カウンセラー泣かせのクライアント役とか言われても理解に苦しむ

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以前私がカウンセリングの実技評価試験のクライアント役をしたときの受験者から、ロールプレイ演技がすごすぎて驚きましたとか、慌てましたとか言われたのですが片腹痛く思います。

自殺念慮をも持っているようなクライアントへの対応をテーマにした実践的な試験ですから緊張度が高かったのは確かでしょう。
もしクライアントの演技にリアルさを感じたのならば、またとない良い機会です。試験という場ではありますが、実際の現場以外で自分の力を試すことはめったにできないからです。カウンセリングの訓練や経験の多くは現場で積むしかないのが実状です。

われわれとしても教育と試験が、内容として合致し連続するようにしています。実際のクライアントは試験でのロールプレイのようなものだと考えていますし、元々そのようなテーマ・想定で学習したはずです。それで試験で、驚いたり、思ったようにできずにショックを受けてしまうのは練習または実戦が足りていないだけです。

もちろん、試験でのクライアント役によっての違いなどは採点・評価において十分に加味し調整されているので、試験としては質を保っています。

このように「クライアント(役)が難しすぎた」と考えるのはなぜでしょうか。
一つには、そうして他人(外部要因)のせいにした方が自分の気持ちが楽だからです。失敗や不出来を認識してもそれについての自分の責任を軽くすれば対処しやすくなったり、諦めがついたりします。
責任についてのこの認識は自分に向くと、疲労につながります。メンタルヘルス不全やうつにもつながりますし、極端に場面や事象と結びつけば適応障害やPTSDになるような仕組みと共通する部分があります。

原因のもう一つは自己観察の不足です。訓練でも実戦でも、カウンセリングの良悪やクライアントとカウンセラー自身の心理などを常に観察し考える必要があります。
その観察やそのための経験・技術・コミュニケーションが足りないと、成功についても失敗についても、原因を内外に求めるバランスが悪くなります。

試験やカウンセリング現場で考えること、学べることにはキリがありません。その評価は続けていかなくてはいけませんし、自分自身と他者をうまく利用していく必要があります。

2010-04-27 7a.m.

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