいます。その方について。

その方の教育や考え方はわかりやすく、画期的で、しかも教え方があまりに素晴らしいのは確かなのですが、ちょっと距離を置いて客観的に見てみると宗教の教祖様チックに思えるときがあります。実際にその方のファンやその信奉しかたを「カルト」っぽいと感じて嫌がる人もいます。

実際に私も、その方が確立してきている考えは、山で例えれば「チョモランマ」級、野球で言えば「イチロー選手」級だと思っています。孤高の伝説レベル、前人未踏の領域ではないか、メンタルヘルスの分野にノーベル賞があれば、その候補になるのじゃないかとまで感じます。

しかし、このような興味深い価値ある人物の周辺にも問題は起きます。
その方の後追いで、実力や考察がないままに単なる模倣に終始してしまう人間が多いことです。
その方を世界最高峰に例えたのですが、いくら努力しても誰もが登れるというわけでない高みに、登れると錯覚して猿真似的な無茶や無謀による失敗をしてしまう問題が出てきます。
メンタルヘルスの分野、そして心理カウンセリングには、技術や理論という、誰でもだいたい共通して身につけ利用できる部分もありますが、全人的な、その人自身の人間性や人生で勝負するしかない、自然に表れてしまう部分が多くあります。それを、そうと認識しないで他人の真似を単純に当てはめて、固執してしまうとトラブルのもとになります。

先人他者の教えを追体験するように学ぶことは大事ですが、そのときに見せられる景色があまりにキレイで、見せ方もとても上手いために、誰もが同じ景色を見ることができるし簡単なように思えてしまうのでしょう。しかし、実際は同じ山の同じ高さに登るには下積みが必要ですし、いくら努力しても誰もが最高峰に上がれるわけではないのが現実です。
イチローを目指す生き方は間違いではないですし、他人がそれを強制するのも禁止するのもおかしいのですが、同じ種類の最高レベルに皆が到達する必要はないでしょう。スポーツや競技の種類は無数にありますが、皆が皆野球をやり、同じポジションを争い、プロや大リーガーを目指すとしたら変な話です。

教え方に問題があるわけでもありません。その方は、メンタルヘルスやカウンセリング領域での、ハサミや包丁などのように便利な道具を紹介して、使い方のコツや訓練方法を説明しているだけとも言えます。そしてその教え方、見せ方が上手いので、誰もが急にプロの料理人を目指したり、できるような気になってしまうのです。
教わった人が別の場面で、ケガをしたりトラブルを起こしたりしても、基本的には教えた人間や、ハサミ・包丁といった道具に罪はないでしょう。
ただし、私個人的な印象では紹介する道具が、ピストルや爆弾のようなレベルのツールなので、一般社会と同じように規制や抑止などが必要で、慎重に扱うべきなのかもしれません。

その方も「守破離」の精神・観点をいつも持つようにと教えてはいるのですが、私から見て「守守守」という風に、常に変わり続ける状況に対応できなかったり、常に古びていく理論を不変の宗教教義のように考える人がいるのは残念です。

2010-04-28 7a.m.

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0 Replies to “イチロー級のカウンセラーを目指さない”

  1. こんにちわ。いつも読ませていただいています。
    今回の内容は特に為になったので、ブログで取り上げさせてもらいました。
    人に教えることも、人から教わることもほんと難しいですよね。
    形だけマネしても「守守守」になってしまうということでしょうか。

    1. 何ごとも最初は「カタチから」「真似ることから」「『守』から」入るのは良いのです。
      でもカウンセリングに限らず、人生や現場は「生き物」です。
      言動の背景に何があるかを考えなければ応用や自分理論という「破」や「離」の実践にはならないと思います。

      表面的な真似でうまくいかなかったときに、パニクってしまったり、学んだこと全体を疑問視・否定してしまうのはいけません。

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